文/中国の大法弟子 小麗
【明慧日本2014年6月9日】私は、2012年のはじめに修煉を始めた新しい修煉者です。観念を突破して自らの心得を書き出して皆さんと交流することを決めました。
修煉を始めた頃は、どうして修煉を始めるのがこんなに遅かったのか? 本当に法を正す時期の大法弟子になれるのか? と気になっていました。師父の近くにいる修煉者や、直接師父の説法を聴いた修煉者をとても羨ましく思いました。とにかく学法して、法を暗記さえすれば向上できると信じ、なるべく多くの法を学び、法を覚え、同修達に追いつこうと思いました。しかし常に頭の中で間に合うだろうか? という観念を抱き、学法の効果が悪かったのです。それは求める心だと気づき、発正念をして何とか取り除くことができました。それから7、8カ月をかけてやっとの思いで『轉法輪』の最後まで暗記しました。
それは大学を卒業したばかりで、それほど忙しくない時期でした。学法に励むよう、怠らないようにという師父からのご教示も何度もありました。ある日、明慧放送の「神伝文化」を聴いてその物語から閃きをうけました。康熙皇帝が子供の頃、文章を120回通読して、その後再び120回暗記したという話でした。常人でもできることは大法弟子ならもっとできるはずだと、康熙皇帝の勉強方法に大変感銘を受けました。しかも私が暗記しているのはこの上なく貴重で素晴らしい天の書、『轉法輪』です。康熙皇帝と同じ方法で法を暗記しなおそうと心に決めました。と言いながらも120回の通読と暗記はかなり大がかりなプロジェクトだと、心の中でうっすらと心配する気持ちがありました。
「論語」から読み始めました。毎日20回読むように計画を立て、真面目に実行しました。最初の頃は10回ぐらい読んだら必ず眠くなるような妨害がありました。そして暫く寝てからまた読み続けました。6日間繰り返しているうちに、120回を読み終えました。また、6日かけて120回を暗記しました。一章節ずつ読み、覚えました。例えば、第一講の「本当に高い次元へ人を導く」という章節は、6ページにわたって11段落あります。12日かけて120回を読み終えた後に暗記を始めようとしたら、意外にも6ページの内容は4時間足らずで暗記できました。しかも最初から最後まで一気に暗誦できました。それから毎日最低2時間で法を暗記し、時間を調整しながら並行して詩の暗記と写しも行い、バランスよく法を学びました。時間的に余裕がある時は多目に覚え、忙しい時は少なめにしています。しかし120回の読みと暗記を繰り返し、しっかり覚えられてから次に移ることだけはきちんと守っています。
以上のようにすると、しっかり覚えられる上、自らの間違いに気づくことができます。目を閉じれば頭に法が思い浮かび、大変素晴らしい方法だと思います。やる前は、大変難しいと思っていましたが、いざ試みると簡単にこなせると分かりました。もう二度と法の暗記を恐れないと自信がついてきました。実は、その通りに行っていけば簡単に法を覚えられるようになりますが、最も難しいのは揺るぎなく貫くことです。私は何があっても必ず最後までやり遂げようと心に決めました。
法を覚える過程において自らの体が甚だしく変化していると感じました。特に末梢神経が細かく動いているように感じ、それは功だと理解しています。師父が伝えられている法に書かれている文字の重みも感じています。暗記する度に自らの世界の震動が伝わり、大変神聖な感覚です。
自らの変化を感じながら、「いつになったら暗記できるようになるのか?」とか「法理に従ってどのぐらい向上しているのか?」とか執着しなくなりました。人心を放下し、心を静めて学ぶだけで変化が起こります。常に法に従ってしっかり心を修めて、しっかり法を学べばいいのです。師父の要求通りに行っていけば、どの次元まで辿りついたのか? 何を悟ったのか? 次にどの人心を放下すべきなのかは、全て師父に委ねます。何も考えずに、得るべき物は漏れなく、知るべきことも漏れなしだと全身全霊で師父を信じました。修煉を始めた時期なんて、二度と気にしません。肝心なのは、私は既に修煉を始めて師父の弟子になれたことです! 師父が授けてくださったのは最高のものだと信じています。
まるで、広い海を師父が前で引率され、最後に出航した執着心がいっぱい載っている小舟を漕いでいる私がいるようです。更に小舟を速く疾走させる為に執着心を一つずつ捨てて行き、懸命に皆を追いかけて師父について故郷に帰ります。「真・善・忍」は、師父が授けてくださった根本的な佛法であり、「内に向かって探す」ことは、師父が授けてくださった宝物です。佛法の教えの通りにしっかり修め、目の前の危険を除きながら針路を見失わないように前へ進むことができます。同修たちも各方面から集まり、法の指導に従って絶えず魔難を取り除きながら航行しています。皆の最終目的は同じです。毎日、単調に同じことを繰り返していると感じるかもしれませんが、しかし止まることなく確実に前に進んでいます。ただ、早く漕いでいる同修もいればゆっくり漕いでいる同修もいます。風や波にひっくり返されて再び這い上がって航行を続けている同修もいます。三三五五に力を合わせて共同で舟を漕いでいる同修たちもいます。舟の荷物が重くてとうとう完全に沈没してしまった舟もありました。諦めないで最後まで歩み続け、ゴールに近づいていくこと自体が修煉です。私は必ず精一杯の力を出して前へ進みます。私は大法弟子ですから!
新しい学習者で次元が限られています。不適切なところがありましたら、同修による慈悲なるご叱正をお願いいたします。