情の執着を取り除き 病業の虚像を否定する
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文/中国の大法弟子の体験を整理

 【明慧日本2019年5月15日】私は今年81歳で、1996年に法輪功の修煉を始めました。普段、私は三つのことをしっかり行い、多めに学法をし、しっかりと発正念をし、ほぼ毎日法輪功の真相資料を配り、人々に法輪功迫害の真相を伝え、人を救っています。それで今まで、ずっと安定した健康状態でした。

 2017年夏に入ったばかりのある朝起きると、なんと体が良くないと感じ、ベット上のシーツに血痕がついていました。私は煉功者だからこのことについて、あまり気にしませんでした。しかし翌日も、翌々日にも血がつき多くなってきて、体も少し弱くなっていると感じました。子供に知られてほしくないので、できるだけ隠していました。徐々にご飯の量も減り、歩くことも難しくなり、顔色も蒼白になりました。やっと子供が気づき「お母さん、なんだかこの頃、痩せてきたのではないの、大丈夫? 病院に行こうか」と聞かれ、私は「大丈夫よ。気にしないで、少し時間をかければ回復するわ」と答えました。しかし、子供は心配で何回も病院に行くように勧められ、とうとう仕方なく同意しました。

 夜、私はある夢を見ました。夢の中で私は大きな水たまりの隣を歩いていて、水たまりの土台に背が高い黒い顔の人が座っており、凶悪な表情でした。私は彼の前を通ると彼は突然立ち上がり、両手で私を水たまりに押し込みましたが、三回とも私は動きませんでした。そこで、目が覚めました。目が覚めると、私は内に向けて探しました。私は長年の間ずっと変わらず穏やかに三つのことを行っていますが、なぜこのような夢を見たのでしょうか。修煉者は病気がありませんが、なぜ魔に付け込まれたのでしょうか、なぜ魔が私を水たまりに押し込むのでしょうか、一体どの法に合致しなくなったのでしょうか、といろいろ自分に聞きました。

 また数日経ち、出血がもっと多くなりました。体もショック現象が出て来て、喋ることも難しくなりました。同修が私を訪ねて来て、あまり会話していないのにまたもショック状態に陥り、子供たちが私を病院に送りました。目が覚めると、子供に「ここは私のいる所ではないので退院し、家に帰ります」と言うと、またショック状態に陥りました。3、4時間経って目が覚めると病院の医者から、すでに癌の末期で治療できない状態なので、家に帰った方がいいという話を聞きました。

 子供たちは親孝行者で、私を省都の病院に送りました。省都の病院の医者は「すでに癌の末期で拡散して腫瘤が大きくなり、爛(ただ)れて血が止まらず、後のことを準備した方がいい」と言いました。家に帰って、子供たちは私の死装束を買って来て、いろいろと最後の準備をしました。

 村の人達は私が大法を修煉していることを知っており、毎日外で迫害の資料を配ることや法輪功の真相を伝えることも知っています。私は彼らにも真相を伝えたことがあります。私は大法に泥を塗ることができないと思い、旧勢力の按排を絶対に認めまいと決めました。人を救うことに影響してはいけません。そして、何よりも大法を破壊してなりません。私は師を信じ、法を信じる念を固め、一切を師父にお任せしようと思いました。師父の説法「私は李洪志の弟子であり、他の按排は要らない」[1] のです。私は多年に修煉し、体がすでに高エネルギー物質に変わっており、病気になることはないでしょう。私はすでに三界から出ていますので、癌の末期なんてこれはすべて虚像で、全面的に否定すべきです。子供たちも大法を信じて、ずっと私を支えてくれています。同修たちも常に家へ来て発正念しており、私も発正念の時間を長くしました。

 ある日、私は発正念が終わって寝ました。またはっきりとした夢を見ました。夢の中で、私の前方に大きな川があり、川の水がすでに橋を越え、橋の欄干の頭部が少し見えているだけです。私は橋の欄干につかまって、少しずつ前に進んで行きました。少し時間が経つと、川の水が欄干を超えました。身の周りは全て水につかっています。この時、上の方からチェーンブロックが現れました。1本のロープがそのチェーンブロックからから出てきて、私はそのロープを掴んで対岸に身体を揺らして戻りたいのですが、なかなかうまくいかず、また揺れ動いて元の場所に戻って来ました。体が川に落ちそうになった時に下を見ると、同修たちが下で、私のために発正念をしていました。私は同修たちに「早く助けて」と叫びました。すると、ある力が働いて私を対岸に押しやり、私はこの力を利用して対岸に飛び下りました。

