香港法会|台湾から香港へ 家庭を離れ 観光地で真相を伝え人を救う 
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 文/台湾の大法弟子

 【明慧日本2019年8月13日】

 尊敬する師父、こんにちは!

 同修の皆さん、こんにちは!

 一、心性を守り、家庭の難関を乗り越える

 私は台湾高雄の修煉者で、2000年に修煉を始めました。修煉を始めた時に夫は全く認めず、当時私はできるだけ家族に付き添いましたが、大規模な活動があると夫と相談し、9歳の娘と7歳の息子を連れて一緒に参加しました。出勤しなければならないので、普段私はテンセントQQをして、パソコンによって自動で法輪功真相を伝え、迫害の真相資料を郵送しています。私はできるだけ1週間に1回の学法チームへの参加のチャンスをつかみ、毎回学法して帰ります。家族と修煉体験を分かち合うこともあります。また、大法が私にもたらしたすばらしさを夫が知るよう希望し、さらに、夫も大法を修煉し始めるよう期待しています。もしかしたら、あまり多くのことを話すのも自分をしっかりと修めていないためであり、夫を感動させることが中々できませんでした。

 ある時学法チームで、同修が観光地で真相伝える体験を交流した際に、私は非常に感動しました。当時、パソコンを使い、手紙を書いて真相を伝えることを私は恐れていませんが、面と向かって真相を伝えることを私は恐れていました。また休日に買い物をし、ごはんの用意をしなければならないことを思うと、面と向かって真相を伝えることは、やはり、やめにしようと思ってしまいます。

 当時の私は休日には買い物をしご飯を炊く中で、一日一日と過ぎていき、心はあやふやでした。その頃、普段人を罵らない夫が不満を感じているのか、あるいは私に注意しなければならない状況になると、夫は理性を保てずに「おまえは白痴だ、頭が故障している」と言って、私を罵ることもありました。私はられて、いつも胸が痛みました。私は頭が悪いと言って、が私をるのは、三つのことをしっかり行なっていないせいだと思いました。また、外に出て真相を伝えていないと私に注意を促しているのだと思い、内に向けて探しました。実際に私も頭を悩ませていましたが、どのように圓容させなけらばならないのでしょうか? もちろん法を多く勉強していないのも、もう一つの原因でした。

 またある時、夫が私に付き添って買い物を終えると、夫は見向きもしないでオートバイのエンジンをかけました。私は両手に野菜を沢山抱えており、絶え間なく揺れ動き振動する中で本当に重く、途中で両手が痛くて痛くて我慢のしようがなくなりました。私は夫に「両手に重い野菜を持っており、絶え間なく揺れ動く中で、手が本当に痛いの。もし私が法輪功を修煉していなければ、すぐに怒ったに違いないわ。こんなに長く耐えられるはずもないわ。このようなやり方が正しいと思うのですか?」と伝えました。夫は私にわざとではないと言って謝った上で、私のために食品をしっかりと固定してくれ、再び用心しながら私を乗せて家に帰りました。

 実際、夫がこのように私を遇しているのは、情から抜け出すよう、私に要求しているのだとわかっています。家に帰り、夫に相談した時に「私は毎日出勤し、休日は家であなた達に精いっぱい付き添い、あなたはそれでもいつも白痴だと私を罵ります。私は修煉者ですが真相を伝え人を救うことを行なう時間がありません。私はそのため大変つらく思っています。西子湾(訳注:台湾高雄にある観光地)に真相を伝えに行かせてください! 私は休日に行き、夕食前に戻り、あなた達がお腹をすかせることはしませんので、いいですか?」と言うと、夫は意外にも承知してくれました。

 観光地に行き始めた時は道が不慣れだったので、夫に連れて行ってもらうよう頼みました。第1週の休日、夫が私を連れて行き、私は真相を伝える間中、夫は至るところを一日中ぶらつき、夕方6時に真相パネルをしまうのを手伝ってくれました。第2週目になると夫は行ってくれず、道がわからないので、息子が私を連れて行ってくれました。第3週目になると「誰が連れて行ってくれるのですか」と私が聞くと、夫と息子は口を揃えて「娘に行ってもらうように」と言われ、私は「自分で行くべきですね」と微笑みました。

