文╱中国の新しい学習者
【明慧日本2018年1月31日】私は2015年に修煉を始めた若い大法弟子です。師父にお会い出来て、そして修煉が出来ることは私の人生の中の最高の名誉です。法を正す最後の時期に大法修煉の最終便に乗れた事はどれだけ幸運なことだろうか、と思いました。
大法に縁する前は、人生の目標がなく、だらだらと時を過ごし、毎日をいい加減に送っていました。修煉を始めて、人生の意義が分かった私は生まれ変わり、大法の法光をたっぷり浴びて、この上ない幸せを感じました。この2年間のわずかな体得を話させていただき、それを持って同修達と交流させていただきたいと思います。法に則っていない所があれば、慈悲なるご叱正をお願いします。
小さい時から、私はよく全くわけがわからない問題について考えていました。特に中学に入ってから、いつも「自分のすべての質問に答えてくれる本はないか? それは宇宙、天上・地下を含むすべての人類が答えられない問題を全部教えてくれる本」を求めていました。しかし、その後、名声や利益を求めるような価値観が注がれ、出世して金儲けをしたいという願望に惑わされ、私は学業に励むようになり、真理を探求する気持ちをすっかり忘れていました。社会人になってから、「成功」を求め、名誉や利益を貪る中、私は疲れ果てて心身共に傷だらけになりました。時に冷静になった時、「人間の生き方ってこのようなものなのか?」と考えました。
その後、仏教から答えを求めました。しかし、仏教の経典を読んでも全く意味が分かりませんでした。ある日、ある寺院に入った私は、大和尚らしき人が女性居士といちゃついて、ふざけ合っているのを目の当たりにして、仏教がここまで堕落しているのかと、とてもがっかりしました。そう思うと気持ちが冷めてしまいました。その後、西洋宗教の教会に行きました。そこでしばらく自分の言行を律するようにしましたが、結局、そこも懺悔する所ではなくて、集金目当てと友人同士のお付き合いの場となっており、宗教本来の目的と随分かけ離れていると感じました。
2011年から「微博・ウェイボー」と言うミニブログが流行り出し、私は始めてネット封鎖を突破するソフトのことを耳にしました。ちょうど90年代生まれの同僚・弟はITをやっているので、「自由門」というソフトをくれました。それは本当に自由の扉を開けてくれました。それからというもの、私は毎日ネット封鎖を突破して海外の情報を集取し、そして、同僚や友人の間でそれらの話題に大いに盛り上がりました。三退のサイトと明慧ネットも見ましたが、アクセスをしませんでした。その後、私は三退をし、そして、親戚の三退を手伝いました。当時、まだ修煉をしていなかったため、親戚や友人にただ保険をかけてあげようと言う気持ちで三退を勧めました。そもそも中国共産党が嫌いだったからです。
2013年、会社が手配してくれた台湾旅行に参加しました。台湾の各観光スポットと道端で真相パネルや煉功をしている同修の姿を見たり、そして、「法輪大法は素晴らしい」の横断幕も見ました。長くネット封鎖を突破して、海外の情報を知っている私は、この機会を利用して、面と向かって同修の皆さんと交流するのもとてもいい感触でした。ある年配の同修は私に三退を勧めてくれましたが、私は「すでに三退をしましたよ。ネット封鎖を突破するソフトもあります」と言うと、同修は笑顔を見せてくれました。
台北の101ビルに到着すると、入口には二つのグループが構えていました。片方は静かに真相パネルを挙げている同修達で、片方は邪悪に支配されているチンピラのような人達でした。私は1人で同修の所に行って資料を読みました。ある若い女性同修は私に真相を話してくれて、『九評』と『大紀元時報』をくれました。私は全部受け取りました。同僚達はとてもびっくりした顔で私を見て、「面倒な事をするな」と言われました。私は「大丈夫です」と答え、資料をホテルに持ち帰って読み、そして、同僚達にも読ませました。帰国してから、心の中ではやはり怖く感じ、修煉を始める勇気はありませんでした。
2014年になりました。ブログを通して、私は再びある同修に、「すべての質問に答えてくれて、百科辞典のような本はあるのでしょうか?」と、長年疑問に思っていことを聞きました。同修は私に電子版の『轉法輪』、そして、師父の『各地での説法』と他の大法書籍を転送してくれました。別の空間からの妨害を受けたせいか、私はずっと『各地での説法』を読んでいて、『轉法輪』を開くことはありませんでした。
ある日、私はようやく『轉法輪』を開いて見ようと思いました。本を開くと、すぐに惹きつけられ、そして手放せなくなりました。二講を読み終わった時、本の中に書かれた状態が現れ、私は風邪を引いたような、しかし、風邪でもないような症状が出て、とにかく気分が悪かったのです。家族は「おかしいね。どうしてこうなったの? 先程まで元気だったのに」と言いました。実は師父は私の体を浄化して下さったのです。家族から薬を飲むようにと言われましたが、私は「心配しなくていいよ。少し休めばすぐ良くなるから」と言いました。ちょうどその日は出張することになっていたので、私はふらふらして出かけました。ホテルに入っても同じ様子でした。私はシャワーを浴びて、煉功をしようと決めました。教えてくれる同修がいなかったため、自分で第一功法だけを習いました。すると、体が熱くなり、汗をかき、気分が随分良くなりました。その時、日付を見ると、自分の誕生日でした。
こうして、私は誕生日の日にやっと大法修煉を始めました。師父は私に新しい人生をくださいました。師父の慈悲なる済度に跪いて感謝いたします。そして、国内外の同修達の助けに感謝します。これからきっと自分をしっかり修め、三つのことをしっかり行い、多くの人を救い、師父について故郷に帰ります。
個人的な体験ですので、適切でない所があれば、同修達に慈悲なるご指摘をお願いします。