明慧法会|多言語明慧に携わる中での翻訳、協調と考え
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文/海外の大法弟子

 【明慧日本2019年6月10日】迫害が始まる前から修煉を始めた私は当時まだ幼く、催促してくれる人もおらず、ずっと1人で修煉する状態が2000年初めまで続きました。迫害が始まってから私は海外に来ました。大法が素晴らしいと知りつつ、迫害による無形な恐怖を感じており、さらに真相を知らない家族からの反対もあって、私は時々大法の本を読み、夜に座禅する以外、師父の正法に関する説法に接する機会もなく、大法弟子が真相を伝えなければならないことも知りませんでした。

 高校を卒業後、私は大学に入学して1人暮らしを始めました。ある日、ネットを検索する中で明慧ネットが目に入りました。これは『轉法輪』以外に、私が師父の説法や経文に触れる初めての機会でした。その時初めて、大法弟子が真相を伝え、衆生を救わなければならないことを知りました。何も知らないままで、数年間の貴重な時間を浪費してきた事を非常に後悔した私は、この現実を認めたくなく、逃げる気持ちさえ生じて、一時期このサイトが偽物だと思いました。しかし、明慧ネットを詳細に見ていくうちに、徐々にすべてが否定できない現実だと分かりました。これが晴天の霹靂(せいてんのへきれき・突然うけた衝撃)でしたが、勇気をもって全てを正視するしかありませんでした。

 その後、半年をかけて師父の全ての経文を繰り返し読み、様々な真相を伝えるプロジェクトに参加し、明慧ネットの翻訳にも携わるようになりました。当時、学生であった私は言葉に長(た)けていて、翻訳に時間があまりかからず、多くの同修から歓迎の声をかけられました。

 遅く真相を伝え始めた分の損失を補うために、自分に一つの要求を課しました。それは、どんな長い文章でも、例え法会の発表文章であっても、毎日必ず1編の翻訳を完成させることです。当時は協調人が翻訳者に文章を振り分けるようになっており、長い文章はよく私に回ってきて、毎日大量の翻訳をこなさなければなりませんでした。ある日、お昼から法会の文章の翻訳に取り掛かり、いくら翻訳しても終わりが見えないかのようでしたが、私は気にせず翻訳だけに集中し完成したのが夜中でした。翻訳作業自体は無味乾燥ですが、翻訳スピードを速めること、または翻訳のレベルアップといった目標を設定すれば、原動力が生まれるだけでなく、目標の達成時に満ち足りる喜びを感じることもできました。

 明慧の翻訳に携わって数年後、協調人は事情で協調の座から降りて、私が代わりに協調人になり、自らその仕事をするようになって、初めて協調の難しさが分かりました。明慧の仕事は控え目で、他のメディアのような常人との交流もなく、1人で毎日、毎日なすべきことを黙々と続けていくだけなので、長く続けるうちに、どうしてもやる気が緩んでしまいます。私自身も経験がありました。なぜなら、どれほどの衆生が自分たちのサイトによって救われたかが見えず、明慧の文章を読んだ衆生にどのような変化があったかも見えず、自分の努力がどんな成果をあげたかも見えないからです。お互いを励まし合う環境がない中で、徐々にメンバーが少なくなり、終いにメンバーと連絡が取れなくなったケースもありました。

 そこで、私はチームメンバー達それぞれの修煉状態と、明慧の仕事に加わることのできる時間と度合いを把握するために、まず一対一の交流を試みました。交流を通じてメンバー達に明慧を重視するように呼びかけることができて、メンバーの状況を把握し全体からの協調もしやすくなりました。

 その後、シフト制を導入しました。明慧ネットは毎日、文章の更新が必要ですが、メンバーの多くは平日に常人の会社で勤め、週末に翻訳するため、週末には多くの文章が更新され、平日の更新が少ないという非常に不安定な状況でした。メンバーの時間割が分かってから、毎日10編の更新目標を達成するために、私は明慧のメンバー達と話し合って、翻訳と校正の時間に対して調整を行なった結果、毎日更新される文章の数はほぼ安定してきました。