 観光地で私はいつも法輪功の真相パネルを持って真相を伝えましたが、真相を少ししか伝えられず、同修が教えてくれました。ある時、中年の女性が私の持っている三退のパネルをまじめに見ていました。私は恐れてはいけない、と自分に言い聞かせ、三退を勧めるチャンスをつかまなければならない、と思いました。私は女性に真相を伝え、さらに三退を勧めると、赤いスカーフをつけた(訳注:少年先鋒隊員に加入した)ことがあると言いました。私が「どこから来られたのですか」と尋ねると、女性は「天津です」と言い、私が「津」を北京の「京」と書く(訳注:中国語では「津」と「京」の発音が似ている)」と、それを見て「字が違っていますよ、さんずいの津です」と言われました。私が焦って北京の「京」にさんずいを加えると、女性がそれを見て私を罵り「あなたは本当に頭が悪いわね」と言いました。なんと私は緊張して忘れてしまい、北京の「京」にさんずいを加え「涼」になっていました。それを見て取った女性はペンをとって自分で書きました。私が三退したことを喜ぶと、女性も真相がわかって喜び、階段を上っていく時にスキップしている姿を見ました。この時に成功した三退の経験で、私は恐れる心を突破し、心の中で師父の按排に感謝しました。

 師父が説かれた「善は装って見せるものではなく、表面で維持している状態でもありません。善は本当に心からのもので、修煉を通じてはじめて、身に付いて現れることのできるものです。衆生の前であなたの話が口から出て、あなたの念が動く途端に、良くない要素を解体することができ、世の人々を害した人間の考えの要素の中の良くないものを解体することができます。それによって、人間は分かるようになり、あなたは相手を救うことができるようになります。真の善の強大な力の作用がなければ、それを解体することができず、真相を伝える時効き目はありません」[1] を私は観光地での体験から深く悟りました。

 私は家に帰り家族と観光地で真相を伝えた体験を分かち合い、法輪功が迫害されている真相を中国の衆生が理解したことを分かち合い、家族が共産党のウソを知り、私が行なっていることを夫も徐々に理解し、また、段々と私を支持するようになりました。夫は「観光地から帰って来ると、必ず自分で食事を作り、出来合いの物を買ってきてもいいから」と私に伝え、私の修煉環境も段々と楽になりました。

 二、ザボンの上の優曇華(うどんげ)の花を見て 私が香港へ行くことを夫が支持

 2015年私は退職したいと思いましたが、当時夫はそれを理解せず、1年が過ぎてようやく私の辞職に同意しました。私が修煉を始めたのは会社の社長の紹介だったので、2016年8月に辞職を願い出ると、社長は十分理解してくれました。私は「8月に離職し、すぐに仕事を探すのは探しづらく、旧正月が過ぎてから探したいと思い、今は香港の観光地は人が足りず、そこを手伝いたい」と夫に伝えました。夫はこれに同意せず、「真相を伝えるのは台湾でもできるので、香港に行く必要はない」と考えていました。

 ある時、ザボンを植えたいとこがザボンを収穫するので、夫に手伝ってほしいと依頼があり、夫は私を連れて台南へ行き、ザボンの収穫を手伝いました。突然、手の上に乗せたザボンに優曇華の花が満開に咲いているのに気づき、数えてみると20輪以上ありました!

 私はザボンを静かに置き、仕事が終わった後で夫に見せると、夫も不思議に思いました。私は「師父が励ましてくださっているのよ、大法の素晴らしさをあなたにわからせるために」と夫に伝え、こうして私が香港へ行くのを夫は阻止しなくなりました。私は「1カ月間香港へ行き、同修が連れて行ってくれます」と夫に伝えると、夫が知っている同修だったので夫も安心して私を香港へ行かせてくれました。

 師父は「また、多くの学習者は考えの中にこの事、あの事、と多くのことを心配しています。実は考えたら既に境地を下げたのです。何も考えず、何も構わないでください。師父は慈悲深いので、必ず最もいい按排をしてあげます。(拍手) これが師父の皆さんへの慈悲なのだと考える必要もありません。なぜならば、これはあなたが修煉によってできたものであり、あなた自身の威徳によるものだからです。ですから、師父はこのようにしてあげました」[2] と説かれました。

 私は「心を放下しさえすれば、本当に皆こうなのだ」ということを悟りました。

 出かける前、夫と娘と息子はずっと私に注意するようにと言い聞かせました。私はそれを聞いて「あなた達の心配はわかります。私は自分のことはしっかりやります」と笑いながら答えました。私は「これがみな情である」ということを知っています。

