シンプルに生きる事こそが幸せである
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2018年1月20日】「日々の修煉の中で多く学法し、 煉功を怠らず、三つのことをしっかり行ない、問題に遭遇すれば法に則って是非を判断し、 一思一念において法理に沿い、大法が必要とされることを行ない、日常生活をできる限りシンプルに送る」ことを心得ながら着実に実行していけば、師父について家に帰ることができると私は堅く信じています!

 数日前の学法の中で、韓信が股くぐりで辱められたという典故を読んだ際、私は新たな認識を得て、師父が再三に、私たちに繰り返し『轉法輪』を通読するように要求される理由が分かりました。それは、各講の配列の順序には、各次元の修煉過程で私たちを向上させる要素が溶け込んでおり、師父の慈悲なるご期待が注ぎ込まれているからです!

 2000年から数年が経ったとき、ある幼少期の友達が大法弟子への迫害に参与していることを聞き、私は彼に真相を伝えに行こうと考えました。当時は迫害がもっとも盛んに行われている時期で、家族は私が彼に通報されることを心配し、行かないことを勧めました。しかし、彼のことをよく知り、彼に接触できる人は他に誰もいないかも知れず、要職に就いている私が言いに行かなければ、彼はずっと知らないままで、大法弟子を迫害し続けるかもしれません。そう思った私はまず彼の両親を訪ね、その後で、彼に会いに行きました。

 彼に会い、幼少期の純真さを一緒に思い起こした後、私は彼の優しい両親から話を切り出して、法輪大法が佛家修煉の宇宙の大法で、すでに世界中の100以上の国や地域まで広く伝えられていることを伝えました。また、大法を迫害して悪報を受けた当地の悪人の事例、および文化大革命の後期に、中国共産党がいかに北京秦城刑務所の警官らを処置したか、という教訓にも触れました。

 その後、彼はある大法弟子から受け取った手紙を見せてくれて、両手が震えながら仕事をする中で、感じた内心の恐怖を話してくれました。転勤後、彼は悪事をしなくなり、明慧ネットにも彼の名前が再び上がってきませんでした。その後、彼は厳重声明を発表し、家族を携えて中国共産党、およびその一切の組織から離脱しました。

 師父は1999年「7.20」に、「7.20」以前に修煉を始めた弟子たちをしかるべき位置に押し上げ、修煉の中で遭遇する魔難に抵抗できる一切の能力を授けて下さりました。唯一必要なのは、私たちの大法に対する堅い信念です!

 中国共産党による法輪功への迫害が始まった後、私は派出所まで不当に連行されました。警官の尋問を受ける時、彼のパソコン画面に打ち込まれた「尋問調書」の4文字を見た私には一念が生じました。「私は大法弟子だ。彼らには尋問する資格がない」。そう思った私は立ち上がって、その場を後にしました。警官は後ろで「どこに行くのだ?」と叫びました。 

 右足を持ち上げて、その場から立ち去ろうとした瞬間、私は意識がなくなり、再び気がついた時、すでに2ブロックほど離れた小路にいました。きっと師父が私を派出所から、引っ張り出されたのでしょう! その後、「当時、何を考えていましたか?」と同修から聞かれて、私は「何も考えていませんでした。脳には意識がなく、真っ白でした。ただ、自分が大法弟子ですので、彼らに尋問されるべきではないと認識していました」と答えました。

 いつだったか、ひどい迫害を受けて刑務所から出て来たある同修が、「多くの苦痛を受けて、大変だったでしょう?」という同修からの質問に対して、「苦痛などはまったく記憶にありません。幸せがいっぱいでした」と答えたのを聞いたことがあります。確かにそうです。修煉者が内心で感じ取る幸せは、真に修煉する中でしか体験できないでしょう。

 20年間の修煉の道を振り返ってみますと、師父はずっと私の手を携えられ、つどつどに呼びかけられ、見守って下さいました。それが幸せな道でした。困惑がある度に、佛法の不思議さは身近に現れ、精進するように激励して下さいました。「真」の力、「善」の力、そして「忍」の力によって私はきっと一切の困難を乗り越え、圓満成就して師父について家に帰ることができると確信しています!

 師父の慈悲なるご加護の下で歩んで来た、この20年の間、私は内に向けて探すことや、他人に対して寛容であることを習得し、「簡単な事こそが幸せである」ことを実感しました。還暦を迎えた私はいまだに若い心を保っていて、師父の洪大な佛恩を受け、この上ない誇りと幸せを感じています! 人間のあらゆる言葉を言い尽くしても、私の師父と大法への感恩を言い表すことができません!

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2018/1/12/359142.html)
 
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