2017年 学習者40人が迫害により死亡(二)
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 【明慧日本2018年1月24日】

 事例五、四川省西昌(せいしょう)市の何先珍さん

 何さん(69歳女性)はかつて多種の病気を患い、特に腰椎・椎間板ヘルニアは肉眼でもわかるほど骨が曲がり、普段背中を伸ばすことができず、半身が冷えて、毎日肩から足のかかとまで湿布を貼っていた。その結果、皮膚もぼろぼろになってしまった。

 その後、親戚が法輪功を学んで奇跡的に回復したのを見た何さんは、法輪功を学び始めた。わずか半年後に、すべての病気が完治した。

  2009年9月23日、何さんは市西寧鎮西郷で法輪功の無実を伝えたという理由で市留置場に拘禁された。長期にわたる拘禁と精神的プレシャーで元気だった何さんは一時期重体に陥り、市病院に送られた。市国保大隊(法輪功迫害の実行機関)は家族に医療費を強要し、何さんを一時出所させた。

  2010年5月13日、何さんを含む学習者4人は市裁判所に不当に開廷され、判決を宣告された。

  2014年12月19日、何さんは突然、脳内出血の症状が現れ、簡陽市人民病院の重症患者看護室で応急処置を受けた。その後、開頭と背部に穴をあける手術を受けたが、何さんはずっと意識不明のままだった。その期間、刑務所側は責任逃れのために、家族に何さんを迎えにこさせようとした。家族は膨大な医療費を支払うことができずに迎えに行けなかった。

  昨年2月2日、家族は刑務所側から何さんは死亡したと知らされた。刑務所側は家族の強い要求の下で火葬費用と家族の運賃を出すことに同意した。元気だった何さんは、刑務所で無念な思いを晴らせないまま死亡した。

 事例六、河北省の李金庫さん

 李さんは楽亭県の農民である。李さんは幼い頃から病弱で、38歳の時に間欠症状を伴うリユマチ性心臓病を患った。権威のある病院でも治せず、静養するしかないと診断された。

 1997年、李さんは法輪功を学び始めた。煉功して1カ月後にはすべての症状が消えた。それからは肉体労働をしても疲れず、法輪功の素晴らしさを実証した。李さんは「真・善・忍」の教えに従い、時々刻々に他人のことを最優先にし、村中の人たちから高く評価された。

 しかし、中国共産党による法輪功への迫害が始まってから、李さんは「法輪功は素晴らしい」と伝えたため、何度も家財を押収されて身柄を拘束され、洗脳班、派出所、留置場、刑務所に拘禁されたことがある。

 2015年7月10日、李さんは共産党の法輪功への誹謗中傷を信じている人に通報され、中卜派出所に身柄を拘束されて楽亭県留置場に送られた。

 2016年1月、李さんは迫害されて話すことも食べることもできず、39度以上の熱が下がらなかった。留置場側は責任逃れのため、李さんを県病院に送って点滴を受けさせた。当時、李さんは39.6度の熱があったが、唐山安康病院に送られた。しかし、症状がひどいため、病院に受け入れを拒否された。留置場側は2時間ほど粘り強く交渉した結果、李さんを受け入れた。

 安康病院は李さんが肺炎から肺心症、冠状動脈心臓病に変化したと診断した。李さんは1カ月間、入院し、身体が少し回復してきたところで留置場に戻された。3日後、冀東刑務所に送られた。

 李さんは重体に陥っても解放されず、総病院と監獄区病院の間を往来した。最後に、唐山工人病院に送られ、重症の筋無力症と診断された。この時、刑務所側はやっと家族に危篤の李さんを迎えに来るようにと連絡した。昨年5月20日に、李さんは死亡した。

 事例七、遼寧省の田彩英さん

 田さんは撫順市の学習者で、新撫区南陽街に在住していた。


田彩英さん

 2016年4月22日朝、田さんは自宅で身柄を拘束された。当時、田さんの自宅下に見張りの人がいて、ベランダーの向こう側には監視カメラが隠されて設置され、パトカーが8、9台も停まっていた。朝8時すぎ、区支局の者だと自称する警官3、4人が先に田さんの自宅に侵入し、その後、十数人が入って来た。

 警官らは部屋に入ってから録画し、法輪功の関連書籍、法輪功創始者の写真、プリンター、ノートパソコン、8、9万元の現金(およそ145万円)、残高数万元の銀行カードと通帳、家財までも押収した。

 田さんは永安台派出所に拘禁され、取り調べを受けた後、留置場に拘禁された。警官に協力しないため、ビンタを食らい、長時間にわたって立たされ、睡眠のはく奪などの虐待を受けた。ある日、田さんは大勢の用心棒に殴られたり、蹴られたりした。

  半年間、拘禁された田さんはさまざまな体罰を受け、身体がますます衰弱し、首が傷み、膿が出て、肝臓、腎臓もわるくなり、全身水腫になってしまった。一時出所を申請したが、条件に満たないと言われた。

  2016年11月、田さんは相次いで4回も結核病院に送られ、リンパ結核が見つかった。

 田さんは病気中にもかかわらず、家族にも知らせないで不当に開廷された。家族は何度も状況を尋ねたが、詳細は教えてもらえなかった。田さんは区裁判所に懲役7年6カ月、執行猶予1年の判決を宣告された。田さんの姉は田さんを自宅に迎えて、治療させた。しかし、7年6カ月の拘禁生活は、田さんの心身に大きなダメージを与え、田さんは再び倒れて寝たきりになった。

