機縁を大切にし 誓約を果たしましょう
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文/吉林省の大法弟子

 【明慧日本2018年3月1日】1997年、私は16歳の時に法輪大法を修煉し始め、今年で20年になります。法を得てから、中国共産党による狂暴な迫害により約7年間不当に拘禁された経験がありますが、現在に至るまで、大法を修煉するという信念はー度も揺らぎませんでした。これから、同修でもある主人との修煉体験について、交流していきたいと思います。

 一、「真・善・忍」を修め、名誉、利益、情を取り除く

 昔から、結婚相手に対して一緒に修煉することができ、かつ、共に「三つのこと」を行える同修と家族を作れればいいと思っていました。師父のご加護の下で私の願いが叶いました。結婚する前、私も彼も迫害により家を失い、戸籍謄本を奪われたので、簡単な戸籍の証明書しかありませんでした。「師父の写真の前に跪き、戸籍謄本もない私達は結婚できるでしょうか?」と問いかけていました。それから後、縁あって私たちの婚姻届は受理されました。

 主人と私が結婚に至るまでに6年の間付き合っていました。もちろん、常人のような恋人同士の付き合いではなく、いわゆる「君子の交わりは淡きこと水の如し」のような付き合いで、いつも協力しながら法を実証することに参加してきました。結婚をして主人も私も同修からのお祝いをもらってはいけない、同修のお金は大法の資源であることを悟ったので、祝い金は貰わない事にしました。結婚式当日に同修たちを招いて、お金も時間もあまりかけないで簡単な宴会だけにしました。

 結婚する前、主人は2軒の店を経営していました。学法煉功は毎日欠かさずに行っていますが、人件費の支出はもちろんのこと、店の賃貸料金や仕入れの費用もあるので、残された純利益は少なく、結婚後の6カ月間、依然と忙(せわ)しない日々を過ごしていました。同修たちとの交流で、主人と私に利益を重んじる心があると指摘されましたが、それほどお金を儲けてはいないし、お店は2軒あるものの、生計を除いたら貯金するお金はあまりありませんでした。しかし、同修に指摘されたことは内に向けて探さなければなりません。また、お店のことに時間と労力を費やしている事も事実です。

 内に向けて探した事により、私たちはお店を1軒手放すことにしました。意外なことに、残されたお店はとても繁盛し、以前他人に借りたお金や同修たちから借りたお金もすべて返すことができましたた。同修たちのお金は全て大法の資源なので、例え同修がお金に困っていなくても、早く返さなくてはいけないと思い一番先に返しました。また、お店が1軒になったので、主人と私の時間に余裕ができ、学法する時間も増えました。

 利益に対する執着心を放下してから家計も苦しくなりましたが、買い物に対する執着心が出てきました。同修といる時はショッピングや商品についての話をよくするようになり、高い物は買いませんが、時々ショッピングモールのホームページを開いたり、ネットショッピングのウェブページを見たりするようになっていました。学法を通して、自分の安逸心と物に対する執着心に気づきました。これらの執着心を取り除いた後、日々の生活が楽になり、頭の中もすっきりしました。今では余った時間を全て学法に費やしています。

 主人と結婚してから私たちは自分を厳しく律し、結婚前の約束をしっかりと守るようにしています。しかし、時々悪い考えが浮かんでくることもあり、その時はすぐに発正念をして頭の中をきれいにしていますが、時間が経つとまた悪い考えが浮かんでくるため、その時は悪い考えを排除し、決して認めないようにしています。そうすることで、色欲心を取り除くことができ、非常に楽になりました。

 「情」は様々な面に表れてきます。「好き」という気持ちを情という人もいますが、その他にも色々な表現方法があります。師父はこのように説かれました。「なぜなら、人間には情があります。怒ることも、喜ぶことも、愛することも、恨むことも、喜んで何かをするのも、嫌でしたくないのも、ある人について好印象をもち、悪印象をもつのも、何かをやりたいと思い、やりたくないと思うのも、すべてが情によるもので、常人とは情のために生きているものです」[1]。情から派生する執着心をすべて取り除かなければなりません。修煉していくにつれさらに細かい執着心に気付くことができ、それを取り除き、そして、最後に根っ子から「情」を取り除くことができます。

