自分をしっかり修め 大法を広める
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文/アメリカの大法弟子

 【明慧日本2018年7月8日】私は子供の時から集中力に欠けていて、心を澄ませて耳を傾けないと、授業中の内容を理解することができませんでした。また、私は多動障害で、興奮しているうちに物事を済ませたがったり、または興奮しようとしました。

  私はこのような症状を伴いながら青春期に入りました。多くの時、私はもっと良い計画ができるのに、結果を考えなかったり、またはきちんと考えずに物事を進めていました。このようにした結果、私はよく過ちを犯したり、まずい決断をしたりして、プレッシャーから異常な焦りを感じて、自分を段々と信じられなくなりました。

  私は自分がリラックスできる方法を探し始めました。21歳の時に、私の佛性が現れて、私は自分が変わらなければならないと感じ、他の人を手伝いたいと思い始めました。私は全てを放棄して天国への道を探す心構えができました。

 私は法輪大法を見つけました! それは2000年の私が25歳の時でした。

 1年後、第1回目の英語での大法の法会が、私が住んでいたフロリダ州のオーランド市で開催されました。法会は室外で行われ、同時に多くの同修に会えて、とても驚き感嘆し本当に嬉しくて、いつもより楽しかったのです。

  大法の修煉を始めた最初の2年、私はたくさんのことを経験しました。私の顔は吹き出物で溢れていて、胸と背中の一部にニキビがいっぱいでした。そのため、私は胸元の開いたジャケットなどは一切着ないで、まるで修道女のような格好をしていました。この2年間、私達は毎日グループで煉功しました。

 その年のクリスマスの期間中、私は地元のインディアナ州のエバンズビル市に行って、地元の政府からの大法への褒賞を申請することになりました。最初はとても難しいと感じ、すぐに諦めてしまいました。私は自分に、何故こんなに早く始めたのに、すぐに出て行くのかと聞きました。私は内から自分を探して、師父が私にこれを私がやるべきことだと何回も教えて頂いたと信じました。心の底からの声で、師父が私とコミュニケーションを取られていたと感じました。その後、私が褒賞を申請するとすぐに受賞しました。

 私の地元には大法を修煉する人がいなくて、法輪功の真相を広める人がいなかったため、私はずっと地元に戻り大法を広めたいと願っていました。そのため、2年後に私は地元に戻りました。それから今まで、私は地元で唯一の修煉者でした。恐怖心を放下し、自分の本当の道を探し、師父と法を信じながら歩んで来た修煉の道を振り返って、感謝でいっぱいです。

 私は以前よりずっと責任感や思いやりが増して、沈着冷静になりました。両親も私の変化に気づきました。ただ、家族の伝統に従い、カトリックを修煉しないことに非常に悩み、もだえていました。しかし、私は大法の修煉は専一にすべきだと認識しています。私が実家に戻った後は、両親と一緒に暮らしましたので、大法を修煉するのは容易ではありませんでした。父は私が誤りを犯すのを恐れていて、まるで私を地獄に追い込むように精神面で私を打撃しました。母は涙を流して、私への失望を示しました。兄が来ると私を侮辱しました。私は自分の大法や関連する事項に対しての決心が、非常にまずくて愚かなものだと感じました。やがて、私はこれらをすべて放下して内から探し、自分を変えると同時にその時に現れた妨害を取り除きました。

 数年後、父は英語版の大紀元の神韻広告を見て、詳しく教えて欲しいと言いました。私は父に年間の英語版の大紀元を購読してあげていたのですが、彼にはそれが有益だったようです。私は、もし父が神韻を見に行ったら、どんなに素晴らしいだろうと思いました。その後、父は母を連れて、自ら車を2時間運転して、神韻を見に行きました。神韻を見てから、父は法輪大法の悪口を言わなくなりました。毎回私が父と話す時、父の目は真相を知りたい切望で溢れていて、今も同じです。母はイエスへの情に阻害されたようで、私も確信できませんでした。但し、私はこのような変化は私がもっと多くの情を放下すべき啓示だと理解していて、あらゆる物に対する情、家族に対する情という執着心を取り除いて、もっと大きな善を修めるべきだと理解しました。兄も神韻を見に行ってから、国会議員に電話して、議員に法輪功修煉者から臓器を抜き取る犯罪行為を停止する決議を支持するように求めました。

 彼らは私の唯一の家族ではなく、地域の全ての人達が私の家族です。私はまず自分が真相を理解してから、他の人に真相を伝えるべきです。最初、私はチラシを配って、その後は検討会及び週1回の学習教室を開きました。15年間、私の地元のインディアナ州のエバンズビル市には、ずっと法輪大法を学ぶ教室が開かれました。場所はエバンズビル市の訪問中心ビルと「四大自由記念碑」の間の川沿いの芝生の上です。

  結婚

 地元に帰って1年後、私は仕事上で1人の男性と知り合いました。私は恋に落ちて、彼と結婚したいと思いましたが、旧勢力の罠に堕ちたくありませんでした。法を学ぶ時、私は何も求めない状態で、何回も結婚という啓示を得たと信じました。しかし、結婚は簡単なものではありませんでした。私達が結婚する前に彼は失業し、私と一緒に仕事をしていた私を気まずくさせただけではなくて、私達は老人ホームで仕事をしていたので、収入もあまり高くありませんでした。私はどうすればよいのか考えました。私は恐怖心を放下し、自分の道を歩み続けることにしました。結婚式の当日、私は250人のゲストの前で気絶しそうになりました。その後、私は最後まで私を見守るという師父の声が聞こえました。そのため、私は誤ちを犯すのを怖がらなくなりました。結婚式の前日の夜、私の胸のニキビは完全に消えました。

 私達のハネムーンの時、彼の仕事の採用通知の電話が来ました、その仕事はブルーカラーが得られる高収入の仕事の一つです。師父、ありがとうございました!

