善なる行為が大法修煉の機縁を結ぶ
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2019年3月20日】私は黒竜江省に在住しており、幼い頃から心が優しい性格でした。 不公平なことが目に見えたら、私は助けの手を差し伸べて、人を助けていました。しかし、成長するにつれて社会で汚染されていき、喧嘩が好きで大酒を飲み、ギャンブルをするなどなんでもやっていました。1999年から2002年の間、私は喧嘩ばかりしており、そのためジャムス労働教養所に拘禁されました。

 労働教養所で私は一般の人と異なる人達に出会いました。彼らは自分の信仰を貫くために、信仰をやめるということを口にしませんでした。私は不思議に思いました。なぜ彼らはここでこんなに苦しみを嘗めているのか、やめるといえば家に帰れるのに、やめると一言いえばいいではないか、なぜそうしないのかと、当時、彼らのことが理解できませんでした。しかし、この人達としばらく接している間に、彼らが一般の人と異なることに気づきました。彼らの人柄やしゃべり方、人との付き合い方はとても謙虚で穏やかでした。それらを見ていた私は、彼らと話し合いたいと思い、接したくなりました。

 私は心の中で「彼らは皆いい人だ!」と叫びました。ただ法輪功を学んだことが理由で、罪もないのにここに拘禁されている彼らに、同情し非常に可哀相だと思っていました。また、彼らは煉功することを要求しただけの理由で、警官らからひどい体罰を受けていました。厳寒の冬12月に、衣服をすべて脱がされ、後ろ手にされて両手に手錠をはめられ、冷水を容赦なく頭からかけられていました。あまりにも残忍だったので私は見るに耐えきれず、心がひどく痛みました!

 労働教養所で私が目にしたのはすべて暗闇に隠された一面でした。法輪功修煉者の家族が食べ物を持ってくると、警官らは彼らに渡して食べさせることをせず、しかも、トイレットペーパーでさえ与えず、警官らの行為はあまりにも酷いものでした。私が修煉者を監視する当番になった時、モップの棒で監視カメラを上に曲げ、カメラに他の場所が写るようにしてから、彼らに煉功するように合図しました。

 ある時、警官らが本を探しだそうとして、修煉者の服を全部脱がせたところ、たくさんの法輪功の書籍を見つけ出しました。すると、警官らは修煉者を殴るなどの迫害を始めたので、私は警官に見つからないように、『洪吟』を含めて7冊の本を隠しました。しかし、数日後、警官らがまた本探しをした際に発見されてしまい懲罰を受けました。後ろ手に手錠をかけられ殴られた上に、拘禁期間を3カ月間延長されました。

 私は拘禁期間を延長されても後悔したこともないし、文句も言いませんでした。自分の行為は正義のためだったと思うと嬉しくも思い、かえって、とても光栄に思いました。

 一人の修煉者が常に私に大法の不思議さと素晴らしさを教えてくれました。私はそれらに魅了され、「法輪功は素晴らしい!」と思うようになりました。また彼の話を聞くことが大好きでした。私は「あなた達はずっとここにいてはダメです。真相を伝えるにはここから出て行き、大法の素晴らしさをさらに多くの人に伝えるべきだ」とつねづね考えていました。

 一度、よいチャンスが訪れました。私は彼らにスコップやゴミ取り、手ぼうきを持って外に出て行き、タバコの吸い殻を拾ったり、掃除をするように伝えました。当時ゲートは開かれており、12人の法輪功修煉者が正々堂々とゲートから外へ出て行きましたが、その中の3人は捕まりました。その時、私は反対側の2階で彼らを見ていましたが、あまりにも心配で足がずっと震えていました。彼らが無事に脱出できないことを恐れ、心の中でずっと「大法の師父よ! 彼らを早くここから逃げれるようにしてください」とお願いしました。彼らの中の年配の人が転びながら走る姿を見ていると涙が出てきました。

 2017年10月、私は奇跡的に法を得ました! 『轉法輪』を読み終えた時、なるほど、あの時の修煉者に施した善なる行動が修煉の機縁を結ばせ、そしてあれ以来、師父がずっと私の面倒をみてくださっていたことが、分かりました。

 大法を学んでから、私は生活していく中で自信を持つようになり、自分がなぜ生かされているかが分かるようになりました。また当時、労働教養所でなぜ、修煉者たちが修煉をやめるという言葉を口にしなかったのかが分かりました。師父の説かれたように「知っておくべきことは、人間はひとたび真理と生命の存在の真の意義を知るようになれば、そのために命を捨てても惜しくはない、ということです」[1]

 学法と煉功を通じて、私は長年の腰椎椎間板ヘルニアが治り体が軽くなって、歩く時にも走り出したくなり、毎日子供のように嬉しくてたまりません。今ではお酒を飲みません。私達の上司も私が変わり、顔の色ツヤがきれいになり、清潔で敏速になり、少し太ったと言ってくれました。学法を通じて、「失と得」の関係について分かるようになり、仕事上でも自分に対して厳しく要求し、与えられた仕事を全うし、品物を販売した時の記帳などもきちんと記載して、少しも貪りません。

 今では、隣近所の人も皆、私が変わったと褒めてくれます。私も嬉しくてたまりません。

 現在、私は正々堂々と真相を伝えています。まだまだ人を救うことができない場合もありますが、これからも頑張っていきたいと思います。

 師父に感謝いたします! ありがとうございます!

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『精進要旨二』「わたしの感想」

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2019/3/8/383607.html)
 
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