比して学び比して修す 集団学法の素晴らしさ
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文/中国の大法弟子

  明慧日本2019年10月2日】私達の学法拠点で法を学ぶ人の大半は新しい学習者です。集団学法を通して、比して学び、比して修し、互いに切磋琢磨して、皆はとても早く高まりました。

 昨年、私はまだ集団学法に積極的に参加しようとしませんでした。というのは、学法拠点は家から遠く離れていて、行くには準備をしなければならないし、その上、往復でタクシーを頼まなければならないため、お金もかかり、1人で家で法を学んだ方が無駄が少ないと考えていました。

 しかし、1年間の集団学法を通して、集団学法の素晴らしさを切実に感じました。

 集団学法の場合、順番に法を読みますので、もし、読み間違いがあれば、同修はその場で指摘してくれます。そのため、読み間違ったところはすぐに訂正され、法を正確に読むことが保証されます。私は別の空間が見えないのですが、しかし、正確に法を読むことはきっととても大事なことだと信じています。

 法を読んだ後の交流も新しい学習者にとってはとても役に立ちます。自分は知らないうちによく党文化の用語を使っていました。そうした場合、同修はそれを指摘してくれて、気付かせてくれます。問題に対する間違った認識があれば、交流することによって、法に則って正されます。そして、私の怠ける習性も古い学習者に促される中で、随分改善されました。

 新しい学習者にとって、法輪功真相を伝える時、どう話を切り出すかがよく分かりません。そうした場合、古い学習者について、相手に挨拶することから始まり、如何にして真相の本題に入り、如何にして相手の質問に的確に答えるか、いろいろと勉強することができます。何回か実践する様子を見た後、新しい学習者も要領を掴め、どう真相を伝えればいいかが、大体分かるようになります。

 真相を伝えた感想や自分が修煉の中で得た体得などについて、学法の後で交流すれば、とても良い相乗効果が生まれます。

 学法拠点の同修達は皆とても進歩が速く、とても多くの収穫を得ることができました!

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2019/8/25/391882.html)
 
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