観念を変える 煉功は疲れるのか?
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中国の大法弟子

 【明慧日本2023年4月18日】少し前、ある修煉者同士が「朝の煉功をし、6時に発正念をした後、法の勉強をしてから料理をして家事をする」と話をしているのを聞いて、私は驚きました。私がもし、そんなに早く起きて、さらに五式の功法をすると、睡眠不足で、そのあと法を勉強するどころではなく眠ってしまいます。彼らはなぜ眠くならないのでしょうか?  私が朝の煉功をした場合、法を勉強する前に、睡眠をとらなければなりません。なぜ私と他の修煉者との間にこれほど大きな差があるのかと思いました。私に何か問題があるに違いないのです。

 自分の心の内側をよく見てみると、まず、煉功を重視した、受け身の修煉だったことが原因なのでした。刑務所に拘禁されている同修は修煉したいと切望しているにもかかわらず、彼らにはその環境がなく、私にはとても良い環境があります。私には面目を保ちたい、見せびらかしたいという欲求があり、他の面ではうまく出来ていないと感じているのですが、修煉はちゃんとできていると思っていました。私が仲間の修煉者にこれを話すと「私はうまくやっている」「自慢している」と思われます。今、それを考えると私は本当に恥ずかしいのです。

 その日、私は師父の『各地での説法四』を学びましたが、師父は「煉功は疲労を解消し、身体を速やかに回復させる最も良い方法だからです」と説かれました。

 私の観念では、「煉功をやった後はいつもとても疲れる」と感じていたので、第五式の功法で坐禅をする度に、いつも頭がぼんやりして目が覚めないのです。私の考え方は常人と同じで、よく休んでよく眠ってこそ、よい煉功が出来るという事だったのです。

 以前、煉功をしている時に、ぼーっとするのはよくないことだと知っていましたが、その時は寝不足だからだと思っていました。そこで、解決策をいろいろ考えてみました。例えば、夜の12時前に最初の第四式の功法を終えて、一晩中眠れるようにする、しかし、12時の発正念には起きられず、効果が良くありませんでした。

 こういう考え方は、いつも心の中で「煉功をやると疲れ、睡眠不足になる」と思っていたので、煉功を半分終えると気力が湧きませんでした。煉功をやれば修煉が終わるという受け身の考え方を止め、自分の観念を変えようと思いました。その結果、翌朝3時に起きて煉功をし、五式の坐禅まで眠くならず、6時に正念を発してからも眠くなることはありませんでした。今回、師父の説かれた「観念転ず腐敗物は滅され光明が顕われる」[2] を実感することが出来ました。

 私の少しの悟りであり、それが法に則っていない場合は、同修のみなさん、慈悲をもってご指摘をお願いします。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『各地での説法四』「2003年アトランタ法会での説法」
 [2] 李洪志師父の詩:『洪吟』「新生」

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2023/4/13/458683.html)
 
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