濁世(じょくせ)の流れの中で、利益の心を取り除く
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2020年1月9日】私は2012年に法輪大法の修煉を始めから、すでに7年が経ちました。最初はどのように修煉するのかも分からなかったのに、少しずつ真・善・忍の法理に基づいて常に自分を律するようになるまで、かなりの時間がかかりました。以下に私が利益心を取り除く過程の事例をいくつか挙げて師父にご報告を致しますとともに、同修の皆さんと交流したいと思います。

 一、勤務先をめぐる取捨選択

 私は英語検定レベル8級を取得して、県内の韓国企業で貿易の仕事を担当していました。仕事の関係で出張が多い中、幼い子どもが2人もいるため、仕事と家庭を両立することがなかなか難しい状態でした。そのため、私は出張が無く、収入もいい会社に転職しようと思いました。その時、友人が地元のトップクラスの外資系企業を紹介してくれました。月給は7000元で、職務も今よりもレベルが高いほか、私が学んだ専攻と合致していて、理想的な会社でした。しかし、唯一の問題は、定められていない慣例ですが、定時の時間以外に毎日自主的に1時間の残業、毎週土曜日の出勤などでした。残業代が大きい分、給料も結構いいと言われていました。面接を受けた時、私には残業しない条件を許可してくれましたが、しかし、特別扱いは他の社員に迷惑をかけるのではないかと思いました。

 収入の面では、結構いい生活ができると思いますが、毎週土曜日は私が同修たちと集団学法をしたり交流をする唯一の機会なのです。大法弟子にとって、最後の最後になった今の時間は最も大切な時間です。冷静に考えてみると、今の会社は3、4年をかけて私を育てて下さり、会社の貿易関連の仕事は、ほとんど私に任せている状態なので、突然退職すると、会社に一定の影響を与えるのではないかと思いました。師父は私達に「今後、何かをするときには、まず他の人のことを配慮して無私無我で、なおかつ他人を先に、自分をあとにするという正覚にまで修め遂げなければならないのです。それゆえに皆さんは、今後何かを行ない、何かを口にするときにも、ほかの人のため、ひいては後世の人のために考えなければなりません」 [1] とお教えてくださいました。師父のお言葉を思い出して、私の心はパッと明るくなり、人のための立場から考えると、どう選択するか、簡単に決めることができるのです。私は利益心を放下し、条件のいい会社ではなく、今の会社で引き続き頑張っていくことにしました。

 二、利益を放下し、情に動揺せず

 私が生後8カ月頃に母は亡くなりました。その後父は再婚して、幼い私は祖母と一緒に暮らすことになりました。継母は私のことが気に入らず、高校に入る時もお金を出し渋ったのです。高校を卒業して大学に入ろうとしたとき、継母は猛反対して「離婚する」と言って父を脅しました。しかし父が離婚しても私を大学に行かせると決意したので、継母は仕方なく私の大学の学費を払ってくれました。私には母違いの妹がいます。幼い時から私達姉妹の扱いは天地程の差でしたが、私はすでに慣れていました。父名義の2棟の古い家屋と2階建ての一軒家がありました。結婚した妹夫婦は、両親と2階建ての家で同居することになりました。もちろん、事前に誰も私には知らせてくれませんでしたが、それにも私は慣れました。

 先日、仕事中に継母から電話がかかってきて、妹の戸籍を分けるために、私のサインが必要だと言いました。以前、私の戸籍は父の所にありましたが、継母が何度も私の戸籍を実家から出すように催促したため、私は戸籍を夫の所に移しました。その時はサインなど必要ではなかったのに、妹の場合はどうしてサインが必要なのか分かりませんでした。

 サインをするために役場に着くと、担当者がある書類を私に持ってきたので、その内容を見ると、父名義の古い家屋の一つを妹の名義に変更する同意書でした。妹夫婦はすでに両親と2階建ての一軒家に同居しているにもかかわらず、古い家屋の大きいほうの170平米の家屋をも妹に譲ろうとしており、しかも小さいほうの家屋を私に譲るなど言及さえしませんでした。これほど大事なことを私には相談もせず、いきなり同意書にサインをさせるなんて、常人なら絶対に許すことはできないと思います。

 しかし、大法の修煉者である私は、目の前の利益のために、常人と同じように行動してはならず、利益心を放下すべきだと思いました。私は躊躇することなく、さっさとサインしてあげました。その後、おばから聞きましたが、妹に譲ったその古い家屋は政府が取り壊して建て替える計画になったそうです。

 その過程で、私の心は利益の前でそれほど大きな動揺はありませんでしたが、唯一理解できなかったのは父の態度でした。父はなぜ事前に私に一言の相談もなしに、サインする時に身分証が必要だと言って来たのでしょうか?

