修煉の機縁を大切に
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2018年3月10日】正法時期の大法弟子として、師父に手伝い、法を正すことができる栄誉をいただき、全ての人類社会は我々の学びの場であり、修煉場でもあります。こちらで最近起きた数件の出来事、そしてこの過程で自分が悟ったことを伝えさせていただきたいと思います。

 1998年、私は夫と次々と法輪大法の修煉を始めました。大法が迫害されてから、夫は怖くなり、修煉をやめました。年を取ると共に、夫の健康状態がだんだん悪くなりました。私は共産党に絶えず迫害され、夫は恐れて、うつ病になってしまいました。そして、脳梗塞にかかり、記憶力が弱くなり、生活対応能力もどんどん低くなりました。特に去年の春、時々失禁し、ズボンの中に漏らしてしまい、汚くて臭かったのです。

 3人の息子は家から独立し、夫の全ての面倒を私が見ていました。普段同修との間にトラブルが起きたら、私は理解して忍耐しましたが、夫と家族に対応するときは普段と違って、話し方がきつく、汚いことや臭いことを嫌がり、ずっと文句を言っていました。その時の様子は、全く大法弟子らしくありませんでした。

 師父は「皆さん、ご存知ですか? あなたが修煉者でありさえすれば、いかなる環境、いかなる状況下でも、遭遇したいかなる厄介なことや不愉快なこと、ひいては大法の仕事のためであっても、皆さんが思っているどれほど良いことや、どれほど神聖なことであっても、わたしはそれらを利用して皆さんの執着心を取り除き、皆さんの魔性を暴露させ、それを取り去っているのです。皆さんの向上こそが、最も重要だからです」[1]と語られました

 法理が分かっても、毎回我慢出来ず、夫に文句を言い、事後いつも後悔してしまいましたが、自分の常人の執着心を深く見つけることができませんでした。ある日、私は、夫を軽く見て、汚れや疲れを厭い、責めたり、文句を言ったり、顕示心を全て取り除かなければならないと思いました。自分は夫より強い人間だと思う常人の心を取り除き、善い心と慈悲心を増やし、自分のための私心を夫のための心に変え、自分を正したら、夫の状態も大分良くなりました。

 ある日、同修のAさんに会うと、「同修のCさんは田舎からたくさんのお守りのホルダーを持って来ました。学法組の同修達が集まると、Cさんは外へ出しながら、「私はたくさんの人を救います!」と言ったと教えてもらいました。Cさんは毎年何パックもホルダーを持って来て、皆さんに法輪功の真相を述べるために提供しました。Aさんは、「彼女の話し方はとても傲慢で、強い顕示心が現れていました」と言いました。

 Aさんの話を聞いて、私は精進要旨のたわむれごとを語らないを思い出しました。私は自信を持ち、「私はCさんと交流してみます」と言いました。

 しばらく経って、私はCさんに会い行き、「今日はもう遅いですが、時間があるときに交流したいことがあります」と言い、数日後、私はCさんの家に行きました。同修に、「あの日に言われた、交流したいことは何ですか?」と聞かれました。私は、「あなたはたわむれごとを語らないの経文を覚えていますか? あなたは『私はたくさんの人を救います』と言ったとある同修に言われました。あなたは頑張って、色々な苦労をしました。しかし、人を救うのは師父であり、師父がいらっしゃらなければ、私達は何かできますか? 現場にいた同修達はどれほど人に三退を勧めたか、それでも『自分は大したことをやってない』と言っていました」と言いました。

 その時、Cさんの顔色が変わり、自分はそういうことを言ったと認めず、他人のデマだと言い、またBさんが捏造したのだと疑いました。私は、「確かに言ったのに、何故認めないのか? 古い大法弟子なのに、法理をたくさん暗記し、述べるのも得意なのに(彼女は普段真相を述べに行かず、大法資料も配りませんでした)、何故表と裏が一致しないのか?」と思い、思えば思うほど、納得できませんでした。

 その時、私は師父の「トラブルに遭ったら、自分が間違ったかどうかに関わらず、このことに関して私に間違ったところがあるのか、本当に自分が間違ったのではないかと自らを考え、皆このように考え、最初の念は自らを考え、問題を考えているのです。このようにしない人は本当の大法修煉者ではありません。これは修煉上の最も有効な手段であり、大法弟子が修煉する際の特徴です」[2]を思い出しました。自分から探しましょう。

 自分が他人を変えたい心、結果を求める心、自分を実証したい心等、私の場は純浄ではありませんでした。師父は、「あなたに一つの真理をお教えしましょう。絶えず執着心を取り除くことこそ人間の修煉の過程のすべてです」[3]と語られました。私は正念を発して自分の人心を取り除きました。

 しばらくして、Cさんが会いに来て、「分かりました、私を向上させるためだったのですね」と言ってくれました。私達は一緒に法に従い、自分を正しました。

 この間、私は協調の同修に大型のカラープリンタを購入し、もっと質が良い資料を作るように提案しました。協調人は、「ちょうど1台あるので、送ります」と言い、数日後に送って来て、使用方法まで教えてくれました。約1カ月使ったとき、協調人に、「プリンタをもう1人の同修に使わせたいのです。彼女が持っているプリンタが壊れてしまい、修理ができないそうです」と言われました。同修に1週間でどのくらい資料を作れるかと聞かれて。私が答えたら、同修に「もう1人の同修が作った量のほうが多く、もっと多くの人に提供できます」と言われました。

 当時私は不機嫌で、「小さいプリンタが古くて動きが遅いので、たくさんの資料が作れません。やっとこの大型プリンタをスムーズ使えるようになったのに、移したら、少し辛いです」と言いました。しかし、師父は、「さらに皆さんに教えますと、実際には、皆さんの以前の本性は、自らのため、私のためを根本としたものだったのですが、今後、何かをするときには、まず他の人のことを配慮して無私無我 で、なおかつ他人を先に、自分をあとにするという正覚にまで修め遂げなければならないのです。それゆえに皆さんは、今後何かを行ない、何かを口にするときにも、ほかの人のため、ひいては後世の人のために考えなければなりません! 大法が永遠に変らないようにするために考えなければならないのです!」[4]と語られました。私はあれこれを恐れて、大変さも疲れも厭うのは、自らのため、私のためではないでしょうか?自分のために考えるだけではなく、自分を放下し、全体を圓容しなければなりません。自分がいくら良くできても、いくら多く作っても、全体の力は強くありません。これを考えて、心を放下することができました。

 数日後、Aさんが会いに来て、ある資料拠点に余っているプリンタがあり、協調人にいかに処置するかを相談したいのですが、すぐに協調人に連絡が取れず、どうすればいいかと私に聞きました。私は、「協調人に連絡しなくていいです。2人で協調しましょう。ちょうどこちらはプリンタが足りないのです」と言いました。私達は当日プリンタを運んで来て助かりました。本当に「修は己にありて、功は師父にあり」[3]ということでした。師父に感謝しています!

 この数件の出来事は、私に修煉はどれだけ幸せなことかを深く体験させました!

 以上私の浅い悟りであすが、不足な点がありましたら、ご指摘いただきたいです。

 師父に感謝します!

 同修に感謝します! 

  注:
  [1] 李洪志師父の著作:『精進要旨』「再認識」
  [2] 李洪志師父の著作:『各地説法十一』「大法弟子とは何か」
  [3] 李洪志師父の著作:『轉法輪
  [4] 李洪志師父の著作:『精進要旨』「佛性に漏れなし」

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2018/2/17/361746.html)
 
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