10年の冤罪を着せられ 黄国棟さん刑務所で迫害死
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 【明慧日本2018年2月24日】黒龍江省牡丹江市民・黄国棟さんは「真・善・忍」を堅持し、人々に真実なことを伝えたため、何度も警官に不当に連行され、苦しめられた。2001年末、黄さんは懲役10年の不当な判決を宣告され、刑務所で滅多打ちにされ、凍えさせられ、冷たい水をかけられ、生殖器、肛門などの部位にスタンガンで電気ショックを与えられるなどの非人道的な迫害を受け、心身に大きなダメージを受けた。昨年10月31日、黄さんは無念の中で冤罪が晴れないまま死亡した。黄さんが受けた迫害の実例は、国連人権機関特派専員年度報告書に掲載された。

黄国栋
黄国棟さん

 一、親切な黄国棟さんが迫害に遭う

 黄さんは、幼い頃から勤勉で誠実な性格の持ち主で、周りの人たちに好かれていた。1995年に法輪功を学び始め、以前よりさらに優しくなった黄さんは、いつもニコニコして幸せで喜びに溢れていた。

 1999年7.20、当時の中国共産党のトップ・江沢民が、法輪功に対する残酷な迫害を発動した。黄さんは人々を善に導いている法輪功が中傷されるのを見て、心の中で非常に辛くなり、黙って見ていられない心境だった。事実の真相を明らかにさせるため、黄さんは自費で法輪功の資料を印刷し、人々に迫害の真相を伝えた。それが元で10年の冤罪を着せられた。また、黄さんは妻と一緒に北京へ陳情に行ったため、自宅を村民委員会の役員に勝手に売られ、家の売却金は罰金として全て押収された。

 二、南山派出所に連行される

 2001年2月のある日の夜、黄さんが家に帰った途端、扉をこじ開けて無断で侵入した南山派出所の警官らに連行された。

 南山派出所で黄さんは、2本の親指を縛られた状態で吊るし上げられ、滅多打ちにされたため、気絶した。警官は硬貨で黄さんの肋骨をこすったり、つまようじで骨の間を刺したりした。意識を回復した後、また繰り返して拷問された黄さんは、激痛のため大声で叫んだ。それを聞いた受刑者たちは胸が張り裂けそうな気持ちになった。拷問室の至る所に血痕が飛び散り、壁には釘が打ち付けられており受刑者たちをぞっとさせ、見るに忍びない状況だった。拷問され苦しめられた黄さんは虫の息になった。

酷刑演示:吊铐
拷問の実演:吊るし上げる

 三、刑務所内では100種類もの拷問が行われている

 中国共産党支配下の刑務所内では、法輪功学習者を転向させるため、毎日のように100種類もの酷い拷問が行われている。

 真冬に冷たい水をかける拷問はその中の一つである。まず、学習者の服を全部脱がせて裸にし、両手と両足を縛り付け、口の中に汚い靴下などを詰め、さらにゴムバンドで口が開かぬようにしっかり巻き付ける。それから、学習者をコンクリートの地面に打ち倒し、すべての窓と扉を開けっ放しにして冷たい風を入れ、ホースで冷たい水道の水を学習者に向けてかけ、同時に大きなたらいの冷たい水を頭からぶっかける。抵抗するとすぐ滅多打ちにされ、打たれた傷口にまたも水を浴びせられるので、さらに痛みを増し辛くなるという拷問がある

中共酷刑示意图:浇凉水
拷問のイメージ図:冷水をぶっかける

 冷水かけられる時、学習者の口は封じられているため、鼻だけで呼吸するしかできず、警官はその鼻めがけて絶え間なく冷水かける。そうすると学習者は息ができなくなり、窒息した状態に陥る。

酷刑演示:浇凉水
拷問の実演:冷たい水をぶっかける

 独房に閉じ込められた学習者は、真冬でも服を着ることが許されず、裸の身に共用の囚人服だけを着せられる。部屋は暗くて窒息しそうに狭く、狭い片隅に便所もあり、食事とトイレは同じ部屋で済ませなければならない。布団はなく、コンクリートの上に直に寝なければならず、夜になると寒さで眠ることができず、多くの学習者は凍傷になった。地面に打ち込まれた鉄の輪っかに、手錠や足かせをはめられたまま長時間、固定される学習者が多くいて、しゃがんだままで同じ姿勢を取らされ非常に苦痛を舐めさせられる。

中共酷刑示意图:手铐脚镣
拷問のイメージ図:長時間、地面の輪っかに固定される

 四、不正な裁判にかけられ、懲役10年の冤罪を着せられる

 2001年12月12日、牡丹江市陽明区裁判所は、黄さんを含めて5人の学習者に対して裁判を行った。610弁公室の責任者・李長清、李高揚および公安局・検察庁・裁判所の人員が、裁判に参加した。

 当日、黄さんは迫害されすでに歩けなくなり、座ることも話すこともできず、布団をかけたまま法廷に担がれて入廷した。その時、足かせを付けられた足が露出し、足を縛り付けている針金が見えた。警官は骨と皮ばかりに痩せこけた黄さんを無理やり腰掛けに押さえつけた。この光景を目にした多くの傍聴者の泣き声がした。黄さんは懲役10年の実刑判決を宣告され、牡丹江刑務所に拘禁された。

 昨年10月31日の明け方に、66歳の黄さんは牡丹江第二病院に運ばれたが助からず、冤罪が晴れないまま死亡した。臨終になる前にも、黄さんは依然として「真・善・忍」を堅持し、騙されている人々のことを気にかけており、自分を迫害した警官に対しても恨んでいなかったという。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2018/1/2/358887.html)
 
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