私とお手伝いさんの話
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2018年7月11日】2人目の孫娘が生まれた後、私は家事を手伝ってもらうため、Aさんを雇いました。昼食付きで、毎日朝8時から夜6時までの間、部屋の掃除、子供の世話、食事を作るなどの家事をお願いしました。しかし、私もできるだけ一緒に家事をしています。

 Aさんは伝統的な田舎の女性で、働き者で真面目、忍耐強く、責任感があり、部屋をきれいに片付けてくれています。かなり口うるさい息子の嫁さえも「姉さん(Aさんのこと)はどんなことでも完璧だね」と感心しています。家族全員がこのお手伝いさんを気に入り、喜んでいます。私も安心して大法弟子としてやるべき三つのことをしっかりと行う余裕が出てきました。

 しかし、嫁はただ口を動かして指示するだけで、どんな些細なことでもAさんを呼びつけます。「姉さん、今日、この服は洗濯機で、あの服は手洗いで(子供の服は必ず手洗いと強調)して下さい」、「姉さん、今日子供がおねしょをしたので、敷き布団をひっくり返して全て日に当てて下さい(大きい敷き布団は重く、階段の下まで運んで日に当てなければならない)」、「姉さん、今日、帰る前に乾いた服を片付けて、戸棚の中に収納しておいて、そして三つの魔法瓶に湯をいっぱいに入れておいて、それから貯蔵室を整理して、不要品は売り払ってください」などなど・・・、きりがありません。時には、彼女は手もとの仕事がまだ終わっていないのに、また別の仕事を指示したりします。

 私は隣で見るに忍びないので、嫁に「Aさんも50代だし、毎日大変だから、少し気配りをしてあげて」と止めようとすると、「お母さん、1日100元も払っているのだから、無駄にしたくないの!」と反論されます。

 「雇ったお手伝いさんの仕事が少ない分、自分が損を蒙る」、これは嫁の考え方です。家にいるとAさんを監視し、思いつくとすぐ呼びつけます。時々彼女の手がふさいでいると気づいたら、私は直ちに部屋から出て、先にそれをしてしまいます。時には、さり気なく手伝っています。「お手伝いさんもロボットではなく同じ人間であり、相手を見下してはいけない、相手も仕事を怠けていなし、何回も呼んだりする必要はありません」と嫁に知ってほしかったのです。私がお手伝いさんと同じ様に仕事をするのを見て、嫁も次第に恥ずかしくなり、彼女に対する扱い方も変わってきました。

 子供はいつも大人の影響を受けるものです。ある日、孫娘が昼寝をしようと横たわった途端、大声で「おばちゃん、私の水筒に水を入れておいて。学校に持って行くから」とお手伝いさんに指示しました。私は孫娘に「おばさんは今、キッチンの仕事で忙しいのが見えないの? もう5年生なのに自分でできることはなぜ自分でしないの? 少し苦しみに耐えるのは良いことだし、しかも子供は大人を顎で使ってはいけませんよ」と孫娘に教えました。

 私は普段の生活の中で、自分の行いにより人に優しい心で接するよう、孫娘に教え、次第に孫娘も優しい子供になりました。

 ある日、私はAさんの浮かない顔を見て「何か困ったことでもあるの? 私が相談に乗りましょうか?」と尋ねると、彼女は感情を抑えきれず、つい泣き声で「私は夫と離婚したいのです。もうこれ以上、夫と生活するのは無理。仕事はしないし、ご飯も作らないし、部屋の片付けもしてくれない、1日中ソファーに横たわって携帯電話で遊んでばかり。時々言いがかりをつけてけんかを売ってきます。孫(Aさんの娘は出稼ぎをしていて、子供を彼女に預けている)を幼稚園に迎えに行く時、孫がお腹が空いていても、お金をケチって何も買わない。孫は夫の送り迎えを嫌がるので、どうしても私でないと駄目です。家に帰っては食事の用意、子供の世話など、忙しくて頭がくらくらします。それでも、夫は一度も思いやってくれたことなどありません!」と私に訴えました。

 「あなたは3人の子供のお母さんだから、離婚は言うほど簡単なことではないと思います。この言葉は人の心を傷つけるので、そんなに簡単に離婚など言わないほうが良いと思いますよ。彼は仕事が見つからないから、心の中でいらいらしていますが、彼を理解してあげなければなりません。お互いに理解し合うことこそ夫婦というものでしょう。こういう時は家事を男に頼らず、落ち着いて、ゆっくり穏やかな状態を整えると、徐々にうまくいくようになりますよ」と彼女に優しくアドバイスしていくうちに、Aさんは離婚のことを言わなくなりました。

 Aさんの家庭の情況を知った後、私はできるだけ彼女の事情を配慮しました。例えば、冬は暗くなるのが早いので、30分早めに帰ってもらいました。彼女の幼い孫が予防注射を受ける時や、幼稚園のイベント、家にお客さんが来る時、娘さんが帰って来て、2人で服を買いに行きたい時、1時間や2時間に関わらず、給料の差し引きはしていませんでした。ある日、Aさんが青い男の服を洗濯した時、うっかり間違った薬剤に長時間つけてしまったのでその服がまだら模様になり、着ることができなくなりました。Aさんはずっと自分を責め続け、給料から差し引いて弁償すると言いました。私は「わざとしたのではないし、人間だから誰にでもミスはありますよ」と慰め、お皿を落として壊した時も彼女を非難せず、彼女を慰めました。

