明慧法会|すべての家に真相を伝える
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文/黒竜江省の大法弟子

 【明慧日本2016年12月3日】

 一、すべての家に真相を伝え

 法を正す形勢の推進に伴って、より多くの同修が外に出て真相を伝えていますが、それに相応して真相を伝える資料を配る人が少なくなりました。ある同修は「ここ数年、配った真相資料は少なくなってはいないので、今はもう広範囲に資料を配る必要はない」と思っています。また、ある人は「今から資料を配るのでは遅すぎる、今は面と向かって真相を伝える時なのだ」と思っています。また外で真相を伝えている同修は「私は真相を伝えているので、真相資料を配る必要なない」とも思っています。しかし、同修が真相を伝える時、ほとんどの人が三退を主としており、なぜなら、時間が迫っているからですが、しかし、できるだけ多くの人を救いたいと思っているのに対して、大法の真相をすぐに伝えきるのはとても難しいことなのです。そこで、ある問題が起きました。ある人はたとえ三退したとしても、大法の真相を本当には理解しておらず、大法に対してあまり認めていなかったのです。しかも外に出られる同修はなにしろまだ少なく、すぐに救い済度する必要のある人がこんなにもたくさんいることに直面して、短い時間に大法の真相をしっかり伝えようとするのですが、それにはやはり困難を感じるのです。

 街に林立している高層ビルを見てみると、街に入ってくる農村の人たちはだんだん多くなってきているので、大法の資料を届けることは、やはりやりぬかなければならない、と感じました。さまざまな内容が豊富にある美しい法輪功の真相を伝える定期刊行物を見ると、真相がわからない人たちに本当に見せる必要があるのだ、と感じました。

 そこで協調人のAさんと相談し、街で広範囲に真相資料を配ろうと決定しました。真相資料を頑張って配り続けることの重要性をAさんも認識していたので、私たちは街で広範囲に真相資料を配り始めました。ある時は2人で出かけ、ある時は3、4人で出かけ、最も多い時は7人の同修で出かけました。

 真相資料を配る前に、すべての資料に一通り目を通します。内容が素晴らしいと感じたら、すぐに人々に知らせ、真相を理解してもらわなければならないからです。私と同修は資料をきちんと折りたたみ、透明封筒の封をする箇所を上にして、パンフレットをきちんと透明封筒の中に入れ、袋の中の空気を押し出してきちんと封をします。違う内容の資料を一緒に入れ、二つの資料の封をするカ所に別々にテープを貼り、二つの資料のテープとテープを貼りつけ、配る時に二つの資料を引き離し、表面を外側にして2軒の玄関にきちんと貼り付けます。

 私たちのほとんどが昼間に資料を配りました(夜に配りに行く事もあった)。相応しい身なりで、かばんを掲げるか、かばんを背負い、やわらかい平底の靴を履き、堂々と建物に入って資料を届けました。資料を配った時、捨てられた資料はほとんど見たことがありませんでした。ある時、上の階を配り終え、下の階も半分ほど配り終えた時、上の階の人が扉を開けて資料を取って家の中に入っていくのが見えました。またある時、マンションのすべての階を配り終えて外に向かって歩いていた時、女子学生が真相定期刊行物を持って読んでおり、歩きながら資料を読んでいました。またある時、資料を配り終えると、庭で舅と姑がマージャンしているのを見ていた若いお嫁さんが、真相パンフレットを手に持って麻雀卓のそばに座り、パンフレットを読み始めたのを同修が目撃しました。また、とてもうれしく思ったのは、資料を配り終えていなかった二つの集合住宅へ配りに行った時、3階のベランダで50代の婦人3人が小さなテーブルを囲んで座っており、テーブルの上には真相パンフレットが4冊開かれており、婦人たちはまさに真相定期刊行物を学習していたことでした。