 師父は「情から抜け出すことができれば、誰もあなたを動揺させることができず、常人の心があなたを動かすことは不可能となります。それに取って代わるものは慈悲の心であり、より高尚なものです」[3] と説かれました。

 香港で私も同修も道に詳しくなく、バスを降りて右か左かもわからず右往左往していると、普度の音楽が聞こえて来て、音楽に従って歩くと自分が知っている道に辿り着きました。もちろん、これは師父が私たちを見守ってくださったのです。いつも学法が足りないので、香港に来てから毎日『轉法輪』を2講学びました。最初は法を読むのに追いつかず、「香港に来た以上は、三つのことをしっかり行なわなければならない」と自分を励ましました。

 師父は「大法弟子はとにかく、どんな状況下でも、間違ったにしても、正しく行なったにしても、大法弟子の三つのことをしっかり行い、今後の大法弟子の三つのことをしっかり行えば、あなたは絶えず修煉し、絶えず前へと進んでおり、絶えず自らを成就させているのです。絶えず修煉することを通じてこれらのことを認識するようになり、将来においてどのようにしっかり行うかについて考えるのです」[4] と説かれました。

 1カ月後に台湾に戻り、「旧正月前は仕事を見つけるのが難しいことから、時間を調整して再び行かなければならず、今回は3カ月あちらへ行って、ちょうど旧正月に間に合うように戻ります」と夫に相談しました。初めの1カ月で戻って来ると、夫は「長すぎる」と恨み言を言うので、私は「一度に長く行けば、飛行機代を節約できるでしょう!」と言うと、夫は「それも確かだ」と考えました。そこで、私は再び3カ月間行き、夫は「長すぎる」と文句一つ言わず、逆に「3カ月はあっという間だった、むしろ速すぎた!」と言ってくれました。旧正月が開ると私は仕事を探しに行きました。娘は私に「お母さんは以前、仕事をして家事もしなければならず、今は家事だけやればいいし、仕事は探さなくてもいいよ。家事も仕事だよ!」と伝えました。夫はそれを聞いて、私に仕事を探しに行くように要求しなくなりました。常に家でできる限り家庭環境を整えてうまく処理し、香港に行くべき時期になると出発し、香港へ行って黙々と真相を伝えることもまた修行です。

 結び

 香港の観光地にチョコレート店があり、その店の店主の私たちに対する態度が悪く、店の前で私たちに真相を伝えさせてくれません。ある時、私は不注意でその店の斜め前で真相を伝えてしまいました。突然、胸に痛みを感じました。なんとその店の店主が靴を私に投げつけて、靴の投げ方が正確で胸に命中しました! 私はこの時「こんなにまでして人を罵るのか!」と本当に心が痛みました。ですから長い間、真相拠点にいる香港の同修は本当に素晴らしく、香港の同修は「これは香港ならではの特別なことです」と言います。香港の同修が私たちに配慮してくださることに、私はとても感謝しています。

 師父は「修煉者は逆に問題を見ており、これらの魔難と苦痛を向上の良い機会と見なしており、すべて良いこととして、このようなことがたくさん来て、早く来てほしいのです。それによって早く向上するのです」[5] と説かれました。

 これまで高雄の鳳山にある大紀元の事務所でどんなに忙しくも、家事に影響しないように、私は自分の時間を調整しました。私は毎回時間を見つけては三つのことを行なっています。嬉しいことに、夫も今は一緒に学法と煉功をし、2018年に台湾で行なわれた師父に新年のご挨拶を申し上げる活動にも参加し、1日学法にも参加し、私が香港へ行くことも夫はさらに支持してくれるようになりました。今回も香港に来て、皆さんと私の体験を交流することができました。本当にこのように貴重な機会を与えてくださった師父に、心の底から感謝申し上げます!! 

 修煉体験にもし不足の所があれば、同修の皆さんのご教示とご指摘をお願いします。

 ありがとうございます、師父!

 ありがとうございます、同修の皆さん!

 (2019年香港法会発表文章)

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『各地での説法五』「二〇〇四年米国西部法会での説法」
 [2] 李洪志師父の著作:『各地での説法二』「二〇〇三年カナダバンクーバー法会での説法」
 [3] 李洪志師父の著作:『轉法輪』
 [4] 李洪志師父の経文:『二〇一二年米国首都国際法会での説法』
 [5] 李洪志師父の経文:『二〇〇五年サンフランシスコ法会での説法』

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2019/5/30/388015.html)
 
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