 「情から抜け出すことができれば、誰もあなたを動揺させることができず、常人の心があなたを動かすことは不可能となります。それに取って代わるものは慈悲の心であり、より高尚なものです」[1]と師父は説かれました。心性を向上させる過程は、宇宙の特性である「真・善・忍」に同化する過程でもあります。

 師父は「『大法が良い』と念じることは、常人だけではなく、大法弟子が自分の考えにある良くないものを取り除く時も有効です。全身の細胞に大法が良いと念じるようにと指示すれば、体内全体が震動していると感じるのです。(拍手) 法を念じているため、これほど大きな威力があります」[2]と説かれました。ある日、うたた寝をしている時、突然思想業力が現れたので、すぐに「法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい!」と唱えました。すると、自分の声が体中に轟き、慈悲なるエネルギーが全身に行き渡り、自分が非常に大きく、威力も強烈で、いかなる邪悪な要素をも取り除くことができるような感じがしました。この感覚のお陰で、法に同化した後の自分の身体は神の身体へと変化していると悟りました。

 二、内に向けて自分を探し、全体で次元を高め昇華する

 私の家は学法する拠点になっており、毎晩8時から学法を始めます。時々、家に泊まりに来る同修もいるため、朝は皆で煉功をします。師父は「まず、自分自身をしっかり修めてはじめて歴史的使命を果たすことができます。ですから、衆生を救い済度し、法を実証する全過程において、自分自身の修煉をおろそかにしてはいけません。ですから、修煉に必ず真摯に取り組むべきです。それは修煉者にとって最も基本的な保障です」[3]と説かれました。師父の説法を勉強することで、自らの修煉においてたくさんの「疎か(おろそか・いい加減なこと。なおざり)」に気づきました。例えば、学法する時、心が静まらない、煉功する時、頭の中であれこれを考えて、法を実証する事の中で人心で物事に対処したり、その他にも、仕事そのものに対する執着心や顕示心など、同修との協力の面においても大きな妨げとなっています。

 今年、私は同修とあるアプリケーションを作成しました。以前の真相電話を掛けるアプリケーションをアップデートするようなバージョンで、ショッピングセンターや病院、レストラン街などの人がたくさん集まる場所でも使えるアプリケーションです。このアプリケーションを作成する中で、説明書はあるものの、成功するまで何回も繰り返しやる必要がありました。しかし、その過程において、同修と意見が合わず議論し、ある日、スマートフォンにこのアプリケーションをダウンロードすると、安全性の問題が関わってくるから慎重にしなければならないと同修が言いました。しかし、他の同修に教えてもらった通りに家にいる間は、スマートフォンの電源を切って置けば大丈夫なのに、自分たちが作成した物がどうして危険なのかと同修の話を聞き私は不満に思いました。安全性の問題を巡って同修と言い争いになったので、私はふと自分の人心に気づきました。その時以前、主人がプリンターの修理を習っていた事を思い出しました。主人は昔はプリンターを修理していましたが、最近のプリンターは機種が次々と新しくなり難しいため、改めて勉強しました。ある日、主人は新しいプリンターを修理できるようになったことを自慢していたので、私は「もっと謙虚になった方がいいよ。コップに水がいっぱいになると、それ以上の水は入らないでしょう? あなたは自分自身に満足し、他人の意見を受け入れなくなり、それ以上の技術は伸びなくなるわよ」。すると主人は再び勉強し始め、機械についてさらに多くの事を理解しました。

 主人と比べ私は他人の事ばかりを見て、自分を探そうとしませんでした。自慢する心や自己中心的な心に気づき、同修との言い争いをやめて素直に聞くことにしました。すると、同修は、「天地行技術のホームページに新しいバージョンが載ってるわ。それに新しい内容も入ってるの。真相電話のアプリケーションもより安全になるはずよ」と教えてくれました。この時、自分がこのことを全く知らなかったことに気づき、同修に教えてくださいと言うと、同修は喜んで教えてくれ、私たちは再びうまく協力し合うことができるようになりました。

 明慧ネットを閲覧し、協調人の同修がある法理についての悟りの文章を読んでいる時、師父の説法を思い出しました。「あなたが修煉者でありさえすれば、いかなる環境、いかなる状況下でも、遭遇したいかなる厄介なことや不愉快なこと、ひいては大法の仕事のためであっても、皆さんが思っているどれほど良いことや、どれほど神聖なことであっても、わたしはそれらを利用して皆さんの執着心を取り除き、皆さんの魔性を暴露させ、それを取り去っているのです」[4]

