北京の70歳の賀文さんに懲役3年6カ月の実刑
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 【明慧日本2019年12月3日】北京の法輪功学習者・賀文さん(70歳女性)は、2019年11月25日に北京市東城区裁判所により懲役3年6カ月の実刑判決を言い渡された。中国共産党による法輪功への迫害が始まって以来、賀さんはかつて3回にわたって、不当に労働教養を強いられたことがある。

 現在、賀さんは東城区留置場に拘禁されている。裁判所は裁決書および関連の書類を、家族に一切届けていない。

 賀さんはかつて喘息様気管支炎、高血圧、椎間板ヘルニアなどの病気に、数年間痛めつけられていた。1995年に法輪功の修煉を始めてしばらく経つとすべての病気は消え、賀さんは初めて無病になった幸せを実感できた。そして、家族全員が法輪功による奇跡を見て、敬服した。

 2018年7月12日午後、賀さんは天安門広場で「法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい!」と大声で叫んだ時に警官らにより連行され、天安門派出所に連れて行かれた。翌日、天安門派出所の警官ら4人と賀さんの住宅区委員会の複数の共産党員が、賀さん宅に押し入り、家宅捜捜索を行なった。その後、賀さんは東城区留置場に入れられた。

 留置所で、賀さんは迫害に抗議するために断食を行なった。同年7月18日、賀さんは一時釈放され帰宅した。賀さんは家に着くと、派出所から派遣された数人の警備員らもすぐに到着し、賀さんが住んでいる住宅ビルの1階に駐在し、24時間賀さんを監視するようにした。賀さんが外出する際には、警備員らも必ず賀さんの後ろについて尾行した。

 その後、当局の人員は刑法300条の「邪教を利用して法律の実施を破壊する」という条例に則って、賀さんを裁判にかけた。

 2019年8月30日午前、北京東城区裁判所は賀さんに対して裁判を行なった。賀さんが依頼した弁護士は「当事者はいかなる邪教組織にも参加せず、彼女の行為はいかなる人にも社会に危害を与えず、法律の実施への破壊行為など、少しもないのですぐに釈放されるべき」と主張した。

 そして、賀さんが自己弁護していた途中で裁判官により中断され、休廷を宣告された。

 賀さんはこれまでにも3回にわたって、不当に労働教養を強いられる

 2000年5月、月壇派出所の交番警官が「教育クラス」(洗脳班)という名目で賀さんを連行し、労働教養所に強制収容した。

 2001年12月、労働教養所から解放されたばかりだが、再度連行され、洗脳班に2カ月以上拘禁された。しかも、いわゆる1300元(およそ2万円)の生活費および諸費用の支払いを強要された。(訳者注:1300元は北京では当時、30代の普通の従業員の1~2カ月分の給料に相当する額である)

 2002年8月のある深夜、月壇派出所の警官1人と610弁公室の私服警官1人が賀さん宅に訪れて来て、賀さんが法輪功迫害の真相のテレビ放送に参与したという口実で、賀さんを連行した。翌日、賀さん宅の家宅捜索を行ない、賀さんを2年6カ月の間、労働教養所に強制収容した。

 2009年2月25日、交番警官が共産党員ら十数人を引き連れて、賀さん宅の防犯ドアをこじ開けて、室内に押し入って家宅捜索を行ない、多くの個人財産を押収した上に、賀さんを3年の労働教養所に強制収容した。

 賀さんは3回にわたって、計7年の労働教養を強いられた。労働教養所で、賀さんは様々なひどい迫害を受けた。2000年6月のある日、賀さんは法輪功を煉功しただけで、見張り役の4人の受刑者らにより、暴力を振るわれた。この4人は賀さんを床に引きずり回して拳で殴ったり、足で蹴ったり、髪の毛を掴んで頭を壁に何度も強くぶつけた。それだけにとどまらず、警官らは受刑者に指示して、怪我だらけになった賀さんをさらにしゃがませたり、立ち上がらせたりする動作を何度も繰りかえさせた後、死人ベッドに縛りつけ、なおも痛めつけさせた。2004年、賀さんは灌食をされ、毎日20時間以上にわたり掌くらいのごく小さい椅子に座ることを強要された。手のひら大の椅子に座っていた20時間の間、手はまっすぐに膝の上に置き、両足をそろえて、両目は前方を直視することを強要された。ちょっと動くだけでも報告が必要で、さもなければひどく殴打された。

 2015年10月に江沢民を告訴した件で、賀さんはまたもや連行され、ドアをこじ開けられて家宅捜索を受けた。当局の人員らは賀さんを留置場に送ろうとしたが、高血圧の症状が現れ、受け入れを拒否された。

(注:法輪功学習者を迫害している主要な責任者らの情報は、中国語のページを参照)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2019/11/27/396319.html)
 
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