 資料を配る時に私は一つの観念を持っており、宗教を信仰している人はとても頑ななので資料を渡さない方が良い、という観念で、玄関に宗教の内容の掛け軸が貼ってある家には資料を配りませんでした。ある時、正念を発していた時、玄関と同じ大きさの宗教のチラシが玄関に貼ってあるのを見つけ、玄関も閉まっていました。そして「師父は私にすべての家に真相を伝えさせようとなさっているのだから、分別の心があってはならない」と悟りました。大法を公開するにあたって万古の機縁が目の前にあるのですから、衆生に救われる機会を与えなければならず、自分の責任を尽くして衆生に真相をわからせなければなりませんした。そこで再び資料を配り始めた時、一つの家も漏らさず行い、悔いを残しませんでした。真相資料が足りなくなった時は、どの集合住宅のどの家から配っていないのかを記憶しておき、時間ができた時に必ず補てんして資料を配りました。

 実際、私たちが衆生に届けているのは希望であり、一番良いものであり、正念を発して先々にある邪悪を清める時、同修たちの功が一つに合わさり、流れ落ちる滝のように、大変速い速度で団地の階層を清めて行きました。ある時、同修たちの功が一つに合わさり、雷が轟(とどろ)くかのように大地をきれいに轟かせました。そして四方に向かって伸びる能力の木が見え、その木から雨粒のようにエネルギーが落ちて来て、キラキラと光り、各戸の玄関に落ちて行きました。そして、それが私たちが配った真相資料である事を私は知っていました。

 資料を配る前にはいつも、正念を発することを重視しています。ある時、私と同修が立掌すると、陰鬱な空から小旗が下りてきて地面に刺さるのが見えました。続いて天門が開き、清朝の近衛兵の一群が現れ、天から降りてきて地上を取り囲み、近衛兵のそれぞれがそれぞれの動作を行っているのが見え、その動作は勇ましくて力強く、強大なエネルギーを伴っており、地上の巨大な赤い悪龍はすぐに解体されてばらばらになり、破損した悪龍の肉体の中からたくさんの高い塔が現れたかと思うとすぐに透き通り始め、空も清く澄み始め、青空と雲が美しい光景を形成していました。

 以前、ある同修(以下・Cさん)が資料を配っていた時、資料が入っている袋を奪われ、さらに警察に通報すると脅されたので、Cさんは恐れてしまいました。資料を配っているCさんを見かけた時、Cさんはやはりおびえていましたが、ある時、正念を発した時、清朝の近衛兵が屋上に立っているのが見え、近衛兵が手をふるうと集合住宅は全て明るく輝き、続いて、Cさんも近衛兵の格好をして屋上に立っているのが見えましたが、近衛兵が手をふるう前にCさんは恐ろしさに足の力が抜けてしまい、濃厚な黒い物質に包囲されて力なく倒れてしまいました。

 私は「私たち大法弟子は歴史上輝く過去を過ごし、今日再び大きな歴史的使命を担いましたが、よりよく衆生を救い済度できず、師父が説かれた三つのことをしっかり行えず、悔いを残したならば、将来は永遠にそれを補えなくなる」ということがわかりました。

 ある日の午前中に資料を配りに行き、正午に同修のAさんが会いに来たので、Aさんと一緒に資料を配りに行きました。夕方の6時に正念を発し、蓮花手印をしていた時、周りに神兵と神将がたくさんいるのが見え、神兵と神将が私を囲んでいたので「何だろう?」と思いました。神兵と神将が拍手を送りながら「すばらしい、あなたは今日2回資料を配った」と言っているのが見えました。私は「自分はしっかり行えず、まだ人心があるので『太棒了(訳注・すばらしい)』の3文字にはあたりません」と思うと、もう少しで涙があふれ出そうになりました。そして後で「私が行ったことは同修と比べても微々たるものであるのに、意外にも天上を驚かせている」と思いました。

