明慧法会|平凡な仕事であっても大法を実証する
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文/河北省の大法弟子 金玉

 【明慧日本2017年3月18日】

 師父、こんにちは!

 同修の皆さん、こんにちは!

 今日は第13回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会の機会をお借りして、私が担当している役所の食堂の管理者の仕事での修煉体験を短く話し、師父にご報告すると同時に、同修の皆さんと交流したいと思います。

 私は官庁の役人で、1996年に法輪大法を修煉し始めました。2001年、北京へ行き法輪功への迫害停止を求めて陳情したために、不当に2年間の労働教養を科され、事務室主任の職務は取り消され、事務員に降格されました。2003年、労働教養を解除された後、職場に戻り出勤すると、法輪功に対する中国共産党の誹謗中傷の宣伝を、勤め先のリーダーと同僚たちが受けてしまったために誤解を受け、何も私にさせようとせず、全局の職員は、運転手も含めてみなパソコンを割り当てられているのに、私にだけは割り当てられませんでした。事務室に私だけのときは、必ず誰か他の人の監視がつき、私が出かけるときも人を派遣して一緒に付き添わせ、何か起こるのを心配していたからです。私の仕事は新聞・雑誌の受付けだけで、公文書に一切触れさせませんでした。私が真相を伝えても誰も聞こうとせず、同僚に「三退」を勧めることなど、言うまでもないことです。

 このような状況下ではどうしたらよいでしょうか? 私は「どんなに難しくても、方法を考えて同僚たちに真相を知らせて救わなければならない」と考えました。そこで、同僚たちに別々に真相資料を配り、自分で読んでもらうと、同僚たちは少しずつ真相を理解し始めました。このようにして時間が経つうちに、同僚たちに渡した真相資料が多くなり、多くの人が大法と煉功者に対して新しい認識を持つようになり 「三退」に同意する同僚が出てきました。中には同僚に三退させまいとして妨害する同僚もいましたが、このような同僚たちには、今後ほかの大法弟子と接触する機会があったときに、真相を伝え三退をするための基礎を築きました。

 昨年4月、勤め先のリーダーが突然私に会って話をし、官庁の社員食堂の管理人をやってほしいと言い出しました。その原因は、今まで役所の食堂は社員に朝食だけを提供し、毎食6元でしたが、社員は自分で1元だけを出し、官庁が5元を手当していたというものでした。しかし今は、上層部が汚職腐敗を厳しくしたために、職場では社員手当てがなくなり、そのかわり、毎日朝食と昼食を提供し、社員の家族も食事できるようにし、全額自費で、食べた分だけお金を払い、官庁からは手当てが出ず、社員が食事代を稼げなくなりました。このように食堂の運営を推し進めると食堂の経営が難しくなってきたので、リーダーは私にその運営を任せることを思いついたというのです。

 私は「長年やってきて、あと2年で定年退職なのに、食堂を管理する仕事は難しく、あらゆる業種の中でも食事の管理者だけは引き受けたくなく、この仕事のためにどれだけ長時間占用されるのかを考えると、三つのことを行うのにも影響するだろう」と思い、この仕事を引き受けたくなく、リーダーたちに返答せずにいました。しかし、リーダーは「ぜひやってほしい」と、再三私に勧め、さらに「今回の改革で官庁の手当てがなくなり、面倒なことは知っており、料理の値段が高ければ、社員は食堂で食べず、値段を安くすれば損をしてしまう。特に考慮したことは、あなたは正直でお金に執着せず、適任だと思い任せようと選んだ」と言って私に頼み込んできました。

 そこで私は「あなたたちの考え方は正しいです。大法弟子としてお金や物に属さず、すべてのものに対して絶対に執着しません」と言い 「リーダーたちが再三私にやってもらいたがっている以上、やりましょう。でなければリーダーたちとしっくりいかなくなります。今までリーダーたちは何も私に触れさせませんでしたが、今はこの仕事をあえて私に担当させようとしています。これはあなたに対して、そして法輪功に対してリーダーたちが一定の認識を持ったことを表しているので、この仕事をしっかり行うことで、より大法を実証し、真相を伝え人を救うことができるのではないか」と考え直しました。

