「主意識を強める」について考える
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文/中国の大法弟子

 『副元神を利用した旧勢力の按排を取り除く(一)』を読んで

 【明慧日本2016年10月16日】同修の文章『副元神を利用した旧勢力の按排を取り除く(一)』を非常に感慨深く読みました。

 私たちは投稿者が天目で見た副元神の情況に執着する必要はないと思います。なぜなら、修煉者たちが天目で見たものの何れも法ではないからです。ただ、この文章を読むことで、私は自分の修煉における問題点に気づきました。

 ここ数年来、私は法を学べば眠くなり、発正念の際も雑念が多くて入静できませんでした。長時間、発正念をしても効果がなく、かえってさらに眠くなってしまいました。時には、手に持った本が落ちたのではなく、誰かに遠くへ飛ばされたかのように感じました。70~80センチほど前方まで飛ばされたこともありました。

 私は天目が開いていないので、それが副元神の良くない仕業なのか、あるいは他の空間の妨害であったのかはよく分かりません。しかし、その目的は明白で、私が真に法を得ることや、真に修煉することができないようにしているのです。

 「こんなに素晴らしい大法に対して、私はなぜ意気地がないのか―私にその資格がまだあるのか」と悲しく思ったこともあります。しかし、幸いにも、「師父は私を放棄することはあり得ない。いくら苦しくても、私は堅持していく」という強固な一念を持っていました。こうして、不安定でありながらも、修煉し続けてきました。

 師父は私たちに「主意識を強くもつべし」[1]とおっしゃっています。また、師父は「法輪大法は主意識に対して修煉し、修煉者に明白に自らの心を修めさせ、一切の執着を放下させ、本人の心性を高めさせる」[2]ともおっしゃいました。師父のおっしゃる通りに自分を修めていけば、どんな妨害でも突破することができると思います。

 私の周囲にも、心を静めて法を学ぶことができず、眠くてたまらず、発正念をすれば掌が倒れてしまう同修がいます。集団学法の際に、一部の同修は法を学ぶことや発正念に集中せず、周囲をきょろきょろ見回して、誰かが掌が倒れていたり、うとうとしていたりすると分かれば、大声を出してその同修に注意します。結局、その場にいる同修全員が心を静めることができなくなりました。

 これは非常に深刻な問題だと思い、皆さんに真剣に対処していただきたく、この文章を投稿しました。師父は「いつももうろうとしていて、元気が出ません。そうなると、副意識や他の空間からの信息がすぐに邪魔に入ろうとします。各空間にはさまざまな次元があり、さまざまな信息が主元神の邪魔をしようとします」[1] とおっしゃっています。また「旧勢力の妨害と破壊は至る所にあります。そうであればこそ、私たちは主意識を強める」[3]ともおっしゃいました。なおさら、私たちは真に自分を着実に修めていくべきです。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪
 [2] 李洪志師父の著作:『大圓満法』「一、功法の特徴」
 [3] 李洪志師父の著作:『北米第一回法会での説法』

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2016/8/14/332875.html)
 
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