文/黒竜江省の大法弟子・宇真
【明慧日本2014年5月11日】法輪大法を修煉する以前、私はずっと、B型肝炎、子宮筋腫、リューマチ性関節炎、心臓病などの様々な病気を患っており、まだ50歳すぎだというのに、薬漬けの毎日を送っていました。何度も入退院を繰り返していましたが、治りませんでした。そしてついには医者から甲状腺癌だと宣告されました。本当に泣き面に蜂とはこの事です。この悪い知らせは、私の家族と私自身にまさに晴天の霹靂であり、この事実が何を意味しているのか、よく分かっていました。なぜなら私の母は33歳の年に肺癌で、妹は40歳代のとき乳がんで亡くなっているのです。そうだとすると、今度は私が甲状腺癌になる番になり、私はこの宿命的な難から逃れられないだろうと思っていました。
一、大法を修めて、癌から生還する
職場の上司と同僚達は皆、私のことを気の毒だと思っていました。私は、上には年寄り、下には子どもがいて、落ち着いた表情を装っていましたが、心の中は本当に辛くてたまりませんでした。私はひそかに夫に術後の事も頼みました。2回目の大きな手術が終わると、医者は私に化学療法を受けさせようとしました。私は化学療法と聞くだけで怖ろしく、脅えましたそれは以前、妹が化学療法を受けた時、まるで皮が一枚剥がされるように苦しんだのに、結局、命は助からなかったのを、病院に連れ添った私は目の当たりにしていたからです。
私が意気消沈して絶望していると、叔母が地方から私を見舞いに一冊の『轉法輪』を持ってきてくれました。叔母はそれをとても貴重な書物だと教えてくれました。私は半信半疑で、ベッドに横たわり『轉法輪』を手にとりました。気がつくと、飲食も忘れて一気に読み終えていました。実に不思議なことに、読み終わった私は直ちに心が清らかで、息が爽やかになり、元気も倍増しました。私はこれこそ長年探し求めていたものではないか、本当にもっと早く出逢えれば良かったと思いました。
翌日、師父は私の体を浄化してくださいました。私は2日間下痢や嘔吐をしましたが、しかし、体は軽やかになり、今にも浮き上がりそうな感じでした。その時から、私は化学療法を受けることもなく、薬も飲むこともありませんでした。そして私は法輪功を学び始めました。すると今まで長い間患ってきた病気が完治してきました。家族や職場の人は皆、法輪功はとても不思議だと言いました。
私が煉功し始めて数カ月経った頃、奇跡が起きました。ある日、会社で仕事していると、腰とお腹が痛くなり、私は早退しました。そして帰宅して電気布団を敷き、ベッドに横になりました。痛みはまるで出産した時のように、5分、10分間隔で襲ってきて。私は激痛でのたうち回りました。夜、トイレに入った時、何か塊が出たような感じだったので、私はそれを取り出しました。しばらくして、また何か出てきたので、それも取り出しました。
私は夫と医大の第二付属病院に行き、同級生に頼んで、その塊の検査をしてもらいました。彼女は「あなたは甲状腺癌の手術を受けてから、また子宮筋腫の手術をうけたのですか?」と尋ねたので、私は「していない」と答えると、彼女は「じゃ、これはどこから来たのですか?」と尋ねました。私は昨日の午後の出来事を話しました。すると彼女は「これは子宮筋腫ですよ」と言いました。私はそれを聞いて、しゃがんで泣き崩れました。私は心の底から、「師父、ありがとうございました! ありがとうございました!」と叫びました。それは師父が、私が法輪功を学んでいるのをご覧になり、私の体を浄化し、子宮筋腫を摘出して下さったのです。私の夫は「これは良い事ではないのか? なぜ泣くのか?」と尋ねました。私は「この感謝の気持ちは言葉で言い尽せません。修煉をしなければ、あなたには永遠に理解できないでしょう」と答えました。
この出来事は職場の同僚と私の友人を騒がせ、まわりの皆が「大法はとても不思議だ」と言いました。その後相次いで数人が大法の修煉を始めました。
二、心を修めて難関を突破し、大法を実証する
1、職場のトップを許す
私が法輪功を学び始めてまだ間もない頃、会社の会議で、社長が誰とは名指しはしないものの、誰もが私の事を指していることが分かるように私を批判しました。私はかっとなり、怒りを抑えられず、「喋り終わったら、言い返してやる、絶対帰すものですか!」と思いました。しかし、その時師父は私に『轉法輪』の中の「着実に功を伸ばし、絶えず自分を向上させ、宇宙の特性に同化してこそ、はじめて上がって来られるのです」[1]のお言葉をはっきりと思い出させてくださいました。私はやっと自分が修煉者であることを思い出し、我慢、我慢、我慢しなければならないと思い、次第に冷静さを取り戻しました。
