文╱中国の新しい学習者 幸運
【明慧日本2017年9月6日】私は53歳の農家の主婦で、数ムーの畑を作って生計を立てています。2012年12月28日、朝起きてから、私は突然頭がクラクラして目が回るように感じ、病院に行っていろんな検査をしましたが、病気の原因は分かりませんでした。
その日から、どれだけ病院と薬局に行ったかはもう覚えていません。毎月千元以上の医療費を払って治療をしても、病状は一向に好転せず、むしろますます酷くなりました。畑仕事はもちろんのこと、家事も出来なくなり、掃除でさえ娘が帰って来てからやってもらうしかありませんでした。その後、状況はさらに悪化し、私は家から出かけられず、ご飯を食べる気力もなくなり、息子の嫁が出産をした時でさえ、私はやきもきするだけで何も手伝う事ができず、その後、落花生を剥(む)くことも、スイカを切ることも出来なくなりました。普通の主婦ですと、家で餃子を作ったり、うどんを打ったりするのですが、私は毎日夫が帰って来て、何かを作ってくれるのを待つしかありませんでした。最後には眠れなくなり、1日3食のお粥しか喉を通らず、本当に辛くてたまりませんでした。
2015年の端午の節句の翌日、娘の一家3人が帰って来ました。私はもう我慢の限界を感じ、娘を抱いて号泣しました。自分はもうだめだ、もう生きて行けないと思いました。家族は霊媒師を呼んで来て、人形に針を刺したり、線香を上げたり、紙を焼いたり、叩頭したりしましたが、私の体調はまったく好転せず、最後には呼吸も困難になり、本当に、「天に訴えても応答がなく、地に叫んでも返事がない」状況に陥りました。もう死んだ方がましだ、人生はもう終わりだと思いました。
幸いなことに、絶望していたその時、私は法輪大法を思い出しました。私はよく法輪大法の真相資料を読んでいて、法輪功には病気治療と健康維持に素晴らしい効果があることを知っていました。しかし、どうすれば法輪功の修煉者と連絡を取れるのでしょうか? 村に1人の法輪功修煉者のいることを思い出しました。家の玄関に監視カメラが取り付けられているため、私は毎日監視カメラの映像を見て、彼女を待っていました。ついにある日のこと、彼女がやって来ました。私は窓から彼女を呼び止めて家に入ってもらいました。それは2015年7月9日のことでした。
翌日、彼女は私に命が助かる宝の本『轉法輪』を届けてくれて、そして、煉功の功法を教えてくれました。当時、私は一式の功法を煉ってから、しばらく休まなければならいほど衰弱していました。しかし、私はついに大法と縁が結ばれました。初めて『轉法輪』を読んだ時、本を持ち上げられないため、私は枕を高くして本をその上に置いて読みました。1回目は7ページしか読めませんでしたが、しかし、毎日読み続けました。7、8日後、私は家にあるすべての薬を処分しました。当時、私は修煉の意味をまだ理解しておらず、悟る事もなおさら分かっていませんでしたが、しかし、『轉法輪』から、修煉者には病気がないことが分かりました。それから、体の具合が悪くなると、それは師父が私の為に体を浄化してくださっているのだと理解しました。
それからというもの、私の体は大きく変化しました。そして、いつでも、どこでも師父がおっしゃった真・善・忍に基づいて自らを律して、何事も他人を優先に考え、トラブルに遭えば内に向けて探し、自らを探し、自分を修めるようにしました。今、私はとても健康で、いかなる病気もなく、どんな仕事もできるようになりました。家族と周りの人は皆私の変化から大法の素晴らしさを感じました。
師父は「この世に来た時、かつて私と誓約を交わしたのです。それらの衆生を救い済度すると誓ったから大法弟子になれて、このことを行なうことができたのですが、あなたは誓約を果たしていません。あなたは誓約を全部果たしていません。あなたが受け持つ背後の、あなたに割り当てられたそれらの数え切れない衆生、厖大な生命群でさえ救い済度することができなければ、それはどういうことですか?! 単なる修煉が精進していないだけの問題でしょうか? それは極めて極めて大きな犯罪です! 罪はこの上なく大きいのです!」[1]と説かれました。
この法を読んだ時、私はとても刺激を受けました。慈悲なる師父は私に新たな命をくださったのは、決して単に常人の暮らしをさせるためではないことが分かりました。師父の慈悲なるご済度に私は応えなければならない、私も出かけて人を救わなければならないと思いました。
家族はそれについて理解しているとは言えず、周囲からの圧力も強く、いろんな噂が飛び交っていました。しかし、私は修煉者で、法を正す時期の大法弟子で、常人の心に牛耳られてはいけないと思いました。そこで、私は毅然として大法弟子の人を救う活動に参加し、世間の人に真相資料を配り、三退を勧めるようにしました。
この原稿を書く目的は、縁のあるすべての人に『轉法輪』を手にしていただき、読んでいただきたいと思っていたからです。『轉法輪』は本当に天から授かった人を救う宝の本です。くれぐれもこの千載一遇の機縁を逃さないようにしていただきたいと思いました。
ここまで書いて、私は大法弟子が歌った歌、『師尊の手』を思い出しました。「長い歳月の中に、私は何度も下へ下り、茫然の世の中で、私は千百回も求めた。苦しくて辛い待つ歳月の中、私は眠りから目を覚まし、師父の手が私を引かれているのに気付いた。師尊よ、師尊、私は師尊のお手をしっかり掴んで行こう」、毎回ここまで聞くと、涙がほろほろと流れました。
この原稿を書いている時、私は泣き出しました。師父は私に新たな命を下さいました! 私の名前は「幸運」と言うのです。
師父に感謝致します! 師父の慈悲なるご済度に感謝致します!
合掌
注:
[1] 李洪志師父の経文: 『二〇一六年ニューヨーク法会での説法』