 さらにある時、正念を発している時に4人の仙人が見え、大きい体で2、3丈(訳注:1丈は約3.3メートル)の背の高さで、光を四方へ放ちながら黒い糞便の池に降り立ち、4人の仙人が力を入れて糞便の池をきれいにすると、糞便の池はすぐに洗われてきれいになりました。糞便の池がきれいに洗われた後、私と同修たちは師父の人差し指の爪の上のわずかに小さな場所にいる事に気が付きました。

 実際、私たちが真相資料を配っているのは汚れを洗い清められた世間であり、それは中国共産党の人々に対する毒害を払いのけた場所であり、つまり衆生を救い済度している、ということでした。

 ある時、資料を配り終えて自転車で家に帰る途中、体が軽やかで気持ちが爽やかになったので「私は苦しみも疲れも恐れず、ただ人々が救い済度されることだけを望み、人々は必ずこの真相資料を大切にするに違いない」と考えると、なぜかわかりませんが涙が流れ、その瞬間、広袤(こうぼう)な空間が見え、たくさんの衆生がそこに跪き、先頭の列の衆生が横断幕を2枚掲げており、それぞれに「偉大な主」と「偉大な王」と書かれていました。

 二、資料を配りながら正しくない観念を正す

 ある時、もうすぐ資料を全てビニール封筒に入れ終わろうとしていた時、真相定期刊行物を1冊何気なく開いて見ると、その中の1ページに2行が重なっている個所を見つけ、これはプリンターの故障によるものだと思いましたが、資料を作った同修は気が付かなかったようでした。真相定期刊行物を何冊か抜き取り検査してみると、7、8冊の真相定期刊行物の中に同じような状況が見られました。しかし、これぐらいなら常人も理解できる、と思いました。なぜそう思ったのかというと、性格の問題で、私は完ぺきを求める人間ではなく、何事もある程度のレベルに達していればいい、と考えていたからでした。中国の環境から見ても、常人社会で海賊版の書籍が横行しており、字が間違っていたり、字がさかさまになっていたり、字が左右に倒れていたりしており、以前もよくこのような本を読んだことがあり、自分の頭の中で字をそろえ直したので、何とも思いませんでした。さらに制作されたパンフレットの中には、同修の心血と財力が注がれており、小さな欠点のために無駄にしてしまうのはとてももったいないことでした。さらに言えば、資料を封筒に詰めるのに夜の1時過ぎまでかかっていたので、少し疲れており、目もかすんでいました。問題のあるパンフレットを抜き出すために1冊1冊開いて検査するのも面倒だと思いました。そこで文章の筋が通っていればいいのだと考え、少し休んでから出かけました。

 次の日、同修のBさんにこのことを話すと、Bさんは「大法の中のものは必ずできるかぎり完璧でなければならず、なぜなら大法の信頼性を代表しているからで、そうでなければ常人は大法の資料を大切にしないでしょう」と言いました。それでも私は、自分は間違っていない、と考えていました。するとBさんは「ミスのある物は絶対に配ってはならず、なぜなら大法の信頼に影響するし、人々を救い済度することに影響するからです」と言いました。それでも私が改めないのを見るとBさんは「あなたが改めないのなら無理に求めることはできませんが、欠陥のある物は決して配ってはならない、というのが私の原則です」と言いました。しかし私はやはりBさんの話を気に留めていませんでした。

 この問題のある資料を配っていた時、建物の2階で玄関に資料を貼りつけていたちょうどその時、8、9歳の男の子がその資料を見て「本当に問題がある」と言いました。そう言い終わると、ハハハと大笑いし、それはかれた高慢な笑い声で、子供の笑い声などではなく、まるで魔が笑っているようだとはっきりと感じました。