 幼い頃、母親の愛を失ったとしても、まだ父の愛がありました。しかし、今回の出来事が私に人間の情は確実ではなく、いかに汚いものかを見せつけられました。このことは私が情に対する執着心を取り除くためだったのではないでしょうか? ここまではっきり見えた私は悲しみもなくなりました。すべてが芝居のように見え、ただ私の心性を試すものに過ぎませんでした。私は情という試練の前で、自分の心性をしっかり守れたことに対して、彼らに感謝すべきです。

 これから家族とどう接するべきかを考えました。どんなことがあったとしても、私は常に真・善・忍の教えに従って自分を律し、決して常人の道を歩んではいけないと思いました。もう少しでお正月になりますので、私は今まで通り両親にお金を渡して親孝行をしました。

 三、他の人のために働く

 私の会社では通常展示会などを通して顧客にアプローチし、取引につなげます。一般的には最初に顧客にアプローチした担当者がその取引を続け、受注、入金まで完成させます。もちろん、担当者の業績として個人の報酬にも反映されます。この間の展示会はとても順調で、私は多数の取引を獲得しました。今回の展示会に2人の同僚が参加しましたが、1人の女性の同僚が今までの業績があまり良くなかったため、展示会にも参加させられませんでした。彼女は最初に展示会に参加しましたが、その後の取引が一つも成功しなかったため、それからは展示会に行かれなくなりました。社長としては成果しか重視しない傾向がおおいにあると思います。

 今回の展示会で、私は多数の顧客に対してのアプローチに成功しただけではなく、取引の金額もかなり大きかったのです。私にとって、お金が必要のところがたくさんあります。私たち夫婦双方の両親のほかに、2人の子どもにもお金がかかるし、住宅にも車にも資金が必要なので、収入を増やして改善したいと思っていました。しかし、大法弟子としては利益に淡泊になり、人のために考えるべきだと思いました。その同僚も私とだいたい同じ状況で、親と子供を養う必要があり、同じ女性として日々頑張っていて、いろいろ大変だと思いました。そこで私は一緒に展示会に参加した同僚と相談して、一部の顧客を彼女に担当させるようにしました。私は自ら自分の担当する2つの大きな取引を彼女に譲り、今年の注文だけでも5、600万元に達し、それに反映される報酬もかなり大きかったのです。

 その後、その女性同僚は「今、社内にこのような公平性のある所はここしかない」と感心しました。現在の社会では、利益のために互いに奪い合ったり、血が出るほど戦ったりしている中で、わが社にも自分の獲得した顧客だけではなく、人の顧客まで手に入れようとする人もいます。私は自分の利益を人に譲ることで、会社の風潮を正し、常人に真・善・忍の素晴らしさを感じさせることが出来れば、それこそ意義のある事ではありませんか?

 修煉の道にはたくさんの関門や魔難がありますし、たくさんの執着心を取り除かなければなりません。それらを徹底的に捨てるには、私の修煉はまだまだですが、自分にある執着心を一つでも見つけると、それをきれいに取り除く信念があります。法輪大法を修煉して、師父について真の故郷へ帰ることは、私の千年万年の宿願と唯一の願いでもあります!

 師父のご指導がなければ、私は未だに濁世の中で流されており、大法の導きがなければ、私はまだ名利と情の中で苦しみもがいているに違いありません。

 弟子である私の心を絶えず浄化してくださり、正しい道を歩ませてくださる師父に、感謝を申し上げます!

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『精進要旨』「佛性に漏れなし」

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2019/12/25/397273.html)
 
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