拍手の音が響いた
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2015年7月27 日】2015年6月の初旬のある晩、同修のAさんが私の家にやって来て、江沢民を告訴することについて話しました。私は「江沢民を告訴するというと、十数年前あなたが言った『今後また大きな試練がある』と言ったことを思い出しました。その時、『どうしてそう言うのか?』と聞くと、師父は『生死は大げさに語るものではなく 行なえるかどうか真相を見る』[1]と説かれた一節を思い出し、とても心に深く残っています。今回の江沢民告訴は一つの試練だと感じています」と言いました。Aさんに「告訴状を書きますか?」と聞かれ、「大法弟子が酷い迫害を受けている事実を世の人に分かってもらい、迫害を停止させるために私は絶対に告訴状を書きます。しかし、いつ出そうかと迷っています。それはまだ心性が基準に達していないためで、まだもう少し先にします」と答えました。

 私の心の中には、やはり恐れる心がありました。同修たちの交流を聞いても、私の心と同じように、正念で告訴状を出すとか、言い訳をする恐れる心と、そうでない心の二つがぶつかりあっていました。

 例えば、「告訴状を郵送するには、自分の身分証明書をつけるので、自分に危害があるのではないか? 連行されれば、今後の真相説明ができなくなるのではないか?」と思う人や、「郵送すると自分の家庭と職場に大きな影響をもたらすのではないか?」とか、「修煉は本当に難しく、試されている」「まだ書いていない人もいるから、少し様子を見よう」とか、「告訴状を書くのは迫害を受けた同修のことなので、自分は迫害されていないから何を書こうか?」と言い訳をする人もいました。

 こうして、みんなで互いに交流し、互いに影響しあって、時に人心が強くなり、時に神念が強くなったりしました。これらの正と邪の戦い、神念と人心との戦いの中で、私の心はひどく揺れました。

 ある晩、眠れないでいると、人の両手が現れてきて消えました。それから頭のない体が現れて、それもまた消えました。この夢は、何も考えずに、無心で告訴状を書けばよいのだ、ということを師父が悟らせてくださったと、後で分かりました。翌日師父が何を告げられたのかを考えてみると、自分は迷いの中でどうしても悟れず、2日目の朝にやっと悟りました。師父が夢で教えてくださったのに、すぐ悟らなかった自分を恥ずかしく思いました。それは、現実社会の中でしっかり修煉するためには、形成された観念、思想を取り除き、各種の利益と執着を放下しなければならないのです。今回の江沢民を告訴する過程で生じた恐れる心や、法に符合しない思想を放下してはじめて、法を正す進展について行くことが出来ます。それを悟ってから、すぐに告訴状を書いて郵送しました。翌日告訴状が届いたことが確認できましたので、明慧ネットに入って「江沢民を告訴する登録」をし、法の実証をしました。

 神念が人心を乗り越えて、自分がすべきことをしたので、心がすっきりしました。いつものように、朝3時半に起きて、動功静功をしました。静功の時入定し、暫くすると、耳元で大きな拍手が聞こえてきました。その拍手は自分の内からも聞こえてきました。じっくり聞いてみようと思うと、拍手の音は聞こえなくなりました。私は続けて煉功して発正念をしました。

 江沢民を告訴する過程は、実はしっかり修煉して向上する過程でもあり、法に同化する過程でもあると私は理解しました。私は師父の弟子への大きな愛と慈悲なる心を感じました。師父は拍手を通じて弟子に、衆生が救い済度されるのを待っており、法を正す進展についていけるように励ましてくださいました。師父、本当にありがとうございます! ありがとうございます!

 自分のわずかな感想ですが、まだ告訴状を書いている途中の人、あるいは書こうと思っている人、まだ考えていない人の参考になればと思い、私の体験を書きました。不足があればご指摘をお願いします。

 注:
 [1] 李洪志師父の詩:『精進要旨(二)』「心自明」

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2015/6/30/311683.html)
(English: http://en.minghui.org/html/articles/2015/7/15/151559.html)
 
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