その会議では私は何も言いませんでしたが、家に帰ると、憤り、怨む心、闘争心、名利心、面子を重んじる心などで頭がいっぱいになり、「私は普段、真面目にこつこつと働き、苦労をいとわず、恨み言を言われても気にせず、自分の事は顧みずにやってきた。会社の販売はほとんど私頼りではないか! そして顧客からのチップなどもきっぱりと断ってきたし、どうしても断れない場合でも、私はいつも必ず全額そのまま会社へ上納している。それなのに、あなたたちはまだ満足せず、こんな態度を私にとるなんて、納得がいかない! もし私が法輪大法を学んでいなかったら、今どき私のような人を見つける事は難しいに違いない! うちの会社のトップは本当に人を見る目がない!」と思いました。私は考えれば考えるほど腹が立ち、本当に肺腑をえぐるような思いでした。
思わずかっとなって、私は師父の法像の前で苦しみを訴えました。すると師父は相変わらず、慈悲深く優しく私を見ておられました。しかし最後に、私が師父に「師父、申し訳ありません。私はどうしても腹の虫がおさまらないので、しばらく修煉を休ませてください。私はうっぷんを晴らしてから、必ずしっかり修めます」と言った瞬間、突然師父の法像が、まるでご本人がいらっしゃるように、眉間に皺を寄せ、怒ったお顔に変わりました。私は驚いて呆然としてしまい、後ずさりして、怖くなって台所に逃げ込みました。私はきっと何か間違ったことをしたに違いない! さもなければ、師父がこんなにお怒りにならないだろうと思いました。法像はなぜご本人と同じように怒ることができるのでしょうか? 本当に大法はとても不思議です。
私はすぐにどこが間違ったかを探しました。この出来事は私の心を大きく動かしました。その日、私はちょうど『轉法輪』の第四講を学びました。そこで、師父は「往々にしてトラブルが発生する時、それが人の心の奥深いところを刺すような激しいものでないと効果が上がらず、向上につながりません」「したがって、今後煉功する際、さまざまな苦難に遭うでしょう。それらの苦難がなければ、修煉がどうやってできるでしょうか? 誰もが和気藹々としており、利益についての衝突や心が乱されることもなく、ただそこに坐っているだけで、心性が高まることになるでしょうか? そんなことはまずありえません。人間は実践の中で本当に自分を錬磨しないかぎり、向上することはありえません」と説かれていました。
私がはっと悟りました。これは私に心性を高めさせているのです。私は心の中で「師父、私は間違いました。弟子はどうすべきか分かりました」と言いました。私はすぐに自分を正して、心理状態を整えました。
翌日、職場に行って、何事も起きていないかのように私は平然としていました。社長は冗談まじりに、「私はあなたの事を手に負えない人だと思っていましたが、こんなに心が寛大だとは思いませんでした」と言いました私は淡々と笑って、「その理由を知りたいですか?」と答え、昨日、家に帰ってから起きたことを話しました。彼は半信半疑で私に「本当ですか?」と聞きました。私は「私は真善忍を修めるものです。それを忘れないでください」と言いました。彼は笑って、「そうですね。私は信じます、信じます。なるほど、私がこの難を逃れたのはあなたの師父のお陰ですね」と言いました。私は微笑みながら「とても頭のいい方ですね」と答えました。その時、私たちはお互いに打ち解け、思わず笑ってしまいました。
私は修煉による昇華の喜びを味わい、心の中から師父に対する無限の敬慕が沸きあがり、法の偉大さ、師尊の偉大さに驚嘆しました。上司はさらに私を信用し、重用し、時には給料を2~3%上げてくれましたが、私は全部遠回しにお断りして、もっと家計の苦しい人に譲りました。
職場では、私はいつも修煉者の基準で自分を律して、迫害が始まる前の数年間は毎年、職場、会社、市の「模範党員」や「市の模範労働者」として選ばれ、共産党が発行した「栄誉証明書」だけでも大きな袋にいっぱいありました。しかし2006年、中共(中国共産党)による3年間の迫害から解放され帰ってきた時、私は大法修煉をしてよい人になろうというのは師父の教えで、けっして中国共産党を美化し追随する事ではないと悟りました。しかも、これらのものには共産党の痕跡があり、情報があるため、私はそれらをすべて燃やしました。
2、生死を放下して、交通事故から生還する
夫は気性がよくなく、嫉妬心が強く、下品な言葉を吐き、人を罵るのは日常茶飯事でした。それが気に食わない私は、修煉する前、しょっちゅう夫と喧嘩し、そのことは近所でも有名でした。修煉後、私は師父がおっしゃった「煉功者としては、殴られても殴り返さず、罵られてもやり返さないで、常に高い基準で自分を律しなければなりません。」[1]のお言葉の通りに自分を律して、無理に我慢に我慢を重ね、甚だしい場合は歯を食いしばって、涙を浮かべながら我慢していました。次第に喧嘩はしなくなり、何を言われても、私は相手にしないようにしました。しかし、本当に心性を高めてはおらず、闘争心はなかなか除去できませんでした。
