常人の観念を取り除き 煉功を重視する
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文/海外の大法弟子

 【明慧日本2016年12月22日】長い間私を悩ませてきた、朝起られず、煉功できない原因が一晩で消えてなくなりました。もう私を妨げるものはなくなりました。

 数週間前、私の体に赤い発疹ができ、また子供の指にも小さな堅い塊ができました。最初の頃、私はあまり気にせず、心の中では、これは何であるかがはっきり分かっていたからです。師父は『2015年の米国西部法会での説法』で次のように説かれました。「今、どういうものが大法弟子を迫害しているのですか? 虫の類のものや細菌などめちゃくちゃなものばかりです。正念を発することは非常に有効なのです! 正念を発すると、一面また一面と滅されてしまいます。しかし、たくさんおり、宇宙はとてつもなく広いので、しかも宇宙に多くの次元があり、滅されても、そうは経たないうちにまた滲み出てきます。来たら、また滅すれば良いのです。このように絶えず正念を発し、しばらく続けると、はっきりした効果が現れてきます。正念を発してしばらく良くなったのですが、また悪化したら、自信を失ってしまう人がいます。あなたに教えますが、旧勢力はこのやり方であなたの意志を消耗させており、あなたの確固たる信念を消耗させています。皆さんはこれらのことに気をつけてください」

 そこで、私は発正念をする時、別の空間の虫の類のものや細菌などの良くないものを一掃しようという一念を加えました。

 しかし、赤い発疹はますます多くなり、子供の指のぐりぐりも次第に大きくなり、ついには、指先に穴が空き、中に毛のようなものがたくさん生えてきました。私は夢で、穴の中に1本のとても長くてタコの足のようなものを見ました。私はそれを抜き出しましたが、しかし、表面の空間は何も改善されませんでした。

 この時になって、私はやっと真剣に考え始め、そして、師父の説法を改めて学びました。師父は説かれています。「しかし、あなたはそれらの小さいことを軽視しないでください。邪悪は隙に乗じてくるのです。多くの学習者は小さい過ちのせいで命まで失いました。本当に非常に小さいことが原因だったのです。修煉は厳粛であり、漏れがあってはならないからです。あなたはそれらのことを長い間修めていません。小さいことですが、あなたは長い間重視していません。これで大ごとになりました。多くの人がこれで命を失いました」[1]の部分について、あまり注意を払わなかったことに気づきました。

 私は長い間、あまり修めたことのなかった「漏れ」を重視しようと考えました。自分はずっとメディアの仕事が忙しく、疲れているからを理由に、煉功を堅持せず、同時に発正念も重視していませんでした。実は、これは小さなことではなく、その上、少しずつ積み重なってきて、すでに改め難い習慣となってしまいました。しかし、煉功しようという気持ちが強くなった時、妨害も非常に激しくなり、設定したアラームが鳴らなかったことは何度もありました。「明日は、必ず起きて煉功しよう」と決意して眠りにつきますが、しかし、いつも翌朝になると、「どうして起きられなかったのか」と悔しくて仕方ありませんでした。悩んだ末、私は師父の写真の前に跪き、師父にお導きをお願いしました。

 その後、法を学ぶ中で、師父は私に「心を修め、発正念をする」という、真っ直ぐな一本の道を示してくださいました。

 後は、この一本の道を最後まで歩いて行くことができるかどうか、それは自分次第だと思いました。私は「どうして表面の空間の仮相に惑わされたのか」と自問しました。やはり頭に「病気」という常人の観念があり、そして無意識的にそれを「逃げ道」にしていたのではないかと思いました。しかし、修煉者にとって、師父が按排してくださった道は一本しかなく、他の道は決して存在しません。

 そこで私は発正念をして、「病気」に関する常人の観念を邪念として一掃し、徹底的に「逃げ道」を断ち切りました。その後、煉功と発正念をしっかり行うにつれ、体の発疹は少しずつ治まりました。しかし、子供の指先の穴は依然としてあり、そして時々出血しました。

 私はさらに自分の情と恐れる心に気づきました。子供のことを思うと、心が不安定になり、また、家族の誤解や口うるさいことも恐れていました。

 こうして、師父が按排してくださった真っ直ぐな道を、私は一歩ずつ歩み出しました。ある日、明慧ネットで、『煉功に対する認識を高め、師と法を信じることを体得する』という交流文章を読みました。同修も私の状況ととてもよく似ていて、『大圓満法』をしっかり学んでいないようでした。再び師父の経文を学ぶことにしました。まったく初めて学んだような感じで、新しい発見がたくさんあり「煉功って実はこんなに素晴らしく、本当に宝物だ!」と再認識させられました。

 長い間私を悩ませてきた朝起きられず、煉功できないという要因は一晩で消えてしまって、この方面で私を妨げるものはもうなくなったと思いました。現代人の変異した軽薄な修煉に対する観念は、私に煉功を重視させませんでした。もし、伝統的な修煉社会であれば、これほど素晴らしい宝物を手に入れたのであれば、きっと大切にして、毎日煉功を続けていたでしょう。

 それ以来、私は朝起きるのはもう難しくなくなりました。そして煉功の時間をより一層大切にするようになりました。その後、家族の誤解に対しても、私は強く抵抗せず、家族の立場に立って、家族が理解できるような方法で、修煉者の「病気」に対する考え方、また大法が超常的であり、固い信念はきっと奇跡をもたらしてくれることを説明しました。

 一歩踏み出すと、さらにまた一歩と、私は着実に師父が按排してくださった道を歩んでいるうちに、いつの間にか、子供の指の毛のようなものはかさかさになり、元の「穴」は完全に剥がれ落ちました。家族の理解できない奇跡が起きました。

 注:
 [1] 李洪志師父の経文:『二〇一五年米国西部法会での説法』

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2016/12/15/338918.html)
 
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