 その建物で資料を配り終え、最初に配った集合住宅を通り過ぎた時、パンフレットが1冊玄関口に捨てられているのを発見したので、急いで拾い上げました。その資料を拾い上げた時、他の玄関口でも真相定期刊行物が2冊捨てられているのを見つけました。そこで玄関口まで行ってその2冊を拾い上げました。そして「心性上で問題があるのだろうか、どうしてこうなったのだろう、急いで自分を探さなければならない」と思いました。しかし、その時は見つけられませんでした。そこで「自分が気が付いていない問題があるのかもしれないが、必ず探し当て、邪悪の妨害を許すわけにはいかない」という一念を発しました。しかし、この時資料を配った時は、見えない妨げと圧力をはっきりと感じ、以前のような順調さとはまるで異なり、以前資料を配っていた時の軽やかさと明るさは心の中からなくなってしまいました。

 Bさんに今回資料を配った時のいきさつと感じたことを話すと、Bさんは「それは真相定期刊行物の質の問題でしょう」と言いました。そこで私は「欠陥のある真相定期刊行物を配ってはならず、これが原因だったのだ」ということがすぐにわかりました。正念を発する時、真相定期刊行物のことを考え「師父、私は本当に間違っていました」と心の中で謝罪しました。すると、他の空間の私が後悔の涙を流しているのが見え、その涙が真相定期刊行物の文字が重なった所に落ちると、重なった2行の文字はすぐに正常に離れました。すると目の前に「弟子正念足りれば 師は回天の力有り」(『洪吟二』「師徒の恩」)という文字が現れ「すべて正された」というお言葉が耳元で聞こえてきました。

 家に帰った後、残りの30冊の真相定期刊行物を1冊1冊袋から出して開き、一通り詳細に検査してみると、問題のある資料は1冊も見つかりませんでした。私は「自分の間違いに気づき、自分の誤った観念を正したので、神の奇跡が現れ、問題のある真相定期刊行物を師父がすべて正してくださったのだ」ということがわかりました。

 私は以前「小さいことは問題にならない」 「ある程度のレベルに達していればいい」という観念により、事を行うにあたって、できるかぎり完璧にまじめに行う、ということを行ってこなかったのです。法を実証することにも同じように行ってきました。これは正さなければならないのだ、と今、私は認識しました。特に、私たちが行っている法を実証することは、できるかぎり完璧に行わなければならないのです。私たちが行ったことの出来栄えは、衆生が救い済度されるかどうかに直接影響するので、これはただごとではないのです! そして私は「自分の思惟の上での欠陥を正すということは、さらに広い意味で言えば、私たち自身が対応する巨大な宇宙体系の天体や宇宙を正している、ということになるのだ」ということを悟りました。

 三、内に向けて探し、へだたりを取り除く

 真相資料を配っていると、私とAさんの間でよく問題が起こりました。Aさんは協調人で、熱心で能力があり、厳格かつ迅速に物事を行うのですが、時には仕事に対する執着や歓喜心が現れ、他人を尊重せずに叱責したり、独りよがりな所があり、口ぶりや物事の行い方が私やほかの同修の不満を引き起こすことがありました。そして私と他の同修がAさんを批判し文句を言うと、物事に対するAさんの情熱は大きな打撃を受け、怒りと消沈を一度におぼえ、さらに資料を配る事に対する協調を放棄しようという考えまで生まれてしまいました。