 2017年8月2日朝6時45分、田さんは死亡した。享年59歳であった。

 (二)不当に拘禁されて死亡

  留置場、拘置所などに不当に拘禁された期間中に亡くなるか、もしくは重体に陥ったケース、家に戻された後に死亡した人が9人に上る。

 事例一、甘粛省の張秉武さん

 甘粛省靖遠(せいえん)県在住の張さんは、2016年5月13日の「世界法輪大法デー」に法輪功の文言が書かれたポスターを貼ったという理由で、5月17日、19日に身柄を拘束され、県留置場に拘禁された。張さんは迫害されて意識がもうろうとなり、大小便の失禁、身の回りの生活ができなくなり、全身を針で刺されて穴だらけになってしまった。

 2016年11月22日の夜、留置場の場長と警官2人は張さんの自宅を訪ね、「張さんは脳腫瘍です。われわれは裁判所に一時出所を申請するから、裁判所に手続きしに行きなさい」と騙した。11月25日、場長と警官1人は人の目を避けて夜中に張さんを家に送った。

 しかし、張さんは目に活気がなく、反応も鈍く、大小便を失禁するようになっていた。これは留置場側の責任逃れの手口だと考えられる。張さんは食事をしたかどうか、何を話しているかすらもわからない人になった。しかし、手を挙げて殴るふりをすると、すぐに逃げようと反応した。聞いた話によると、ある警官は周りの人に「この人はもうだめだ。あと1カ月しかもたない」と断言した。

  昨年1月27日に、張さんは死亡した。

 事例二、河南省孟州(もうしゅう)市の柴玉蘭さん


柴玉蘭さん

 2016年4月19日、市国保大隊(法輪功迫害の実行機関)の関係者は柴さんの自宅に侵入し、他の学習者に法輪功の文言が書かれた資料をあげたという理由で、柴さんの身柄を拘束し、焦作(しょうさく)市留置場に拘禁した。さらに「法輪功をやり続けると、死ぬまで付き合う」と言いふらした。

 柴さんは留置場で迫害され、脊椎、あばら骨が骨折、大便ができず、這うことすらも困難になってしまった。重体に陥ってからようやく市病院に送られたが、手枷、足枷を付けられたままだった。

 強烈な痛みのため、柴さんは食事ができずに痩せ細った。骨ガンが全身に広がった。ある病院の関係者が家族に柴さんの情報を伝えた。家族は警官にお願いして、2016年12月12日にようやく孟州市病院で治療を受けることになった。

 しかし、病状がひどく、治療するタイミングを逃してしまったため、柴さんは昨年3月23日に死亡した。享年62歳であった。

 事例三、吉林省大安市の韓紅霞さんは迫害により死亡

 2016年10月18日午後、大安市公安局の元国保大隊の隊長および警官7、8人は学習者・王毅さんの自宅に侵入し、その場にいた韓さんをも連行した。韓さんの家財を押収した上に、白城市留置場に拘禁した。さらに罪に陥れようと資料をねつ造し、不当判決を企てた。

 韓さんは拘禁されていた期間中に、迫害されて危篤に陥ったにもかかわらず、解放されなかった。

 昨年3月8日、家族は突然、韓さんが重体との知らせを受けた。当日、韓さんは長春病院に送られたが、肺感染、積水から肺衰弱になったと診断され、この世を去った。連行される前は元気だった韓さんは、3月10日に死亡した。

 このことを受け入れることができない家族は、しばらくの間火葬せず、弁護士を雇って責任者を訴えた。

 事例四、吉林省長春市の于桂香さんは不当に拘禁されて死亡

 長春市九台(きゅうだい)区在住の法輪功学習者・于桂香さん(65歳女性)は、昨年6月16日に連行され、九台留置場に拘禁され、同月20日、迫害されて死亡した。

 法輪功を学んだ于さんは、身体が元気になっただけではなく、熱心に人を助けるようになり、隣人からも高い評価を得た。于さんは法輪功から受益したことを周りの人に伝えたかった。

 6月16日、于さん自らが経験したことを伝えた時、中国共産党による法輪功への誹謗中傷を信じる人に通報され、不当に連行され、九台馬家崗拘置所で迫害された。

 于さんはサインすることや、撮影すること、拇印を押すことを断ったが、作り上げられた罪名で拘禁された。また于さんが取り調べられた後の健康状態も検査せず、強制的に拘禁した。

 拘禁された最初の2日間、于さんの体調が悪く、関連部門に報告し、必要な検査と一時出所を求めた。しかし、拘置所、公安局はいろんな言い訳をして、検査と治療のタイミングを伸ばしてしまった。その結果、于さんは6月20日夜、トイレで倒れて帰らぬ人となった。

 事例五、安徽省の李明祥さん

 安徽省阜陽(ふよう)市の法輪功学習者・李明祥さん(71歳男性)は昨年5月29日、臨泉県滑集鎮で法輪功の無実を伝えた時、鎮派出所に身柄を拘束された。さらに、留置場に送られた。李さんは拘禁されていたる期間、血圧は200 mmHgに上った。留置場の警官は、李さんに大量の不明な薬物を飲ませ、解放しなかった。

 家族はいろんなコネを使い、李さんはようやく解放された。しかし、7月19日の夜に亡くなった。

 李さんは1998年から法輪功を学び始め、かつての多種の病気は完治し、村に良い人と認められていた。 

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2018/1/6/359334.html )
 
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