やっと執着を放下することができた
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2016年4月6日】長年、私は昇進の事で心が何度も翻弄され、きょう、やっとそわそわした心を放下することができました。長い年月を無駄にしてしまった意気地ない弟子を助けて頂いた師父に感謝し、同修にも感謝したいです。

 私の年齢層の同僚たちは十数年前に既に上級の職位に昇進し、同業種の知り合いも私と同じ職位に留まっている人は多くいません。社内の後輩でさえ、上級の職位に昇進した人もいます。しかし、毎年の昇進の枠は1人です。ご承知のように、今の人々は金銭至上主義で、数百元多くもらえる1人に選ばれようとして、賄賂を渡したり偽の書類を作り、相手の弱みを暴露するなど、陰に陽にありとあらゆる手段を尽くしています。

 以前、自分は名利には無関心だと思っていました。しかし、いざ利益が目の前に現れると、心が動じないわけにはいかなかったのです。仕事ぶりがよく、能力もあると思っていた私が選ばれない時、心の中では上司を怨んでいました。なぜ仕事を私にばかり押し付け、良いことがあるときに限って私を忘れるのでしょうか? 口ではいつもうまいことを言いますが、やることなすことは杜撰ではありませんか? また、当選者が票集めをしたとか、偽の書類を作ったと不満に思い、穏やかな表情をしながらも、心では放下できませんでした。

 大法の要求に照らしてみれば、私の修煉状態は本当にひどいものでした。メンツを重んじる私は「同僚は皆、上にあがった。下に留まっている自分はどれだけ恥ずかしいか? 皆が一緒に下に留まればいいのに」と思いました。どれほど利己的な考えでしょうか! 毎年同僚たちは争い、私は譲ってきました。しかし、それは平然としてできたことではなく、苦悶の末に仕方なく譲ったのでした。とくに、昇進期間の前後、親しい同僚に愚痴をこぼすことさえありました。この状態はすでに数年続きました。目立たない利益を求める心、闘争心、嫉妬心もあって、利益のことで悩み、表面では常人のように争ってはいないものの、心はまだ常人そのものでした。

 師父がおっしゃった「ある日のこと、彼ではなく、その駄目な人が抜擢されて、しかも彼の上司になってしまいました。彼は心のバランスが取れなくなり、あちこちで不満を訴え、心中穏やかでなく、この上なく嫉妬するのです」[1] とは、まさに私の事ではありませんか? ずっと学法をしてきた私は一体何を学んだのでしょうか? また、師父はこのようにおっしゃっています。「事々対照し、做すところ到るは是れ修なり」[2]。私は自分を法に照らしてこなかったのに、どうして修煉したと言えるでしょうか? 自分の能力や学歴を自負し、心の中では他人と争っていました。これはまさに師父のおっしゃる「常人」ではありませんか? 長年、私は表面的には放下したものの、現実の中の是非に拘り、トラブルを利用して執着心を取り除くことをしませんでした。法理がよく分からず、内に向けて探さなかった私は多くの修煉のチャンスを逃しました。

 当然、旧勢力は妨害を諦めませんでした。経済的迫害を受けてきた私の現状は、身近な衆生への真相伝えにとって大きな妨げとなりました。数年来、同僚たちが不正な手段を利用しお金をどんどん儲けているとき、私は「素直さ」を頑なに固守してきました。家族は貧困に怒り、同僚たちは理解に苦しみ、このままでどうして利益を重んじる彼らを救うことができるでしょうか? 私は絶対に旧勢力によるこの種の妨害を認めてはいけません。

 また、自分は心がすぐに動じてしまうことにも気づきました。修煉者は淡々と、自然に任せる気持ちでいるはずですが、私は昇進のことで落ち着かず、他人に自分が広い心の持ち主だと見せたい一方で、心の中では人と暗闘していました。常人と比べて何の違いがあるでしょうか?

 今になってやっと気づいたのですが、衆生の生死が関わる状況の中で、私は自分のメンツを重く見ていました。師と法を信じると言いながら、実行出来ていませんでした。ある日、年上の同僚から、「今年の昇進のチャンスを私にくれませんか? 今年を逃せばもう終わりです。今年が最後のチャンスです。どうか、跪いてお願いしたいです!」と懇願されました。その瞬間、私は争いも、怨みも、不満不平の気持ちもなく、彼に対する同情と理解しか感じませんでした。彼は以前、私が大法の真相を伝えていることを利用し、私を脅したことがあります。しかし、私は「いいですよ。理解します。成功をお祈りします!」と答えました。彼は感動して、感謝の言葉を繰り返しました。私は「私に感謝する必要はありません。『法輪大法は素晴らしい!』と覚えて下さい!」と言いました。その後、彼に大法の真相を伝え、明確な返答は得られませんでしたが、大法の良さはすでに彼の心に根付いたと思いました。

 大法の中ですべての執着を取り除き、三つのことを良く実行し、師父について家に帰ります! 合掌!

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪
 [2] 李洪志師父の詩:『洪吟』「着実に修める」

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2016/3/27/325886.html)
 
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