 仕事を利用して法を実証する

 私たちの職場には60~70人の職員がおり、加えて、私が勤めている局のビル内でオフィスワークを行うその他の部門は、中国人民政治協商会議、農起業、公証人役場など合わせて100人以上おり、それに家族が加わるので、規模が以前よりも大きくなりました。そこでカードの支払いが決定され、その状況下で、職場は回転資金として1万元を与えてくれました。なにもかも一切を購買も含めて私が管理し、リーダーは手放しで私に任せてくれ、強力に支持してくれました。

 そこで私は働き始めました。1人の修煉者として行うからには、真面目にしっかりと行わなければならず、物事をごまかすことは出来ず、仕事の中で法を実証しなければなりませんでした。そこで、私はいくつかの原則に基づくことにしました。

 (一)最大限に料理の価格を最低額に抑え、職員に損をさせないこと

 (二)調理師たちの腕前を発揮させて、できるだけ美味しい料理を作ること

 (三)毎食の主食と副食は多様化を狙い、マントー、餃子、餡餅(訳注:こねた小麦粉の皮に肉の餡を包み込んで油で揚げた平たく丸い)、莜麺(訳注:ゆうめん・燕麦を使った麺)、薄焼きパン、炸油条(訳注:コムギ粉を練って棒状にし油で揚げたもの)など、多種類の主食を作り、またいろいろ多種類なおかずも作り、漬物、ラー油、砂糖などは全て無料で提供し、家でご飯を食べているような雰囲気で食事ができること

 はじめ、職員は家族を連れてくることに申し訳ないと感じていたようですが、その後、ここの料理が安くておいしいと聞いて、ほかの職場で食事していた家族までもがここに来るようになり、みんなが話の中で「李さんは悪くない、とてもいいやり方で、しかも美味しい!」、 「彼ら煉功者はやっぱり違う」と褒めました。始めたばかりの頃、料理の価格が安いので、私が損をしているのではないか、と多くの人が心配し 「料理の値段を上げた方がいいですよ!」と何度も言われました。

 食堂では餡餅を1元で売り、餃子は平均1人あたり4~5元分食べればお腹いっぱいになりました。以前は朝食が6元でしたが、今は朝食と昼食で平均6元もあれば十分です。官庁のリーダーと同僚たちは、この件について議論し 「以前は帳簿上で水増しがあった」と言い出しました。なぜなら今年(訳注:2016年)4月から8月末までの5カ月間の決算をしてみると、赤字でないばかりか、500元以上の黒字になったからです。

 私がこの仕事で体得したのは「食堂の管理人の仕事は、損をしたかしなかったではなく、第一に、経営上の管理の良し悪しであり、第二に、これが最も重要なことですが、食堂内部で横領がなかったかどうか、横領がなければ損をすることはまずない」ということです。実際、どんな帳簿も見るまでもなく、普段の料理の価格から、問題があるかどうかを見ることができます。毎月、すべての帳簿をしっかりと計算し、主管する指導者に報告しましたが、指導者たちは皆「見る必要はありません。あなたを信用していますから、やりたいようにやってください」といつも信頼されていました。

 利益に対する執着を再び取り除く

 事務室の主任をしていた時には一定の権力があり、利益の面で触れるところが多く、ある面において修煉がしっかりしていなかったため、ささいな面についてはあまり問題にしていませんでした。しかし迫害後、突然権力が全くなくなり、利益の問題に触れなくなりました。そして10年以上が過ぎ、今回突然、再び食堂の収支のことで利益の問題に触れるようになりました。食堂で必要とされる大体すべての購買は私1人が処理しており、野菜と穀物を買い上げる場所も私が決めていました。どの顧客、どのオーナーにも甘い汁を求めず、そのような誘いを受けた場合、私は一つ一つはっきりと断り 「修煉者はそのようなことをしないので、野菜の値段に色をつけてくれればそれでいいです」と言うと、調味料を購入してオーナーが領収書を書く時に、オーナーは 「本当に実際の値段で領収書を切るのですか?」と何度も言いました。そこで私が「はい」と返事すると、オーナーは 「みんな領収書を切る時は金額を多めに切るのがほとんどの慣例なのに、あなたはどうして多めに切らないのですか?」と尋ねました。そこで私は 「私たち法輪功を学ぶ者は『真・善・忍』に基づいて行うので、絶対にうまい汁を吸いませんので、実際の値段のまま領収書を切ってください」と言うと、オーナーは驚異の目で見て 「ああ、わかりました。そのようにします」と驚きを隠せずにいました。

