得難い法であるがゆえに さらに勇猛精進する
■ 印刷版
 

文/ニューヨークの大法弟子

 【明慧日本2019年12月29日】

  尊敬なる師父、こんにちは!

  同修の皆さん、こんにちは!

 私は法輪大法を修煉してから、まだ2年しか経っていません。私が子供の頃から母は法輪大法を修煉していましたが、自分の恐怖心と、父の反対のために修煉をしませんでした。なぜ母が、家族全員の反対を押し切ってでも修煉をやめなかったのか、当時の私には理解できませんでした。

 大法の修煉に入る難しさ

 母は1996年に法輪大法の修煉を始めました。当時、私はまだ幼かったのですが、記憶がある頃から法輪功への迫害が起きました。このような厳しい環境の中でも、母はいつも法輪功の真相小冊子を私のベッドの上に置いて私に読ませましたが、私はいつも人に見られるのを恐れてすぐに隠していました。また時間があれば、母は私に師父の説法の録音を聞かせましたが、聞こうとしませんでした。また、友達を家に呼んで遊ぼうとしても、母はいつも「法輪大法は素晴らしい」、「真・善・忍は素晴らしい」と書かれたお守りを友達にあげるので、彼らに無視されたり、先生や保護者に知られないか、と私はいつも不安でたまりませんでした。このようなプレッシャーの中で私はその事がコンプレックスになり、それはまた、大法の真相を知る上で、最も大きな障碍となりました。

 このような状態は、私の大学時代まで続きました。メディアの仕事に興味があったため、大学を卒業してからある新聞社の傘下のネット媒体に就職しました。しかし社会に入ると、メディアに対する理想も現実的なものに変えられ、私は虚栄心のために人と互いに張り合い、金銭や現代社会の波の間に間に流されてしまいました。特に当時、私の顔はニキビだらけで心理的にもかなり落ち込んでおり、さらに複雑な人間関係に悩まされ、どうすればよいか相談に乗ってくれる人もいませんでした。大きなプレッシャーの中で、私は2017年に仕事を辞めました。

 私の退職は、周りの親戚や友人からは理解されませんでした。その時の私はまだ『轉法輪』を全部読んでおらず、物質的利益に関する法理もよく分かっていませんでした。しかし普段からの母の教育は、私に大きな影響力を及ぼしました。会社を辞める時は平常心で、肩の重荷がやっと下ろされたような感じでした。今思い出すと、すべて師父が按排してくださったと思います。

 その年に母の説得で、私は迷いながらも挑戦するつもりでニューヨークへ行きました。中国国内にいた時には、母が直接迫害されたわけではないため、私は大法弟子が迫害されている実態をあまり知りませんでした。特に自分の固執と恐怖により、自ら真相を知るルートを遮り、迫害の真相を信じていないだけではなく、聞こうともしませんでした。しかしニューヨークに来てから、ある同修が中国で迫害されて故郷を逃れ、最後にはアメリカへ亡命した事を知りました。その話を聞いた私は初めて、自分こそ中国共産党に騙され、小学校に入ってから社会人になるまでの20年間にわたって、徹底的に洗脳されていた事実が分かりました。

 私は自分を責めると同時に反省しました。以前、いつも母に反抗していたことを悔しく思った私は、今までの警戒心と不信感を捨てて、改めてネットで法輪大法の真相に関する情報を閲覧し続けました。私は数日間寝ることもなく、ずっと真相を探しているうちに、だんだんと大法に対して、新たに認識するようになりました。もちろんそれは、まだ本当の修煉からはかけ離れていました。

 溶鉱炉の中で木屑を溶かすように、大法の中で修める

 2018年6月、私は幸運にもワシントン法会で初めて師父にお会いしました。会場がとても広く、私は師父からかなり距離があり、師父のお顔がはっきり見えませんでした。師父が会場に入られた時、同修の目には皆涙が流れていました。当時の私はそれを理解できず、心の中で「どうして泣いているか? 私は泣かないわ」と思いましたが、師父のお話が始まると思わず涙が溢れてきました。子供の頃見た『轉法輪』の中の師父の写真が脳裏に浮かび上がり、涙が止まりませんでした。その時、私は「今から修煉しても、まだ遅くない」と自分に言い聞かせました。

 その後、私は正式に大法の修煉を始めました。私は3カ月間続けて観光スポットで大法の真相を伝えましたが、自分にとって収穫があまりありませんでした。型通りに行なった上に、毎日の学法が足りなかったため、観光客から少し深い問題を聞かれると、答えることが出来ませんでした。そんな自分を責め、どう向上するのか悩んでいました。以前、私が中国国内で携わったメディアの仕事の経験を活かし、より多くの人を救うことが出来ないかと考えました。そうして、幸運にもメディアのプロジェクトに参加することが出来ました。この環境の中で修煉を通して、私はいかに精進して向上するかが分かるようになりました。

 ニュース部門の仕事は毎日が時間との闘いとも言えます。私の仕事はニュースに使う画像を編集することです。これは直接、視聴者に真相を伝え、直接、人を救うことになるので油断は許されません。最も印象に残った事は、私がニュースを作成している時に、時間が間に合わない上に人手も足りない状況下で、神韻交響楽団に関するニュースを臨時的に任されました。当時の私は仕事にまだ不慣れで、とても不安でした。その時に、Aさんが自ら私を助けてくれ、無事に放送を流すことが出来ました。

