文/吉林省の大法弟子の口述(同修が整理)
【明慧日本2019年6月3日】私は70歳の農村の大法弟子です。元々は宗教の居士で、10年以上佛教を信じて、よく寺院に行ってお香を捧げ佛を拝んでいました。当時の私は健康状態が悪く、脳神経痛や胃潰瘍(いかいよう)、十二指腸潰瘍、骨盤内炎症、膀胱炎、子宮筋腫を患い、毎日薬を飲んで注射し、苦しく生きていました。それに農村の農作業も多く、見るばかりで何一つ手伝うことができない自分は、焦りでいつも泣いていました。宗教を信じれば健康状態がよくなると思っていましたが、まったく変化がありませんでした。
1996年、法輪大法は私たちの村まで伝わってきて、師父の説法ビデオを見に行った初日から、私は体調が良くなり、その後、佛教の経書や佛像を寺院に持って行きました。師父の啓示を受けて、私は法輪大法が正法で、真の返本帰真の道だと認識しました。1997年、正式に大法の修煉を始めた私は、健康を取り戻してすべての薬をやめました。数年来、私は大法から恩恵を受け、多くの奇跡が私の身に、そして私の家庭内で起きました。
2013年の後半から体調が悪くなった私は子供に逆らえず、検査を受けに病院に行って、乳腺症の破損と腟炎と診断されました。上半身が腫れていて、胸部が特に高く膨れ上がり、熱を出したり、乳房の下から油や水などの汚いものが出てきたりして、臭い匂いが漂っていました。ある日、体がしんどくて、同修の助けを求めようと声を掛けてみましたが、返ってきた言葉はあまりにも率直で聞きづらいものでした。やはり病院に行くべきかと思い悩みながら、私はパソコンをつけて目にしたのは、同修が交流文章で引用された以下の師父の説法でした。
「私は李洪志の弟子であり、他の按排は要らない、認めないと思えば、それらは恐れ怯えて手を下すことはできず、何でも解決することができます。あなたが本当にこれをやり遂げることができれば、口先で言うだけではなく、行動においてこれをやり遂げることが出来れば、師父は必ずあなたを支持します」[1] 急に正念が増してきて、私はいかに旧勢力による迫害を否定すべきか分かって、家族には病院にもう行かないと言いました。心配する家族に、私は「師がいて、法もあるのに、何を恐れるのですか?」[2] と言いました。
娘は何回も数種類の薬を買って来ましたが、私は見向きもせず全部捨てました。師父は身体を浄化して下さっているのに、私はこれ以上汚いものを身体に注ぎ込む訳にはいきません。その後、私は他の村に行って同修と交流し、一緒に学法したり真相資料を配りに行ったりしました。また、同修は「法を多く学び、発正念の回数を増やし、不快感を覚える箇所に向けて正念を発して、それが病気だと思わないように」と言ってくれました。
家に帰ってから私は毎日のように睡眠時間を削って法を学び、よく夜中の1時、2時まで学法しました。連続して4〜5講を読みますが、学べば学ぶほど学びたくなり、身体もますます心地良くなっていきました。こうして私は毎日学法と煉功に励み、いつしか夫と一緒に家事や農作業をするようになりました。
ある日、レム睡眠中にはっきりとした夢を見ました。乳房の下からある霊体がまず頭、そして上半身を乗り出して来て、私は「法は乾坤を正し、邪悪は全滅する」[3]と叫びながら、その霊体を外に引っ張り出そうと懸命になって、そこで目が覚めました。その後、私は師父が別の空間から、私を迫害していたその霊体を取り除いて下さったと悟りました。それ以来、私は完全に治りました。
夫が心性の向上を手伝ってくれる
夫は時にはちょっとしたことや家事をする最中の私の言葉が気に入らず、よく腹を立てます。しかもそれがいつも食事の時間と重なります。最初は罵声を上げ、次に並べてある茶碗を一つずつ地べたに投げつけ、最後にテーブルまでひっくり返します。毎回、私は彼に楯つかず、心性の向上を手伝ってくれていると考えて、まったく腹を立てませんでした。ある日、仕事を終えて昼食を用意し、食べようとするとき、彼はまた怒り出し、食卓のものを全部投げつけました。私は床で転がっている茶碗に野菜スープがまだ残っているのを見て、そこにご飯を盛って食べました。この時も私はまったく腹を立てることなく、午後また、何事もなかったように農作業をしに出かけました。
別の日に、2人の同修が家にやって来られて、ちょうどお正月なので、2皿ほどの果物を用意して、同修の前に置きました。私たちが会話していると夫が外から帰って来て、一言も言わず、いきなり果物を全部地べたに投げつけました。その後、同修たちを見送り、片づけをしてから学法を始め、同時に内に向けて探しました。自分の面子の心や人に言われたくない心などに気づいたとき、私は「これらの人心はいらない。高い基準で、さらにもっと高い基準で自分を律し、師父の真の弟子になれるようにしよう」と自分に言い聞かせました。
私は師父の以下の説法をよく思い起こします。「われわれ煉功者においては、トラブルが突然現われることがあります。その時、どのように対処すればよいでしょうか? 平素から慈悲に満ちた、和やかな心を保っていれば、問題が起きた時には、一息おいて余裕をもって、適切にその問題に対処することができるのです。日頃いつも慈悲の心を保ち、善をもって人に接し、何かをする時にはいつも他人のことを考え、問題が起きた時はいつも他人がそれに耐えられるかどうか、他人を傷つけることはないかを考えていれば、何の問題も起こりません。したがって、煉功にあたっては、高い、もっと高い基準で自分を律しなければなりません」[4]
私は時々刻々、常人の理ではなく、師父の法理を持って物事を判断するようにしています。何回も、夫は私がもっとも身体がしんどく感じる時に、激怒しました。彼の関心や思い遣りを求めるのは人間の念だと思い、私は発正念して、それらの後天的に形成された観念を取り除くようにしました。また、「私は大法弟子だ。夫は私の心性の向上を手伝う中で、私の業をかわりに背負ったから怒っているのだ。彼は理由もなくテーブルをひっくり返す訳がない。本当に私を手伝っている」と私は考えました。
今、彼は態度が一変して、大法を非常に支持しています。家で起きてきた多くの不思議なことも彼を変える要因となりました。彼は私にも同修にも良い態度で接し、訪ねて来る同修と自然な会話を交わし、怒ったりせず、笑顔で忙しい日々を送っています。
歩んできた修煉の道のりにおいて、師父の慈悲なるご加護が欠かせないものでした。師父の慈悲なるご済度に報いるよう、弟子は必ず三つのことをきちんと行ない、圓満成就して、師父について帰ります。再び師父の慈悲なるご済度に感謝を申し上げ、跪いて、尊敬する師父を拝みます!
注:
[1] 李洪志師父の経文:『二◯◯三年元宵節での説法』
[2] 李洪志師父の経文:『シドニー法会での説法』
[3] 李洪志師父の著作:『精進要旨二』「正念を発する時の二種類の手印」
[4] 李洪志師父の著作:『轉法輪』