 私とAさんはいつも一緒におり、お互いに対する情が重いので、Aさんは私に何一つ憚ることなく話します。ある日の午前中、資料を配り終えた後、Aさんは次の目標を考えており、命令口調で私に「同修の所に行って資料を持ってきなさい」と言いました。しかし、私は家に客が来る予定で、家に帰って食事を作らなければならないと考えており、Aさんの表情を見ているうちに少しいやな気がさし「行きません」と答えました。するとAさんは「あなたは行かなければなりません、私が行って欲しいと言っているのだから、行かなければなりません」と言い返しました。しかし、私は不満に思ったので行きませんでした。するとAさんが「私はあなたより年上なのだから、言うことを聞いて行くべきです」とまた強く言ってきました。そこで私はぎこちなく「用事があるから、行きません」と言いました。気持ちがいらいらし始めた時、他の同修が後ろから追いかけて来て、足で私の靴を踏むと、Aさんはハハハと大笑いしながら「あなたはまだ悟らないようですね、靴が踏まれていますよ」と言いました。Aさんの高笑いする声は私をますます刺激し頭にきたので、何も言わずに前へ歩き続けました。Aさんは元気いっぱいに「あなたの魔性が上がって来たのが見えます、まだ悟らないのですか、靴が踏まれていますよ」と言いました。私は力を込めて自分を抑制しましたが、この良くない物質を私はすでに抑えきれなくなっており、顔を曇らせ何も言わずにいると、Aさんが笑いながら「私は心性をしっかりと捉えているので怒りませんが、あなたは怒っていますね」と言いました。そこで私はすぐにAさんから離れ、もう1分でもAさんとは一緒にいたくないと思い、このまま1秒でもAさんと一緒にいたら爆発してしまう、と思いました。

 家に帰ると心が痛く、頭も痛くなりました。お昼の時間を忙しく立ち働き、客が帰った後、師父の写真の前に跪き「師父、私は間違っていました。法を実証することについて、自分に執着するべきではなく、怒ったりすべきではありませんでした」と申し上げました。その後、学法に行きました。学法中、頭の上に密度の高い黒色物質が見え、これは自分が怒った時に生まれた良くない物質だ、とわかりましたが、学法中にこの物質は消滅し、1講を読み終えると、頭は痛くなくなり、心も苦しくなくなりました。そして、再び師父の写真の前で合掌し、師父に深謝しました。すると師父は「さらに、あと1講読めば全て消滅されます」とおっしゃいました。師父のお言葉を聞き、まじめにもう1講学びました。すると、私は良くない物質や自分の良くない心を見つけ出し、それは、他人から尊重されたい、という心でした。この心に揺さぶられ、怒ってしまったために、良くない物質を生み出してしまったのです。

 さらにある時、午前中に資料を配り終え、午後出勤して家に帰った後、しっかりと学法しようと思った時にAさんから電話がかかって来て「夜、○○で待っていてください」と言いますので、私はすぐに「行きません」と答えると、Aさんは厳しい口調で「すぐに出て来なさい、遅れてはいけませんよ」と言いました。私は反感を覚え始め「どうしてあなたの言うことを聞きたくないのでしょうね」と言い電話を切り、やはり行きたくはありませんでした。こんな風にすべきではない、と考え直し、まず法を学び始めました。十数ページ学んだあと、同修が行っていることは正しいことなのだから協力しなければならない、と思いました。そこで夜に数人の同修と合流し、Aさんはいらいらした顔つきで自転車で前を走り、私と他の同修はAさんの後ろを自転車で走りましたが、道の反対側では同修の1人が走りながらついてきていました。そこで私は「目的地までは遠いのに、走って行ったらとても疲れるだろう」と思い「この同修と一緒に走っていこう」と思いましたが、その同修はずっと走り続けており、止まろうとしませんでした。目的地に着くと、Aさんが止まって振り向き、ずっと走ってきた同修が元気いっぱいなのを見て「あなたはどうやって来たんですか」と言いました。そこで私は「あなたはずっと自分のペースで走って来て、他の人を顧みることもなかったのに、どうしてそんなことを聞くのか」と思いました。私がその同修に「疲れていませんか」と聞くと、同修は「まったく疲れていません」と言いました。その瞬間、同修の心性と比べて自分がどれだけ不足していたかがわかりました。