 縁があるから巡り逢うことができます。私はAさんを家政婦ではなく、家族の一員として受け入れ、おいしい食べ物は分かち合い、食事をする時は同じテーブルで一緒に食べ、良い席に座ってもらいます。その席が次第にAさんの固定席になりました。時には、午後孫娘が眠ると、仕事が終わり次第、Aさんに早く帰ってもらいます。時間が経つに連れ、彼女は申し訳ない気持ちになりました。私は大丈夫だと言い、家庭も大事だから、仕事と家庭、両方をうまくこなし、バランス良く暮らした方がいいとAさんの気持ちを慰めました。「ここで仕事をしていると、自分の家にいるみたいで、例え、少し疲れても心地よいです」とAさんはいつも話しています。

 たまに嫁が仕事を早く終えて帰宅し、孫娘も学校から帰って来て、私が急いでご飯を作っているのを見て、「また早く帰らせてしまったの? せめて食事ぐらいは作ってから帰るべきではないですか? 自分でお金を払ったのに、楽にならず、自分で家事をしなければならないというのは意味がないでしょう?」と私に愚痴をこぼしました。私は「私がAさんに早く帰ってもらったの。彼女が仕事を怠けているのではなく、私が彼女にさせなかったの。ご飯が早くできたとしても、あなたたちが帰って来た時には冷たくなり、温め直したものより、新しく作った方が美味しいでしょう。食事を作るのは大変なことではなく、6時まで残ってもらう必要はないと思いますよ」と答えました。Aさんに気持ちの余裕ができ、ストレスを軽減することができ、彼女が少しでも笑顔になってくれれば、私も嬉しいのです。

 家事をする時、私とAさんは互いに協力し、だんだん息がビッタリ合うようになり、何でも話せるようになりました。このようないい人は救われるべきだと思い、法輪功真相を伝えようと試みました。

 初めて法輪功の真相を伝えた時、Aさんは驚いたような顔で私を見つめ、「それは殺人や放火などをしました。なんて怖いことでしょう!」と言いました。「私が殺人や放火などするような人間にみえますか?」と聞くと、Aさんは直ちに態度を変え、笑顔で「それはありえない、あなたはとても善良な方です」と答えました。私は真剣に「実は、私は法輪功を修煉しています」と打ち明けました。自分の部屋から『轉法輪』を持って来て彼女に見せ「見たことがあるでしょう。私が毎日読んで、学んでいるのはこの貴重な本です」と言いました。

 Aさんは初めて私のことを知ったかのように、もう一度私をじっと見つめて「なぜ、あなたのような善良な方が法輪功を学んでいるのですか? でもテレビで宣伝しているような頭のおかしい人には見えない!」と言わんばかりで、不思議そうな表情をしました。私はAさんを見つめ「テレビで宣伝しているのは全て嘘です。私は法輪功を学んだお陰で優しくなり、本当の善と悪、良い事と悪い事、正と邪を見分けることができるようになりました。法輪功を学んだお陰で、私は心身ともに大きく変わりました」と話しました。

 法輪功を修煉する前、私は虚血性心疾患、不眠症、関節炎、婦人科の病気、右半身の感覚麻痺など、たくさんの病気を患っていました。持病がでると、何も食べられず、周りで大きな声で騒がれると煩わしく、いらいらして、ただ静かなところで横たわって動きたくないのです。年齢を重ねるにつれ、心のプレシャーが大きくなりました。上には年配の両親、下には2人の未成年の子供がおり、いつも悪い予感がします。病気が更に悪くなるのではないか、突然倒れるのではないか、災いがやってくるのではとか、毎日恐れていました。

 そこで、お金を貯めて北京の301病院へ検査に行きました。医者の診断は、自律神経の機能の乱れによる慢性疾患で、ゆっくり調整する必要があり、結局、たくさんの薬を処方され、家に持ち帰りました。

 40代の時、持病は治るどころか、虚血性心疾患で息苦しく、咳、息切れなど新しい病気も増えました。毎晩寝る時、咳がひどく、その震動で内臓が痛くなり、咳が止まった後は全身に冷汗が出て、その後、さらに症状が重くなったように感じました。胃腸の調子が悪く、大量の薬を飲むことができませんでした。体調は安定せず、ずっと闘病生活を送っていました。薬を飲んでも、病状は改善されず、あの時の苦痛にはなす術がなく、さんざん打ちのめされました。

 1998年の春、幸いにも、私は法輪功の修煉を始めました。学法煉功を通じて、心身ともに大きく変わりました。気持ちが明るくなり、心性も向上しました。薬を飲まず、注射を打たなくても、病気はいつの間にか完治しました。以前薬がなくては生きていけない私が健康になりました。本当に大法のおかげです! 私は法輪大法に感謝し、師父がおっしゃる通り、法輪功の「真・善・忍」の基準で自分を律して良い人になり、更に良い人になり、善良で、自分より他人のこと先に配慮する高尚な人になるよう、常に精進します。

 私の説明がAさんの心に届いたようです。表情がだんだんと柔らかくなり、疑問が解け、すべてが分かって、納得したようです。突然、Aさんは言いました。「なるほど、法輪功はこんなにも素晴らしのですね!」

  Aさんは法輪功の真相が分かってから、私が学法や煉功をしている時、私の邪魔をさせないよう、孫を外に連れ出したり、遊んだりしてくれます。お昼の発正念の時間になると、さりげなく時間をあけておき、あるいは「あなたはするべき事をしてくださいよ」と時間を気づかせてくれたりします。この時、私は本当に心から彼女に感謝します。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2018/6/25/370198.html)
 
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