  子供の面倒を見る

 私には2人の子供がいて、年齢の差は1年と10日ほどです。私は依然として自分で何かを決めることを怖がっていて、これは私が母親業を修業する時にもっと明らかに暴露されました。最初は家族と学法する時間のバランスを取るだけでしたが、これも容易ではなかったのですが、入学してからは、私の人とのコミュニケーション時の心性を向上させる必要がありました。

 2人の子供とも、注意力欠如や多動性障害があり、私は継続的に自分の両親、夫の両親、学校と近所の間で名誉と理性のために闘いました。徐々に、自分がもっと精進し、平穏で、自分の要求を考慮せず、三つのことをしっかりやりさえすれば、全ては彼らにも表れることが分かるようになりました。

 私はたったの数段落で述べましたが、修煉は辛くて人の心を動じさせ、一層ずつ執着心を取り除くまで続きます。私は今でもこれらの執着心を取り除いていますが、だんだん良くなってきました。

 最近、息子の先生から、息子は学校のルールを守らないだけでなくて、クラスの秩序も乱していると聞きました。私は息子と一緒に法を学び、煉功し、お互いに励み相手を嘲笑しませんでした。翌日、息子の先生は私に、お母さんが息子さんに何を話したか分かりませんが、彼は真剣に授業を聞いて、メモまで取っていたと話しました。

 師父のご加持の下、私は自分の長所を生かし、法を広めることで人を救うべきだと悟りました。

 大法は私がたくさんの悪い習慣から抜け出せるように助けてくださいましたので、私はアルコールと薬物の乱用の話題を切り口として、人々に法輪大法を紹介することに決めました。

 私が講演内容を準備した後、ある日夫が突然私に、「おい、私はやっとこの人と連絡が取れたぞ、彼たちに会いに行こう」と言いました。彼は私を直接私が発言する場所に連れて行ってくれて、私は講演中に私の昔の経歴を話しました、師父の励ましがあり、私は勇気を出して、子供たちと分かち合うことができました。私は中学校と高校に行って、人々に大法を紹介しました。この方法は学校に入って直接生徒達と話し合うことができます。全ては順調に行われ、皆から、私が消極的なアイデア、考え方と行動を放下し、本当の自分を探した体験を分かち合うことを感謝されました。

 学校で法を広めるもう一つのルートは娘を経由するルートです。娘は孤独のため、学校のグラウンドで行なう一つのクラブを開きました。先生はこのアイデアがとても気に入って、放課後のクラブを開きました。その年、このクラブは エバンズビル市のリーダ協会から受賞し、市長が彼女たちの教室に来て、自ら賞を配りました。数年経って、その先生は定年退職したので、私はこのクラブを引き継ぐことを決めました。私達は、講演者を招いて、放課後のクラブに参加して貰い、各種活動を催しました。その活動の一つが法輪大法の五つの功法を紹介することです。その日は普段と比べて尋常ではなく、多くの学生達が廊下で私達が煉功するのを見たがっていました。直接真相を伝えるため、その日は準備をたくさんしました。今年私は時間が取れなかったのですが、私達のフェイスブックには依然と多くのコメントが残され、たくさんの人が「いいね!」とボタンを押してくれました。

 今年、私達の地元は幸運に恵まれ、再び神韻を迎えることができました!

 慈悲で偉大なる師父に感謝します、同修に感謝します、神韻は2回も私のいる地元に来てくれました。私と同修は、どの方面からも、2時間半または4時間の運転が必要な距離でした。同修達は毎日、毎週または2週間に1回来るのも容易ではありませんでした。1年目はとても寒かったのですが、2年目、つまり今年は、信じられないほど暖かくて、心が軽快になりました。私達は師父がこんなに良い天気にしてくださり、全てを手掛けてくださったことに大変感謝しました。

 朝、法を学んだ後、私は目を閉じて師父にお願いします。まるで師父が私の隣に座っておられるように、私を私が会うベき人の前に送ってくださることを願い、ほぼ毎日私は私達が必要な人に会えました。同修と同じ車に座って、お互いの修煉体験を話し合い、いろんなところに行くのは、本当に素晴らしかったのです。普段、私は1人で大法の事をやっていたため、この機会をとても大切にしました。今年は特に私は自分を実証しない事を学びました。私は発正念の時、私達に正確なことを話させ、私達が必要な決定権のある正しい人を探せるように師父に加護をお願いしました。私はカラフルなエネルギーが私達を囲んでいることが感じられました! その時は、私のすべての考えが法の基準を満たしていると分かりました、その状態に入れるまで、私はずっと自分を清めて、干渉を取り除きました。

 私は煉功に精進できたのか? 私は各事項と家族の間のバランスを取れているのか? 私は自分の不足点を見つけた場合、これらは人々が神韻のチケットを購入するのを阻害してしまうかもしれないので、迅速に自分が消極的でマイナス的だと思う考えを正しました。

 これは私の現段階での自分が完全に修め切る必要性についての理解で、私は他の物へのマイナス的な考え方をやめるべきで、どんな時にマイナス的な考え方が出て来たら、私は必ず徹底的に消滅すべきです。

 以上は私の個人の理解で、法に沿っていない部分があれば、ご指摘をお願い致します。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2018/6/4/368340.html)
 
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