文/山東省の大法弟子
【明慧日本2025年3月31日】私は今年70歳で、農村に住む大法弟子です。2007年に法輪大法の修煉を始めてから、学法と煉功をし、師父の要求に従って行うことで、師父は私の体を浄化してくださいました。17年間、一度も薬を飲んだり、注射を受けたりすることはなく、全身が軽くて疲れを感じません。しかし、この過程では苦しみもあれば喜びもあり、驚きや危険もありましたが、すべて師父の守りのおかげで、無事に乗り越えてきました。師父は弟子のために多くのことを引き受けてくださり、弟子は精進して確実に修めることこそ師父の慈悲深い済度に報いることができます。
2018年8月13日、私は三輪の電動自転車に同修を乗せ、大法の良さと迫害の実態を伝えるために市場に行きました。市場に到着すると、まだ早くて人が少なかったため、私たちは先に他の用事を済ませることにしました。私は電動自転車に乗って、道路を西から東に向かってしばらく走ると、「カクン、カクン」という音が聞こえました。後ろに乗っていた同修が「あなたはブレーキをかけましたか?」と聞き、私は「かけていないよ」と言いながら、気にせずに走り続けました。後になって、これは師父が私たちに「前に進むな、危険だ」と示してくださったサインだと気づきました。しかし当時は気づかず、もしその時に停まって確認して、タイミングをずらしていたら、事故は起きなかったかもしれません。
道路を横断しようとした時、私は自転車を止めて確認したところ、西には車はいない、東には遠くから車が走ってきているが、十分な距離があると判断して、北に向かって走り出しました。北側の歩道に差し掛かった時、「カン」という音が聞こえ、私たちは電動自転車から飛び出し、歩道の脇の石に激しくぶつかり、あと少しで北側の溝に落ちそうになりました。本当に命を狙ってきたような衝撃でしたが、師父の加護のおかげで私たちは意識を失うことなく、すぐに「法輪大法は素晴らしい、 真・善・忍は素晴らしい! 師父、助けてください!」と何度も叫びました。
私たちは地面から少しずつ這い上がり、道の脇に立ちました。私は体に傷一つなく、同修は腕のところの服が破れたほか、頭を路肩の石にぶつけて大きなこぶができていましたが、傷もなく、痛みも感じませんでした。電動自転車が十数メートルも滑って北側の溝に落ちていました。さらに見てみると、私たちと衝突した大きな車は歩道に停まり、動かなくなっていて、車の前には、ぶつかって剥がれた車の外装が散らばっていました。「私たちの電動自転車は壊れていないのに、相手の大きな車はこんなにひどく壊れていますね」と不思議に言うと、同修は「あなた、聞こえなかったの? 衝突した瞬間、私は『カン』という音が聞こえたよ。あれは電動自転車にぶつかった音ではなく、師父が私たちの電動自転車を守ってくださり、法輪で相手の車を止めさせた音だと思う」と言いました。まさにその通りです。『轉法輪』の中の「あなたが真の修煉者であれば、われわれの法輪が守ってくれます。わたしは根を宇宙に下ろしているので、あなたを動かせる人がいれば、このわたしをも動かすことができることになり、はっきり言って、その人はこの宇宙を動かすことができることになります」という師父の言葉はまさに真実で、師父は私たちのそばで私たちを守ってくださっているのです。師父の慈悲深い加護に感謝します。
後で聞いた話によると、運転手の若者は私たち二人がこんなに遠くまで飛ばされているのを見て、怖くて足が震え、車から降りられなかったそうです。しばらくして車を降り、私たちに「大丈夫ですか? 病院に行きましょうか?」と聞いてきました。私たちは「大丈夫です、病院には行きません。私たちは法輪功の修煉者なので、師父が守ってくださっています」と言いました。同修が若者に「あなたは、スピードを出し過ぎていましたね」と言うと、彼は「今朝、親のところで手伝いをしていて、帰るのが遅くなって、仕事に間に合うように急いでいたんです」と認めました。私たちは彼に「法輪大法のことを聞いたことがありますか?」と尋ねると、「聞いたことがあります。毎日配達の仕事をしている中で、あなたたちの方々から『法輪大法は素晴らしい』と教えられ、三退もしてもらいました。お守りもいただきましたが、今日は持ってきていません。家に置いてあります」と答えました。それを聞いて、私たちは「あなたが『法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい』を信じ、三退もしたおかげで、福に報われたのです。もし師父の加護がなかったら、今日の事故はもっと大変なことになったでしょう。電動自転車が壊れただけでなく、60代半ばの私たち二人が命を落としたか、あるいは骨折してしまったかもしれません」と言いました。若者は「はい、その通りです。心から大法師父に感謝します」と言いました。
その時、人がたくさん集まってきました。若者は皆に手伝ってもらい、電動自転車を溝から引き上げてもらいました。信じられないことに、数メートルも深い溝に落ちたにもかかわらず、電動自転車はひっくり返ることなく、同修が座っていた小さな椅子は荷台の中にそのままでした。サドルは落ちていましたが、荷台が少し斜めに傾いただけで、大きな問題にはならなかったのです。若者がサドルを元に戻し、乗ってみると、ぜんぜん問題ありませんでした。本当に不思議でした。すべては師父のおかげです。
落ち着いてから、若者は「私の車には保険がありますので、保険会社に来てもらい、あなたたちに賠償金を払うようにしましょう」と言いましたが、私たちは「いいえ、必要ありません」と断りました。若者が「そのお金は私が払うのではありません」と説明すると、私たちは「誰が払っても、私たちはいりません」とはっきり言いました。若者は「それは申し訳ありません」と言いながら電話をかけ、しばらくすると保険会社の人が二人来ました。彼らは私たちが側に立っていて、まるで自分たちと無関係の様子でした。同修の服が破れたことと、電動自転車のサドルが落ちたことから、保険屋さんは「こうしましょう。一人あたり600元を渡しますので、このお金であなたは(同修)服を買って、あなたは電動自転車を修理してください」と言いました。それでも私たちは「いりません」と言いました。若者は「少ないお金ですから、受け取ってください。受け取らないと、私は気が済まないんです」とお願いしました。そんな彼の気持ちを考量して、私たちはお金を受け取ることにしました。
帰り道に、私たちはこの出来事について話し合いました。考えれば考えるほど、気持ちが重くなりました。私たちは「このお金を受けとるべきではなかった。ゆすることではしていませんが、師父の法には合わない」と認識しました。私たちはそのお金を返すことを決めました。幸いにも、若者が住んでいる村を知っていたので、後日、彼にお金を返しに行きました。あいにく、若者は家におらず、彼の家族は私たちが返すお金を受け取ってくれませんでした。「私たちは法輪大法の修煉者です。私たちの師父は良い人になるよう教えてくださり、他人のために考えるように言われました。私たちは師父に守られており、何も損失してなかったので、このお金を受けとることはできません。」と説明すると、彼の家族は「本当にあなたたちは良い人たちですね。ありがとうございます」と言ってくれました。私たちは「感謝するなら、私たちの師父に感謝してください。師父が私たちにこうするように教えてくださったのです」と言うと、彼の家族は何度も「大法師父、ありがとうございます!」と感謝しました。