重慶女子刑務所で私が受けた虐待の実態       
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 【明慧日本2019年11月7日】私は任祥蓮と言い、重慶市渝北区双鳳路に在住し、今年66歳である。

 2016年7月、法輪功迫害の真相資料を配布していた時に、警官に連行され、渝北区一碗水留置場に不当に1年3カ月も拘禁された。

 警官から法輪功資料の入手先を白状するようにと強要され、私は一言も何も言わず、ひたすら警官らに法輪真相を伝えた。警官は非常に態度が悪く、私に何も言わせず、「反省文」を書かせようとした。私が書くことを拒否したため、警官らは劉東木と言う者に「反省文」を書かせ、私に署名をさせようとした。そして「署名をすれば、家に帰らせる」と言われて、私は署名をした。しかし家に帰れるどころか、かえって、渝北区裁判所に懲役3年の実刑判決を言い渡され、罰金8000元(およそ12万3000円)を科された。私は判決を不服として重慶市第一地方裁判所に控訴したが、原判決を維持するとの判決が下された。

 2017年10月、私は重慶市女子刑務所第1監獄区に移送された。そこでは、すべての法輪功学習者は2人の監視役の受刑者によって監視され、私を監視したのは譚燕と蘭怡だった。この監獄区は法輪功学習者に対する迫害が最も残酷な場所で、学習者は人と話すことさえ禁止されていた。特に同修と話すことは厳しく禁止され、目と目を合わせることさえも許されなかった。毎日、「思想報告書」を書かされ、警官らが満足するような内容でなければ、直ちに書き直しを命じられた。時には、警官らが満足するまで徹夜で書かされた。警官は私に対して、睡眠を禁止し、トイレに行くのを禁止し、刑務所の規則を暗誦することを強要し、規則の書き写しをさせるなどの酷い迫害を加えた。その上、でたらめで嘘ばかり書かれたろくでもない本を毎日読むことを強いられた。残忍な迫害により私の血圧が上がり、毎日不明な薬を飲まされたが、一向に血圧は下がらず、足が鉄の棒のように腫れた。それでも、毎日「思想報告書」を書かされた。

 その後、私は第4監獄区に移され、毎日キーボードを打つようにと強要され、指が痛くなるまでさせられた。単独行動が禁止され、トイレに行くにも、受刑者の曹雪梅に報告しなければならず、大便、小便に関係なく、1回に5分間しか時間をくれなかった。

 2018年11月18日の朝の集合の時に、人数が多かったために私は人混みの中で押し倒され、体が痛くて立ち上がることができなかった。病院に行ったが塗り薬の雲南白薬しかくれず、体の痛みは治らずにますますひどくなり、19日後、やっと九龍坂病院に行くことができた。病院に行き、レントゲン写真を撮ったところ、手の骨が折れていたことが分かった。治療費は2万5000元(およそ38万6000円)だったが、そのうち、私は1万8406元(およそ28万4000円)を支払わされた。

 また、2018年3月から2019年6月までの年金は一切支給されず、それに引き上げられた昇給部分の支給も全くなかった。そして2019年7月12日に、家に帰ってから、やっと年金の支給が再開された。

(注:法輪功学習者を迫害している主要な責任者らの情報は、中国語のページを参照)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2019/10/17/394689.html)
 
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