 真相を伝える時や技術などの仕事を行う時も、様々な人心が現れてきます。これらの人心を取り除くことで、心性を向上させることができ、我々が行っている法を実証することも、より神聖で純粋になります。

 三、修煉を始めてから圓満成就するまでの全ての縁を大切に

 以前、経済上の迫害が酷く、即座に否定することができなかったため、一時期はとても落ち込み、思考もネガティブになり、様々な人心が現れました。気持ちが落ち込んでいた時、私は自分の部屋に閉じ込もったままで正念もせず、どうすればいいのか迷っていました。うたた寝をしているとき、突然、師父の法が頭をよぎりました。修煉し始めてから圓満成就に至るまでの間の全ての縁を、大切にしなければならないというような内容の説法でした。すると、暗い気持ちが一気に晴れ、同修も見舞いに来てくれました。師父に申し訳ないという念が強かったため、再び精進することができ、正念を強めて旧勢力による迫害を否定することができました。

 今年の元旦の夜、夢に師父が再び現れました。夢の中で、師父は毎年実家に戻って同修たちに会い、私も師父に会うことができました。師父はたくさんの弟子たちに囲まれているので、自分に気づかないのかもしれないと思った刹那(せつな・極めて短い時間。瞬間)、師父は慈悲深い目で私を見つめ、名前も呼んで下さいました。「師父私の名前を憶えてくださっているのですか?」と尋ね、非常に感動しました。その時、場面が一変し今年になり、私は別の事をしていました。すると、同修が尋ねて来て、「今年も師父が来てくださいましたが、あなたはなぜ来なかったの? 師父はあなたの事を探しておられたわ」と教えてくれました。私はそのことを聞き、非常に焦り、悔やみ、涙が出ました。

 夢から覚めても苦しい思いは消えませんでした。昔、何年間か家を失い、元旦や旧正月の時は1人だったので、夜ご飯も適当に済まして真相資料を配りに出かけていました。皆、家で正月を祝っていましたが、私は真相シールを貼ったり、チラシを配ったりしていました。心の中は非常に充実していました。しかし、今年は出かけずに家の中で過ごしました。「現在の状況から見れば、他の空間の邪悪は大量に解体され、人間を制御する能力が弱まり、全体の形勢は大法弟子にとってますます緩和されました。しかし、緩和されればされるほど、圧力は軽減しますが、それによって安逸心が生じやすくなり、少し心地よくなりたいとか、少しのんびりしたいとか、ゆっくりしたいとかなどの具合です。実は大法弟子の生活はすでに修煉と一環一環、緊密につながって溶け合っているため、自分を緩めてしまったことは、すなわち修煉を緩めたことになります」[5]と師父は説かれました。

 明慧ネットに『安逸と破滅』という文章が載っています。「安逸」について非常に詳しく書かれており、法を正すこの最後の時期において、生活環境が緩くなったからと言って自分への要求を緩めて、自分を破滅の道へと導いてはならないのです。そのようなことをすれば、億万年も待ちわびていたことが何もかも滅びることになり、自分の世界の衆生さえも消えてなくなってしまうのです。ですから、今の1分1秒を大切にし、残された最後の時間の中でしっかりと修煉し、衆生を救わなければなりません。我々がここで生きている意義は「三つのこと」をしっかり行い、使命を果たし、師を助けることです!!

 師父は最近の経文の中でこのように説かれました。「法を正す最後の時、着実に自らをしっかり修め、人を救う使命をきちんと果たしてください。法会が円満に開催されることを祈ります」[6]。残された時間は本当に僅かとなっています。この機縁はー度きりです。ですから、法を正す時期の大法弟子として、自分たちの作用をしっかりと発揮し、師父の慈悲なる済度に報えるよう共に精進して、師父について天に帰りましょう!!

 注:
 [1] 李洪志師父の著作: 『轉法輪
 [2] 李洪志師父の著作: 『二〇〇四年ニューヨーク国際法会での説法』
 [3] 李洪志師父の経文: 『大法伝出二十五周年ニューヨーク法会での説法』
 [4] 李洪志師父の著作: 『精進要旨』 「再認識」
 [5] 李洪志師父の著作: 『各地での説法九』 「二〇〇九年大ニューヨーク国際法会での説法」
 [6] 李洪志師父の経文: 『フランス法会へ』

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2018/1/23/359916.html)
 
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