夜中警官に家に侵入され 河北廊坊の楊暁輝さん転落死
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 【明慧日本2019年4月21日】河北省廊坊市文安県の警官ら8人が、2019年4月8日の夜11時頃、法輪功学習者・楊暁輝さんの家にやって来て扉をやかましく叩いた。楊さんはドアの覗き穴を通して警官だと分かって、開けなかった。すると、警官らは工具でドアをこじ開け始めた。その時、楊さんの夫と娘も家におり、一時的にどうすればよいかが分からず、恐怖のあまりパニック状態に陥った。

 長年にわたり迫害の中で、楊さんは何度も嫌がらせや家宅捜索を受け、家族はいつも恐怖の中で生活していた。楊さんの夫は長年の持病があり、娘はもうすぐ結婚する予定で、生活の全てをみな楊さんに頼っていた。

 外の扉をこじ開ける音がだんだんと激しくになり、緊迫感が増してもうすぐ突入されそうになった。再度連行されるのを避けるため、楊さんは3階のベランダから脱出しようとしたが、足を滑らし転落した。楊さんは病院に運ばれ応急処置を受けたが助からず、午前2時過ぎに亡くなった。享年55歳だった。

 健康で生き生きとして、良い人間を目指していた善良な女性が冤罪が晴れぬまま、この世を去った。楊さんの夫や娘、身内、友人たちはみな痛恨の極みであった。信じ難いが、目の前に実際に起きた事実である。

 文安県国内安全保衛部門(法輪功迫害の実行機関)の大隊長・李忠傑は、まったく罪悪感がなく、横暴な態度で「楊の死は、我々とは全く関係ない」と主張した。全体の過程の中で、廊坊市の警官らや文安県の警官ら、および特別警察官らがずっと現場で厳重に監視し、家族以外の誰をも近づくことが出来なかった。病院の外にも数台のパトカーが止まり、中は警官らで満車で、ビデオを撮影したり、写真を撮ったりした。

 家族はできるだけ早く後の葬儀の事を済ませようと考えたが、警官らはそれを阻止し、警察の許可がなければ火葬してはならぬと言った。

 楊さんは2003年11月、勤務先の人員と警官らにより連行され、月城洗脳班に送られた。その時、楊さんは腰を警官らに強く蹴られ、痛みが1カ月あまりも続いた。洗脳班で楊さんは法輪功を放棄しないため、顔を殴られて、服まで引き裂かれた。2004年6月初め、楊さんはまた洗脳班に連行され、ベッドに縛り付けられ灌食された。指の太さのゴム管を無理やり插入されたため食道を突き破り、水を飲むことすら出来なくなった。また、その中に不明な薬物を注ぎ込まれた楊さんは昼夜眠れなくなり、その後、注射を受けると、今度は昏睡状態に陥って目が覚めなくなった。そこで警官らは、長さ4寸ぐらいの針で楊さんのこめかみや人中、手などのツボを刺し、目が覚めるまで刺し続けたという。

 (注:法輪功学習者を迫害している主要な責任者らの情報は、中国語のページを参照)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2019/4/12/385030.html)
 
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