母の笑顔
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 文/大法弟子の娘

 明慧日本2018年12月29日】私が物心つくようになった頃から、母は病に苦しんでいました。さらに不幸の上に不幸が重なり、母は交通事故に合い、外傷性脳損傷综合症の後遺症が残りました。病気の苦しみから母の性格は気性が荒く、怒りやすく、物を投げたり、人を罵ったりしました。家庭の空気が悪くて冷たくなり、私と父は抑圧を感じ、話す時は言葉を選び、物事を行なう時は気を使い、母を怒らせないようにしていました。父は家に戻るのを嫌がり、外でよく酒を飲んで悩みを解消していました。私も放課後、友達と遊び、家に戻りたくなかったのです。我が家は皆友人が少なく、同級生は母を恐れて家に来てくれませんでした。一瞬でも母の笑顔を見ることができれば、私と父は何日も嬉しさが続きました。私は医者になろうと思いました。母のように病気で苦しんでいる人たちを助けて、彼らを再び笑顔の世界に戻らせてあげたいのです。

 あの日、母が笑顔一杯で私を抱きしめたことを永遠に忘れることが出来ません。仲の良い友人の張おばさんから、ある気功が彼女の病気の苦しみを解放したことを聞いたというのです。張おばさんは椎間板ヘルニアで半年前から寝たきり状態になり、トイレに行くのも、服を着るのも健常者からみれば難しいことではないのに、張おばさんにとって苦労の連続だったのです。

 その張おばさんのことを私はよく知っていました。彼女は子宮がんの手術を受けたあと、体力がおち、なかなか元気な体にはなれないのではないかと思っていました。考えもしなかったのですが、彼女はすべての病気が治り、活力に溢れ、血色もよく健康そのもので、別人のように見えました。これらの事実を知った私と父は、両手を上げて母が気功を煉功することに賛成しました。

 この日から私は、世間にこのような素晴らしい法輪大法が存在することを知りました。私ははじめてあのような美しい煉功音楽を聴き、子供だった私は、その美しい音楽が異なる感受をもたらし、自分も聖なる水によって洗われたようで、身体の内側から表面まで清潔になったように感じました。

 あのように楽しそうな母の笑顔を見たことがありません。煉功を教えに来てくれたのは、みんな良い人たちで、熱心に母を指導して、母の質問に嫌がらずに答え、励まし、母は自分が毎日良くなっていくのを感じていました。笑顔が日増しに増え、話す口調も優しくなりました。

 ある日、母は私と父の前で涙を流しながら、「今までの自分の行ないに後悔している。神様は自分に対して不公平だと思い、心の中で自分のことしか考えず、あなたたちの気持を無視していた。私は自分本位で、毎日のように徳を失ない、いろんな苦しみに遭った。李洪志先生の本を読んで、自分はどこが間違っていたのか気付かされた」と語りました。

 これこそ私が愛する母! 素直になった母、法輪大法を修煉して生まれ変わった母です。大法が母を病気の苦しみから抜け出させ、家族がバラバラになる危機から救って下さいました。私の人生の中でこの出来事は最も楽しかった日々となりました。

 母は煉功者と一緒に修煉体験を語り合い、一緒に煉功をして法を広め、助けを必要とする人々の手助けをしています。この時から我が家は穏やかで幸せな雰囲気に包まれ、多くの人が母に「どのようにしてこのように大きな変化が起きたのですか?」と聞くと、母は「素晴らしい功法があり、数えきれない人々を苦難から救い出しました」と答えていました。

 母がよく口にしていることは、良いものは多くの人に伝えるべきで、彼らにも恩恵を受けさせなければならないと言います。恩恵を受ける人が多ければ多いほど、煉功者は威徳を積み、功が伸びるのです。母の変化を見た人々は、母と一緒に煉功を始めました。

 私はとても嬉しく、同時に新たに生まれ変わった母を誇りに思っています。大法は笑顔の母親を私にくださいました。私はこの世の子供たちに、私と同じように法輪大法を修煉する母親を持ち、神聖かつ純粋な愛に包まれてほしいのです。

 これらのすべてを李洪志先生が我が家に与えてくださいました。先生は我が家の恩人です。

 はじめての投稿ですが、私の願いは、我が家のことを書き出して、多くの人々に法輪大法の素晴らしさを知ってほしいのです。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2011/2/21/236607.html)
(English: http://www.clearwisdom.net/html/articles/2011/2/28/123517.html)
 
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