「偽りの現象」について
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文/海外の大法弟子

 【明慧日本2014年6月20日】昨日、集団学法の後、同修と交流したときに、同修は「自分は寝違えたせいで、数日間首が痛くて、手も動かせなくなりました。今、横になったほうが楽に感じます」と言いました。その後、同修はまた「寝違える」「横になったほうが楽に感じる」ことが、すべて偽りの現象だと話しました。同修よ、そこまで認識できるなら、この偽りの現象を突破する肝心なところはどこにあるか、考えたことがありますか?

 師父は『転法輪』第4講の中で「ゆっくり地面から立ち上がったその学習者は、「大丈夫です。行ってください」と言って、身体に付いた土をはたいてご主人と一緒にそこを去りました。」[1]と説かれました。この年配の同修はそこで横になって、内に向けて探すのではなく、「身体に付いた土をはたいて」「ご主人と一緒にそこを去りました」。私達がこのようなときに内に向けて探している目的は、往々にして今の困難な境遇を早く切り抜けたいだけです。どうしてそのような偽りの現象を受け入れるのですか? 大法弟子としてのやるべきことをやったら、どうですか? 旧勢力が私達を迫害することと、それは師父の按排ではないことを知っていれば、旧勢力が按排したことを聞かなければ、いいではないでしょうか? 私達は師父の按排に従って、正々堂々としっかり三つのことを行うべきです。横にならないでください。早く煉功したり、学法したり、発正念したり、そして真相を伝えましょう。

 私は「寝違える」同修と交流した後、彼女はすぐ煉功し始めると、身体の状況は直ちに改善しました。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2014/6/12/293379.html)
 
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