 ところがその後、責任者はグループのコメント欄に「神韻交響楽団のニュースに、なぜ手ブレた画像を使ったのですか?」と詰問しました。私の最初の反応は責任を逃れようとしました。「どうせ私がやった事ではないから、知らんふりしよう」と思いましたが、だんだん冷静に考えてみると、「それでいいのだろうか? 私は修煉しているのではないか? 実際にやった同修も、私を手伝うためではないか? なぜ、人を咎める気持ちがあるのか? これは絶対に本当の私ではない!」と思うようになりました。そこで私は責任者に「申し訳ございませんでした。私の不注意でこのようなミスを出しました。今度から気をつけます」と謝りました。しかし、私の心中は穏やかではありませんでした。ちょうどその時、Bさんがコメントで、「自分が最終確認の責任をきちんと果たしていませんでした」と書きました。しばらくすると、Cさんが「画面の撮り方がよくない写真を提供した自分が悪かった」と言いました。私が帰宅した時に、私を手伝ってくれたAさんから電話がかかってきて、「当時、時間に追われ、慌てて間違いました」と私に謝りました。私はとても恥ずかしくて、いたたまれませんでした。その時、責任者がやさしい口調で、「全体が協力し合ってニュースを作成し、放送に間に合ったことが何よりも良かった」と励ましてくれました。

 「全体が協力し合う」[1]と師父が説かれているように、私達が今やっている事はただの仕事ではなく、修煉そのものだと悟りました。トラブルや困難に直面した時に内に向けて探すべきなのに、私がこれほど重要なニュースにミスを出たにもかかわらず、自分の責任から逃れようとしているなんて、他の同修に比べるとはるかに差があると実感しました。

 師父は「溶鋼炉に木屑が落ちたら、瞬時に見えなくなります。これほど大きな法をもって、あなたという一人の人間を容れ、あなたの身体にある業力を滅し、良くない考えを消してあげるなどは、いとも簡単なことです」[2]  と語られました。

 私にとって、今の修煉の環境はとても得難いものであり、大切なものでもあります。この環境を一つの大きな溶鋼炉と喩えれば、私達が遇ったトラブルは、すべて偶然ではないと師父が語られたように、それはまさに心性を高めるためのものです。ですから、私たちの良くない思想や考えは、その一つ一つの木屑に過ぎません。私達は大法に従って自分を律し、そして常に心性を高めるように注意さえすれば、物事は良い方向へと変わると思います。

 もちろん、私の修煉の過程にまだまだたくさんの困難が現れてきます。例えば、仕事で力不足で焦ってしまうとか、同僚に注意されて悔しくて泣いてしまうとか、夜勤で眠いとか、仕事で疲れたとかなどです。これらのマイナス思考が湧いてくる時に、私は何のために自分がここに来ているのか? 何のために修煉しているのか? などを考えるようにしています。その度に、師父が私達一人一人の大法弟子に使命を与えてくださっていると悟り、「大法弟子」という名称はどれほど光栄なもので、どれほど誇らしいものであるかを身をもって、ひしひしと感じました!

 自身と環境に変化が現れる

 今年11月に、ニューヨークのブルックリンで大型パレードが行なわれました。今回私は列の中ではなく、パレードの周囲で観客に大法の真相資料を配るとともに、真相を伝えることになりました。その日、私は初めて自分が以前よりも上手く真相を伝えるようになったと感じました。

 以前、私は観光スポットで真相を伝える時、年配者から「あなたみたいな若い子は、何の歴史も経験したことがないから、本当の歴史って何か分かっているの?」と逆に聞かれたこともよくありました。しかし今回のパレードで、私は堂々と法輪大法の素晴らしさを伝えることが出来るようになりました。私は人々の目差しから肯定的なものを読み取りました。中にはこのように言う人もいました。「法輪功の修煉者の中に、若者がこんなにもたくさんいるのね。どうやって修煉しているか、見てみたいわ」

 これらの変化の裏には、師父のご加持が欠かせないと思います。また、一人一人の同修が力を合わせてこのような素晴らしい団体を形成したため、人々に大きな震撼を与えたのです。私はその中の極小さな粒子に過ぎませんが、大切な存在でもあると実感しました。今回の事は今後の真相を伝える中で、大きな自信となりました。私は以前の何も知らず、聞かれるとボーとする若い子から、堂々たる大法弟子に成長してきていると自覚しました。

 それから、私は中国国内にいる父と親友達に、アメリカでの見聞を伝えるようになりました。最初は皆、私がアメリカに残ることに猛反対していましたが、今はだんだんと真相を知り、母と私を理解するようになり、態度にも変化が現れてきました。新しい学習者である私にとって、これらの事は大きな関であり、修煉の信念が固いかどうかの試練でもありました。

 師父は私を常人の大きな染め物がめから掬い出してくださいました。弟子の私は必ずしっかり行ないます!

 初めて修煉体験を書き出しましたので、不足しているところがあれば、ご指摘ください。

 師父、ありがとうございます!

 同修の皆さん、ありがとうございます!

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『各地での説法六』「アジア太平洋地区学習者会議での説法」
 [2] 李洪志師父の経文:『北米第一回法会での説法』

 (2019年新唐人、大紀元法会発言稿)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2019/12/7/396616.html)
 
関連文章