 また、私は翻訳者とネットで一対一の翻訳勉強会を行ない、翻訳者自身が翻訳した文章を一緒に読んで間違いを訂正し、表現の仕方や語彙の選択、翻訳のテクニックなどについて、自分の意見を伝え同修と交流しました。こうして自分の翻訳の経験やテクニックを同修と共有しました。これは同修の翻訳レベルを向上させるのが目的でした。

 一対一の交流は非常に時間がかかり、すでに会社に務め始めた私には少し負担になっていました。しかし、自分が重視されており、さらに翻訳中の不明点に対して解答も得られるので、同修たちは私との交流を喜んでいて、それが私にも伝わりました。こうして明慧のメンバー達の積極性を促すことができました。

 シフト制の採用と定期的な翻訳勉強会のおかげで、毎日の更新文章の数が安定しました。英語サイトに比べ、更新文章の数はまだ多くありませんでした。しかし、私たちは文章が10編を満たさなければ、更新しないという基準を決めました。神韻本部が私を当地の神韻協調人に指定するまで、この状態は数年間続きました。

 こうして、日々常人の仕事を終えてから、私は優先的に神韻の仕事をしなければならないようになりました。当時、別の同修に明慧の協調人の仕事を引き継いでもらおうと考えましたが、多方面の事情により私がこれまでと同じように続けることにしました。以前のような一対一の交流を続けることが出来なくなり、週1回のネット上の交流には必ず参加し、できる限り交流内容を決めることに努めました。この交流で明慧のメンバー達の状態を保とうとしましたが、やはり週1回の交流だけでは物足りず、徐々に全体の状態は緩んでいきました。

 数年前、私たちは以前より緩い翻訳のシフト制を再開させ、そして、いくつかの小チームに区分けし、各チーム長がチームメンバーと交流を深めることにし、そうすることで協調が随分しやすくなりました。

 協調人を数年間務めてきた感じですが、私たちの明慧に携わる同修の多くは強い自我がなく、大体協調人の指示に従って行動します。この点において、本当にメンバー全員の協力に感謝しました。一方で、メンバー達は明慧の文章の質やサイトの全体効果をアップしていこうという責任感が、あまり強くありませんでした。更新用の文章が少ない時、改善を図ろうとする人がおらず、心太式(ところてんしき)に動いている感じでした。これは長期に亘(わた)り存在する現象で、今でもその解決の糸口を見出していません。

 常人の仕事と神韻プロジェクトをかけ持っている関係で、今後、私は初期のように多くの時間をかけてメンバーたちと交流し、具体的な仕事を行なうことが難しくなりました。私たちの明慧にとって、これがもっとも良い選択であるかどうか私自身も悩んでいます。全力投球できない協調人がもっとも理想な協調人と言えるでしょうか? 特に、私たちの明慧は心太式に動いていて、一生懸命向上していこうという状態ではありません。力強く皆さんを後ろから押していく協調人がいなければ、全体の向上は遅いのではないかと考えています。

 今回の修煉体験交流を通じて自分の考えを明確に書き出して、メンバーの全員にこの問題を真剣に考えてほしいのです。私たちは明慧というプロジェクトを選択した以上、師父と交わした誓約を果たすための全てをこのプロジェクトに掛けているはずです。「プロジェクトを本当に良いものに仕上げているかどうか? 本当に衆生を救う目的を達成できているかどうか?」が、師父と誓約を交わしたメンバーの全員が自発的に重視する根本的な問題です。こうであれば、協調人はただプロジェクトに対して統括したり、調整を行なう立場にいるだけで、プロジェクトの成功いかんや、そしてメンバーそれぞれのプロジェクトに携わる目的は、それぞれの個体と緊密な関係があります。今回の修煉体験交流を通じて、皆さんにこのことに対して重要視するように強く呼びかけ、終いにしっかり行なうことが出来なかった、と後悔しないように願っています。

 (明慧二十周年法会での交流文章より抜粋、編集)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2019/5/27/387736.html)
 
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