 時には、利益において心が動かされたこともありましたが、最終的には修煉者の基準に基づいて対処しました。妻は 「得をさせてあげよう、と誰かが言うかもしれませんが、あなたは状況をしっかりと捉えなければなりません。なぜなら、私たちは道を正しく歩まなければならず、他人に 『そんなことをしてはいけません』と言われるわけにはいかないのです」といつも言いました。妻は私を支持し、いかなる利益も受け取らず、妻がおかずを買いに来た時は、何を買うにしても、カードを読み込ませ、1元たりとも誤算が出ないようにカード払いをしました。何人かの調理師はいつも 「カードで払う必要はありません、どうせ食べ残しなのですから」と言いましたが、私は 「だめです、カードで払わなければいけません。なぜなら私たち修煉者は甘い汁を吸うわけにはいきません」といつも答えています。

 この状況に出くわすといつも調理師たちは 「カードで支払う必要はありません」といつも言うので、私が 「カードで支払わなければなりません」と言うと、調理師たちは 「道理で官庁があなたを食堂の管理人にしたわけだ、本当に見識があります」と納得しました。ある時、妻が5毛(訳注:1毛は1元の10分の1)を払って冷菜を持って行った時、数人の調理師が出て行き、私と妻の2人だけになったのでほんのちょっと 「少額だし払わなくてもいいか」と思ったとたん、突然、頭が急にウヮーンとなり、いやな気がしてきたので 「いけない、こんなことはできない、カードで払わなければいけない」とわかり、カードで支払うと、頭も体も透き通るように感じ、昇華したという感じがありました。

 実際、私たち修煉者の一挙一動や言行は、人々が見ているだけでなく、宇宙の異なる天体の万の神々もみな見ておられるのですから、何をし、何を言い、目の前に誰もいなかったとしても 「真・善・忍」に基づいて行い、宇宙の特性に同化しなければならないのです。

 師父は「今日、この肝心な歴史的な時期に1円のお金、わずかなお金でも一人の修煉者の境地、心の持ちよう、執着を反映し、円満成就できるかどうかを決めています」[1]と説かれました。ですから、損得を前にした時はいつも 「修煉の最後まで、しっかりと自分を把握しなければならない」と自分に指摘しました。

 この食堂の管理人の仕事を任されたことは平凡な仕事ではありますが、私たち修煉者が歩む道は修煉の道であり、私たちは旧勢力の按排を認めませんが、私たちが出会う出来事は皆、法を実証することと関係があり、また、執着心を取り除かなければならないため、何をしようともその仕事を利用して法を実証し、自分をしっかり修めることができるのです。真相伝えや人を救い法を実証するには、いろいろな方法があり、ある同修は面と向かって伝え、ある同修は真相を伝える資料を配り、ある同修は何も話しはしませんが、その同修の言行やまなざしから、その同修が良いか悪いかに人々は気づくのです。あなたが修煉者であれば、あなたがしっかり行って初めて法輪大法を実証することができ、時に、声なきは声あるに勝るので、あなたが大法を修めていることをみんなが知るのです。

 管理人としておかずを買いに来た職員の家族に接触することが多いので、みんな私に対してあれこれと批評するのですから、私の行為は修煉者の行為であり、家族が何も言わなくても、心の中では法輪大法が良いとわかっており、中国共産党がでっちあげたデマとは違う、とはっきりと気づくのです!

 以上が、最近のわずかながらの修煉体験ですが、不足の所があれば、同修の皆さんの慈悲なるご指摘をお願いします。

 合掌

 注:
 [1] 李洪志師父の経文: 『二〇一五年米国西部法会での説法』

 (明慧ネット第13回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2016/11/5/337146.html )
 
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