法輪功を修煉し 心の安らぎを得る
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 【明慧日本2018年3月23日】(明慧記者雪莉による報道)石ころが散らかり、埃も舞い上がる一夏が過ぎてから、ドイツフランクフルト在住のマリタさん(Marita)はやっとお気に入りの木の椅子に腰を下ろし、「変わり果てた」自宅の庭でのんびりと周囲の静寂を楽しむことができました。マリタさんは以前の庭がとても気にいっていました。石と木が自然に散在し、周囲の景色も美しい庭から下の村落を見ることができるので、退社後、庭に座って遠くの景色を眺めるのが彼女の日課でした。

 しかし、作家である夫は「庭の顔を変えてあげよう」と言って、夏に庭全体を引っくり返しました。マリタはこう言いました。「以前なら、私はきっと彼と喧嘩になったでしょう。夫は私が偏執的で、絶対に譲らない性格だと言っていました。しかし、法輪大法を修煉してから、私は庭や植物に対する愛着も執着で取り除くべき心だと気づき、彼の意のままにやらせました。そして『よくやった』と褒めてあげたり、木彫りの置き場所を聞かれた際に「あなたに任せる」と言ったり、自分の意見を押し付けず、『一歩引き下がれば世界が広々と開ける』までできるようになりました」

 「夫は気ままなところがあり、それが原因で以前よく彼と口論し、怒りや不安を抱えて緊張状態になり、混乱を恐れていました。修煉後、私は自然に任せることを学び、コントロールしようという気持ちを緩めれば物事がより簡単に運ぶことに気づきました。もし私が何でもしっかりと手中に握ろうとすれば、誰もが私の周辺環境で生き残れないでしょう。私がコントロールを少なくすればするほど、周辺の人たちは楽になり、最後は私自身も楽になります。今の夫は以前より随分楽しくなりました。少なくとも、私という話を聞いてくれる相手ができました。以前の私はよく彼の話の腰を折ったり、突き返したりしました。今の私たちの会話や議論はより建設的になっています」

'图:修炼法轮大法后,玛丽塔(Marita)找到心中的内心平和。'
大法修煉後、心の安らぎを取り戻したマリタさん

 以前なら大きな家庭のトラブルに発展するようなことがこうやって静かに過ぎ去りました。「家のものが日々整理整頓されていて、紙やペンも毎日同じ場所にある」ことを望む妻が、どのようにして緊張と気落ちから解放され、コントロール欲を放下し、自然に従う気持ちと内心の安らぎを取り戻したのでしょうか?

 この世界には属しない

 マリタさんは幼い時から安心感に欠けていて、対人恐怖も非常に強かったのです。11歳頃、彼女は人類の多くの行動がマイナス的で、破壊性が強いことに気づき、周囲で起きることを注意深く観察し、考え始めました。彼女は勉強が良く出来て、優秀な成績で高校を卒業後、大学で芸術史とヨーロッパ民俗学、世界民族学を専攻しました。しかし2年後、彼女は自分が人間と自然が如何にバランスをとっているのか、そして両者の関係についてもっと興味があると気づき、人体薬物研究という分野に専攻を変えて、卒業後フランクフルトのある診療所で医師として勤め始めました。

 彼女は人の集まりに加わることを嫌がり、人間の多くの行為が理性的でなく、甚だしき至ってはお互いを傷つけ合っていると考えています。彼女は「社会全体に奪い合いが充満し、人々はお互いを傷つけ、自然を破壊しています。人と付き合うことは私を疲れ果てさせてしまうのです。私は自然のバランスの維持を望んでいるのに、人々はそれを壊しています。医者として、少なくとも私は患者と一緒に彼らの心身のバランスと調和を取り戻す努力をすることができるので、この点において、私は人と共通の趣味と目標を共有することができます」と言いました。

 「私は10時間働いています。通勤時間も加えると、毎日12時間ほど外にいます。通勤途中、私は常に本を読んでいて、主に修行や生活の知恵の類の書籍で、積極的で有意義なものです。仕事以外の時間に、私は精神面の栄養と心的バランスを必要としていました。

 読書はマリタさんにとって大きな慰めでした。彼女は多くの精神面の修行に関する本を読み、さまざまな修行の方法も試しました。特に夫との関係がうまくいかないとき、彼女はよく人生の目標を考え直していました。「いくつかの苦難を経験してから自分に言えるのは、感謝を知るべきことでした。なぜなら、それらの苦難をきっかけに、生命の意義となぜ生きているのかという問題を考え直すことができました。実は、いわゆる 『最高のひととき』を私の生命から削除しても良いと思います。なぜなら、それらは私に何の利益ももたらすことがありませんでした。真に生命に対する深い悟りを得ることができるのは、まさに落ち込む時期でした。苦難が大きければ大きいほど、思考と精神面の追求も深くなります」

 永遠に読める唯一の本に出会った

 マリタさんの仕事ぶりは素晴らしく、真面目に生きているのですが、どうしても世界との調和を取れないと感じ安心感に欠けていて、この世界から離れようとばかり考えていました。「徐々に、自分の問題を解決するには、良い法門を探すしかないと分かってきました。ぬるま湯に浸るような快適さは要りません。人生で大きな挫折に遭ったとき、その快適さは何の役にも立ちませんでした。私はどうしてもこのような生活から離れたいので、ずっと探し求め続けました」