 資料を配っている時に、事前にうまく按排されていなかったために、数人の同修が担当している集合住宅で資料を配り終わった後、別の集合住宅で資料を配った時に、同じ集合住宅を複数の同修が資料を配っていたために、何回か同修同士が鉢合わせしました。そして配っている途中で資料が足りなくなりました。これらすべてはAさんがきちんと按排していなかったからだと思い、Aさんに対する不満の心が生まれてきました。私は努力して自分の状態を正そうとしました。そして「私は大法弟子で、もっとも正しいことをしているのであり、人心があるのであれば取り除かなければならない」と考え、いかなる生命も私の人心を利用して妨害することを許さないよう、師父のご加持を求め「この良くない心は私ではない、それらが私である事を私は認めない」と思いました。資料を配り終え、家に帰って階段を上がりながら「私の心は以前よりうまくとらえられているので、一応順調だった」と考えました。その瞬間、師父が高いところにいらっしゃるのが見え、下にはたくさんの佛、道、神がおられ、師父は「あなたの良くない物質の半分は消えました」とおっしゃいました。私は感動し、師父に感謝しました。

 次の日の朝、師父の写真の前で跪いて合掌し、師父に深謝しながら「師父、弟子には良くない考えがあり、批判する心や恨む心があったために、同修を大切にせず、何も言わずに同修の不足を補うこともぜず、私は間違っていました」と言いました。すると、師父の写真から光が四方に放たれるのが見え、黒くすすけたように見えていた私は、師父が放たれた光芒の下で、真っ黒な殻が取り除かれました。すると師父が私に灌頂してくださっているのが見え、私はとてもきれいになりました。そして「あなたたちはみな、私の子供です」という師父の慈悲深いお言葉が聞こえてきました。

 今までずっと、同修同士お互いに協力し合う中で、見えていたのはAさんの不足でした。しかし現在、Aさんの立場で問題を考えた時に、Aさんの大変さをはっきりと体験しました。たとえば、協力して資料を配る時でも、何人かの同修はいつも自分からは資料を配りになかなか出てきませんでした。Aさんはその同修たちに呼びかけ、より多く資料を配らせようとするだけでなく、その同修たちを連れて外に出てきましたが、これはAさんの同修に対する責任感でした。安全のために、その同修たちとは直接携帯電話で連絡を取ることはありませんでした。資料を配る時はいつも、Aさんは自ら同修に会いに行きました。Aさんは、こちらで同修と会って時間を按排したかと思うと、あちらでは資料拠点で資料のことで協調をとっていました。また、自分で目的地を探し、どこで資料を配るのかを決め、さらに自分で資料を袋に詰める、などのことをしていました。そして、私たちはいつもAさんの不足を見つけ、話し方の態度や身振り手振りが人を尊重していない、とか、資料が少ないのにあんなにたくさんの人を按排して資料が不足する結果となり、人力を無駄にした、など、Aさんの不足ばかりを見ていました。しかし、私たちはもっとも重要な問題を見逃していました。もしAさんが間に立ち協調をとってくれなければ、私たちは1カ月も持ちこたえることはできず、数千部の真相資料を配ることはとてもできなかったことでしょう。

 Aさんの仕事への執着や歓喜心、人を尊重しない心や他人を非難する心、独りよがりな心などの人心を見つけ、遠慮なしに指摘した時、それは批判や恨み、独りよがりなどから指摘したのではありませんでした。同修は自分を映す鏡です。Aさんを通じて、私もまた多くの自分の不足を見つけたのでした。

 この法会の原稿を書いている時、Aさんがまた電話して来て、今日原稿を完成させ明日はちゃんと資料を配りに出かけるように、と言いました。私は自分の不足を見つけ、多くの人心を放下しました。そして、Aさんも内に向けて探し多くの人心を放下し向上してきたことを知りました。

 Aさんとのトラブルと摩擦を通じて、私たちは自分の欠点と不足に気が付きました。そしてそれ以後、お互いに協力して資料を配る中で、より多く同修の立場に立って問題を考えるようになり、同修とうまく協力し、どの家々にも真相資料があるように努め、本当に「すべての家に真相を伝える」ことを行いました。

 (明慧ネット第9回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2012/11/30/264117.html)
 
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