 この夢の後、私の病状が少し良くなりましたが、数日後また酷くなり、血が止まらなくなりました。私の体重は65キロから40キロぐらいにまで落ち、1日数回ショック状態に陥り話す力もなく、ご飯も食べれず、頑張ってお粥の汁だけ飲み込みました。『轉法輪』の本は見れませんが、師父の説法は聞くことが出来ました。1日できるだけ師父の法を聞き、意識があればすべての時間を利用して、師父の法を聞いていました。そして、私は病状の虚像を認めず、内に向けて探し、自分を修めました。

 ある日、ウトウトしていた時、師父が私にある光景を見させてくださいました。その光景の中で私は非常にきれいな水の中におり、その水は世間の水でなく、天上の水らしいのです。水が徐々に上がってきて、私のあごを超え、また私の鼻の高さも超えました。私は師父に「助けてください」と叫ぶと、水がすぐに引いてなくなり、私は助かりました。その叫び声で目が覚めました。子供たちは「お母さん、大丈夫?」と聞いてきて、私は「もう大丈夫よ、今回の魔難を乗り越えました! 師父が私を救ってくださいました!」

 なぜ、師父が数回にわたり水との関わりを啓示していただいたのでしょうか。私は「名利」に執着しませんが、きっと「情」に関わることだと悟りました。私はことのほか「情が重い」のです。子供に対する情が重くて、彼らに何かあったら全ての事にかかわり、どんな事にもすぐに心配してしまいます。やり過ぎる時も多くあり、それが恐らく旧勢力の口実になってしまい、今回迫害されてしまいました。

 例えば、こんな事がありました。2017年の春のある朝、私は娘の家へ行く途中で、娘と出会いました。娘の顔色が悪くて、私は「どうしたの、こんなに朝早くにどこに行くの」と聞くと、娘は我が家へ行く途中だと答えました。そして「息子と息子の嫁が親孝行をせず、私をいじめる」と泣きながら言うのを聞いて、私は大変腹が立ち「我が娘を虐(いじ)めるとは何事か、あいつらとケリをつけてやる!」と言って、娘が止めるのも聞かず、娘を強制的に我が家に連れて戻りました。

 今振り返ってみると、その時私は修煉者と言えますか、常人よりも下でした。娘の家に着くと、孫と孫の嫁を呼んで来て「お前達は親孝行しない親不孝行者めが、跪(ひざまず)け、3時間ここで跪け」と命じました。近隣の人達までが驚いてやって来て、勘弁するように勧めても私は聞かず、彼らに3時間跪かせて、そばで3時間あまり罵り続けました。

 当時の私は勢い余って闘争心も強く、子供たちへの情も重く、善の心がかけらもなくて慈悲だとは全く言えませんでした。情を取り除くことは難しく、世間の情は水のように人心を浸していました。普通の人はその中から抜け出すのが難しいのですが、修煉者の私はこれを取り除かなければいけません。情だけでなく、他の執着心もいっぱい見つかりました。私は涙を流しながら、師父の写真の前に跪いて、師父にお詫びして、「情」を除去することを決めました。そして、「顕示心」、「闘争心」、「偉そうな心」等々も除去しようと決めました。もし、師父の見守りがなければ、私の命はすでにありません。師父のご恩に感謝いたします。大法に感謝いたします。

 すると、次の日に出血が止まり、ご飯も食べれるようになりました。また数日後、私は通常通りに三輪車に乗って、街に出かけました。近隣の人々は「このお婆さんはまだ生きていたの? また法輪功の資料を配っているよ」とか、「別の違う人でしょう、あの状況で生き返るのは不可能でしょう」とか、「病院の医者は生きられる日はもう僅かだと言いた、こんな奇跡があるの」とか、「このお婆さん、法輪功の修煉者で普通の人ではない」など口々に言いました。

 その通りです。師父は私に二度目の命を与えてくださいました。病状がすっかり消えてしまい、私は体重も回復して顔がつやつやし、体も軽やかで元気いっぱいで、使い尽くせないほど力があると感じており、これから法輪功の真相資料を配りに出かけます。私は必ずしっかり三つのことを行い、できるだけ多くの人を救い、一切を大法の要求通りに従って行ない、師父に従って円満成就して、天上の家に帰ります!!

 注: 
 [1] 李洪志師父の経文:『二〇〇三年元宵節での説法』 

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2019/4/28/384594.html)
 
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