2007年、夫との心性の関を突破することができなかったため、私は自転車に乗って出かけたとき、朝7時半に交差点で車と衝突事故を起こしました。不思議なことに、私はその当時の光景を全く記憶していません。ただ午後の3時か4時頃、医者が私に開頭手術をしようとして、髪の毛を剃っている最中に、私は目を覚まし、私は息子と同修を呼んでもらい、やっと自分が事故に遭ったことが分かりました。
私は息子に「すぐ家に帰りましょう」と言うと、またすぐに気を失いました。私はその時、頭がパンパンに腫れ、レントゲン写真では数カ所を骨折し、脳内出血をしていたようです。医者は何度も私の息子に「すぐ開頭手術を施すべきで、さもなければ命が危ない」と言っていました。しかし息子は「母は修煉者で、手術をしてはいけません。母の判断に任せなくてはなりません(息子も修煉者です)」と言いました。
翌日、私は目が覚めた後、家に帰りたいと言いました。しかし事故を起こした運転手の夫婦は「おばさん、帰ってはいけませんよ。もし帰って何かあったら、私たちはとてもその責任を負えません」と言いました。私は「私は法輪功の修煉者です。あなたたちに責任を取らせはしません。あなたたちに一銭のお金も要求しません」と言いました。すると運転手は「どうしても帰るなら、まず公証場で公証証書を作ってからにして下さい」と言いました。そして公証場に行き、600元を支払い公証証書を作ったあと、やっと私が家に帰ることに同意しました。私は師父と大法に対する固い信仰で、生死を放下して、退院を選びました。
3日目の朝、病院は担架で私を家まで送ってくれました。(その時、私はまだ昏睡状態でした)病院でのこの2日間で、同修は運転手とその家族、また運転手の会社の上司に『九評』を送り、真相を伝えました。会社の上司と家族は「我々の運転手があなたにこんな大怪我を負わせたのに、あなた達は騒ぎもせず、しかも一銭のお金も要求しない。その上、善を勧めています。あなた達、法輪功修煉者は本当に素晴らしいですね」と言いました。運転手本人も「もし私が普通の人をひいていたら、私の家は破産していました。あなた達はなぜこんなに優しいのでしょうか」と言いました。同修は彼が何度考えても理解できない様子なのを見て、「これは私の師父がそう教えているからです。チャンスがあれば、是非『轉法輪』をお読みください、お分かりになります」と言いました。彼は「それなら、私はあなたたちの師父によく感謝しなければなりません」と言って、感激のあまりに、涙をポロポロと流しました。別れる前、彼は自ら電話番号を残して、何があれば電話をくださいと言いました。
家に帰った後、私は意識がはっきりしている時は『轉法輪』を読み、静功を煉りました。5、6日後には、師父の慈悲なるご加護のもと、私はベッドから降りられるようになり、煉功を始めましたそしてもう2週間経った時には、私はもう完治していました。しばらくして同修と一緒に、果物を持って運転手の家を訪ねた時、皆びっくりして、「とても不思議だ」「とても神秘的だ」と連発しました。そのせいか運転手の義理のお母さんも法輪功を煉功したいと言い出しました。
3、修煉の反省点
事故の後に自分の修煉を反省し、私は驚き、目が覚めました。今回のことは業力を消滅して、債務を返済することではありませんでした。これは邪悪の迫害です。私は法輪功を学び始めた時、不治の病を患っていたので、命は法を得た日から師父が延長してくださったものです。私達はきちんとこの法に基づき、この法を正す期間にしっかり修めなければ、邪悪は虎視眈々と狙っており、隙があればいつでも私達を迫害してきます。
それは時には命取りにもなります。例えば、長期間、心性の関門を突破できない、根本的な執着を取り除かない、しっかり三つのことをしない、人を信じて法を乱し、邪に悟るなどに対して、旧勢力は色々な口実をつけて私達を迫害しています。彼らは彼らの基準で、ある修煉者を円満成就できそうもない人だと判断した場合、しっかり修めていないと、人の皮が不足しているという理由で、その修煉者の体を失わせ、その皮をほかの人に回そうと目論み、迫害するのです。
修煉は厳粛なもので、心性には基準があります。正しく修煉の道を歩めば、師父のご加護が得られ、安全になります。しかし精進して努力してついて行かなければ、落とされます。法を正す修煉は「大波で砂を洗い落とす」過程でもあります。億万年の苦難に磨かれ、数千万年の艱苦を経て、私達はこの上なく幸運なことに、今日、積年の願いどおりに師父の慈悲なるご加護の下で修煉することが出来ます。精進しない理由はどこにもありません。
この教訓は私に目を覚ませました。私は心を静めて大量に法を学ぶようにしました。法を多く学べば、どうすればいいのかは自然に分かるようになります。私は自分の現段階の問題に対して、自分の主意識を強化して、常に内に向けて探し、いろんな常人の観念を変え、無私無我になり、正念を十分に持つようにしています。こうして、私は次第に法を正す修煉の道を大股で歩くようになりました。
注:
[1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』