常人の寺院での佛像開眼は法に基づいていない
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2019年3月7日】最近、地元のある同修法輪大法の本を持って、新しく建てられた寺院に行き、佛像を開眼することにしたそうです。そこで、地元の同修たちはこの件について交流しました。つまり、このような行為は決して適当なものではなく、もちろん「法」にも決して基づいていないということです。

 佛像を開眼することについて、師父は『轉法輪』の中で「よく聞いてください。これは修煉者だけに限ります。親戚や友人のために開眼してあげようと思っても、全然効きません。わたしは修煉者の面倒しか見ません」と説かれています。

 現在、新しく建立(こんりゅう)されている寺院では、佛像を建立すると同時に、遺骨を納める納骨堂も作られています。1人分でも数万元かかり、数十万人分ならばざっと計算しても、数十億元の暴利をむさぼることになります。しかも、多くの寺院の和尚は本当の修煉者ではないのです。甚だしい場合は、大法を攻撃する和尚さえいます。よく考えてみてください。師父はこのような寺院の佛像を開眼されるでしょうか。大法の本を持って佛像を開眼しようとすること自体、師父に対しても不敬な行為となります。もし、常人に知られたら、大法への誤解を生じてしまうのではありませんか。私たちのこのような行為は大法を破壊することになりかねません!!

 一部の同修は香港の大嶼山のことを例として話しますが、香港の状況と中国本土の実情は全く違うのです。

 もちろん、一部の寺院の和尚・方丈・老師が大法弟子の場合には、話は別になります。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2019/2/2/381601.html)
 
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