 1999年2月のある日、彼女は書店で友人に贈るプレゼントを探していたとき、『法輪大法ー返本帰真の道』という本が目に入りました。本の裏側に地元の連絡先の住所も載っていました。彼女はぱらぱらと本をめくってみると、それが友人ではなく、自分自身にもっと適していると思いました。しかしその日、彼女の持ち合わせが少なく、5日後にやっと口座にお金が入ってくるのです。「5日後に買いに来ようか? いや、すぐにこの本がほしい」と思った彼女は本を購入し、帰宅後早速読み始めました。本に書かれている「無料で法を伝授し、無料で煉功を教える」という文字を見たとき、彼女は非常に感動し、「これはきっと非常に奥深くて純正な功法だ。今の世の中でまだこんな純粋なものがあるのか」と思い、涙を流しました。

 その本に主要な著作もあると書かれているので、私は早速『轉法輪』を買ってきました。「今まで、同じ本を2回読むことはありませんでした。1回もなかったのです。時々、時間があればある本をもう一回読み直そうと思ったことがありますが、実際はしたことがありませんでした。初めて『轉法輪』を読み終えたとき、『あれ? もう終わった?』と思いました。第9講で説法がもうすぐ終わると知ったとき、『何? もう終わるの?』とショックを受けて、『この問題を解決するには、本を読み直すしかない』と自分に言いました。それから、本を読み続けてきました」

 3回目に本を読むとき、これが性命双修の功法で、本を読む以外に煉功もしなければならないことを知った彼女は、フランクフルト近くにいる中国人修煉者を訪ね、一緒に学法と煉功を始めました。

 身体の新しいメカニズム

 結婚して娘も出産したマリタさんは思春期から38歳まで、規則正しい生理が一度もなく、長期に渡り薬に頼って調整しなければなりませんでした。薬を飲まなければ、生理は随分長い時間経ってからしかきませんでした。不規則な生理のせいかもしれませんが、結婚して2年後にやっと子供が生れ、その後もずっと不規則のままでした。思春期が過ぎてもニキビが絶えませんでした。

 本を読み始めた3カ月目に生理が来て、2週間後に生理がまた来ました。「どうして?」と彼女は不思議に思いました。その後、生理やホルモン分泌も規則正しくなり、生活がどんなに緊張でストレスがどんなに大きくても、生理は例外なく来るようになり、まるで身体に新しいメカニズムができたようでした。

 「医学的には解釈できないことです」とマリタさんは言いました。「その後、私は身体に極めて正確なメカニズムが新たに植えつけられたと考えました。1回目の生理後の2週間の間、身体は新しいモードに切り替えられ、さらに2週間後に新しいモードで動き出したのです。もっと不思議なのは、ニキビが突然姿を消しました」。以前、皮膚の問題で彼女を訪ねてくる患者さんが多く、顔のにきびが見られる度に恥ずかしく思いました。今の彼女は肌が滑らかで、些細なしわ以外に、ニキビがまったくありません。

 手放してから生活は楽になった

 彼女の同僚は皆、彼女の肌が良くなったと気づきました。ある同僚は不思議に思いながら「長年一緒に働いてきて、最近のあなたは自分のことを話すようになりましたね」と言いました。「私自身もこの変化に気づきませんでした。確かに、長年来、私は滅多に自分の事を話題にしません。もう人の群の中にいても疎外感を感じません。どんな状況に置かれても、ストレスに抵抗ができたようです」とマリタさんは言いました。

 以前、彼女の夫はいつも彼女が臆病で、神経が常にいら立っていると嘲笑っていました。法輪大法を修煉してから徐々に変わってきたマリタさんの姿を見て、彼も驚きました。以前、家の事は何でも計画通りに行なわなければならず、旅行計画から机の上の事務用品まで、すべてが彼女の安心できるように整えられなければなりませんでした。「絶えず大法に同化するようになってから、このような変化が起きました。多くの場合、私は一歩退くことができるようになって、彼にスペースを与え、コントロール欲を放棄しました」

 マリタさんはこう言いました。「今回の庭の模様替えですが、彼はやると言い出した途端にやり始めました。私は夏の間中休憩する場所がなく、毎分植物が傷つくことを心配し、心がずっと緊張していました。しかし、彼は模様替えの成果を非常に誇りに思っていました。『彼は庭のために一夏の時間を費やし、意義のあることをして、その結果を誇りに思っている』というように、私は彼の視点からこのことを考えるように努めました。もし私がずっと自分の視点に固守すれば、恐らく乱れしか見えず、心に不安と虚しさしか感じないでしょう。私は一部を失いましたが、幸せで誇り高い夫と彼の成功があるので、喜ぶべきではありませんか? 実は、私は庭にものすごい執着を持っているに気づきました。この花はこうであるべき、あの植物はああすべきなど、どの草も木もとても大切で、どれも私のものだと考えて、日々心を痛め、緊張していました。しかし修煉者になった今、そのすべてを放下すべきと気づきました」

 38歳になって、マリタさんはやっと幼い頃に憧れていた安心感と心の安らぎを見つけました。親しみを感じつつ、まだよく慣れていない庭に座って、マリタさんは顔を優しく撫でてくれる涼やかな風を感じていました。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2018/3/8/362551.html)
 
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