2度も車に衝突するも 5分で快復した
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 【明慧日本2014年10月9日】私は法輪功修煉者です。今年の正月期間中に車と衝突しましたが、師父の保護により無事に済みました。師父に感謝いたします。

 正月のある朝、主人と一緒に市場へ野菜を買いに出かけました。道を渡る時、止まっていた車の前を通った時、突然車が向かって来て、右足をぶつけられ、右前方に止まっていたタクシーの上に倒れ、跳ね返され、上向きで私をぶつけた車に倒れて、後頭部がバックミラーに衝突しました。非常に痛かったです。しかも、その車はもう一度ぶつかってきて、私は地面に倒れてしまいました。しかし、この時私は少しも怖いと感じず、文句を言おうとも思いませんでした。ただ痛かったです。

 地面から立ち上がりたいと思いましたが、右足の膝がとても痛くて、左肘も腰もお尻も痛くて、力が入らず、立てませんでした。この時、一人の女性が私の前にしゃがんできて、「大丈夫ですか」と聞いてくれました。私は「大丈夫、手を貸してください。立ってみます」と言いました。彼女が車の持ち主でした。その後、若い警官もやって来て、「病院へ行きましょう」と言いながら、携帯を出して連絡しました。地面で横たわっていた私は「大丈夫、病院へ行かない」と言いました。この時、やってきた主人と、車の持ち主の女性は私を一緒に支え、私は立ち上がりました。主人と周りの人はみな、病院へ行ってくださいと言いました。私は女性を引っ張ってよそに行って、「ご安心ください。私は法輪功を修煉しています。師父が守ってくださるから、ご覧の通りたいしたことはありません。一般の人なら大変な事になるはずです。後であの人たちにも教えて、安心させてあげてください」と言いました。

 私が道端に移動して見てみると、私が接触した車の後ろの黒い車の前は凹んでいて、ライトのガラスも割れていました。主人は「あの警官は若いから経験がなく、ブレーキを踏もうとして、アクセルを踏んでしまった。前の車にぶつかって、そして前の車があなたにぶつかった。人にぶつけたのを見て焦って、ブレーキが利かないと思って、もう一回踏んでしまった。実はアクセルを踏んでいたので、それでまたあなたにぶつかった」と言いました。

 道の横でバスを待っている人たちは、念のために警察の電話を残しておいて、事後何かあったら彼に負担して貰おうと勧め、女性も病院へ検査してほしいと言ってくれましたが、私は彼女に「私は大法弟子なので、家に帰って数日煉功すれば元に戻ります。大丈夫、ご安心ください」と言いました。

 私は病院へ行かないし、相手の電話番号も残さず、賠償はなお更貰いません。主人はこの事で怒って、どうしても私の話を聞かず、そこから離れようとしませんでした。主人は朝ごはんも食べていないので、この事で野菜を買ってご飯を作るどころか、警察にお金を要求したいと思っていました。「他人だったら何もなくてもお金を取ろうとするのに、こんなにぶつかって、簡単に許すなんて、あなたのような人は見たことがない」と怒りました。

 主人が言った途端、予想外に、一瞬にして後頭部の痛みが無くなり、足も痛く無くなりました。動かしてみると、少しの痛みはありますが、びっこを引くこともありません。それで師父が治してくださったと、すぐに分かりました。しかし、こんな早いとは思っていませんでした。それで主人に「見てごらん、大丈夫と言ったら大丈夫でしょう。歩いて見せる」と言って、普通に歩けるのを見て、主人は何も言わなくなって、仕方なく私と一緒に野菜を買いに行きました。私は「無事でいるほうが重要なのか、それとも病院へ行って人のお金を使ったほうが重要なのでしょうか」と言った。主人は聞き入れず、ずっと怒った顔で、不満いっぱいの様子でした。

 帰り道で、私はまた「もしあなた達に従えば、今回の事はこれで済まなくなります! 正月を過ごすどころではありません。頭がぶつかった結果どうなるかはともかく、足であっても、今日の帰りは私が野菜を持って自分で階段を上るどころか、あなたが背負って上って行くことになるでしょう。家事が出来なかったら、私はあなた達の文句を浴びるだけでなく、痛みも耐えられません。いくら賠償してくれても、あんな目に遭いたくありません。本当にあのようになったら、お金を貰っても病気治療に使うのではないですか。他の所に使えますか? 筋骨まで傷をつけられたら、直すには100日かかると言われているではありませんか? 病院へ行く場合、常人の方法で治すしかありません。早くても1、2カ月必要です。私は5分で治りました! これは超常的なことではないですか? 財産どころか、科学でも創造できない奇跡です。これはつまり修煉と常人の区別であり、一念の違いで、まったく違う結果になります。この件において私の心の状態、言動が、法輪大法の要求に符号して、他人を考え、面倒をかけずに、正念で対処したことで、師父の保護を得られて、善の報いを与えてくださいました」と言いました。主人は何も言わなくなりました。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2014/9/19/297918.html)
 
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