禍源、共性、希望
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 明慧日本2020年3月28日】(中国=明慧記者)今回の武漢肺炎の災害は、不意を突く出来事だった。ある人は、歩く途中で倒れた。ある人は、静かに家で亡くなった。ある人は、最終的に診断の結果を確認しないうちに、病院の急診室でこの世を去った。生命の最後の瀬戸際の時に、ベッドや酸素吸入管、呼吸器機の一個一個が全てとても貴重なものになった。この時にやっと分かったのは、富める者であろうが、貧しき者であろうが、そんなことに関わらず、生命こそが最も貴重なもので大切であるということだ。

 禍源(災いのもと、災厄の根源となっているもの)

 今の現実は、旧ソ連の亡命作家ソルジェニーツィン(※1)が正に「私達は彼らが嘘をついているのを知っており、彼らも彼らが嘘をついているのを知っており、彼らは私達が彼らの嘘を知っているのを知っており、私達も、彼らは私達が彼らの嘘を知っているのを知っているのも知っており、しかしながら、彼らは依然として嘘をついています」と言ったようだ。

 900万人の武漢市民ないし、14億人の中国人の日常生活をぶち壊わされ、この間に、人々は落ち着いてものを見たり考えたりする時間があったと思う。最も人々の心に衝撃を残し、最も人々が悲しんだのは、言うまでもなく、中国当局があらゆる方面で、疫病の真相を隠蔽し続けていたことである。最初から現在に至るまで情報を隠し続け、互いに責任をなすりつけ、目標の焦点を転嫁させ、世論を抑え込んでいる。

 多くの国民は、暗黙のうちにはっきりと分かっていても、声を上げる勇気がない。

 多くの国民は、中国共産党の「偽・悪・闘」のやり方を十分に心得ていても、やはり、習慣的に惑わされ、中国共産党に違う方向へ導かれた。

 突然やって来た武漢肺炎の前に、全面的な情報封鎖、暴力的手段での安定維持、絶望と心の痛みを自ら経験した人々は、目覚め始めた。中国共産党の副首相・孫春蘭は武漢のある団地を視察した時、共産党の指導を受ける集合住宅の管理事務室は、団地の住民たちに部屋から出るのを禁止しながら、わざと民間ボランティア者に住民たちに、野菜や肉を配達させる振りをさせた。ビルの下に下りられない住民達は窓を開けて、「ここの住民は高値の野菜を買っている!」、「すべて嘘だ!」、「嘘、嘘、すべて嘘だ!」と大声で叫んだ。

 しかし、この叫び声の中で中国共産党に対する未練は本当になくなったのだろうか? たとえば、今現在でも中国共産党は「包青天」(※2)だと思い込み、「中国共産党」を「中国」の友達とみなし、悪い事はすべて素質のよくない一部の人によるものであり、党中央は具体的なことを知らないのだという見方をしている。しかし、共産党員の性質(党性)と行為は、これまでずっと党中央に指揮され掌握されているのだ。せっかく目覚めたので、思い切って党により付けられた思想の束縛を振り切るようにと、大いに徹底的に悟らせよう!

 あるユーザーはネット上で次のように書いた。「医者は仕事をクビにされるリスクを冒して取材を受け、記者はデマを飛ばす罪のリスクを冒して文章を書き、プラットフォームは取り締まりを受けるリスクを冒して文章を発表し、読者はアカウントを削除されるリスクを冒してリンクをシェアする。中国の内陸では真実の文章を読めることは、『手に汗を握り、一字が千金に値する』というべきである」

 中国共産党は平気で嘘をつく癖がある。今回の武漢肺炎を通して、中国共産党は期待できないだけではなく、かえって中国と全世界の災いの源であることが、多くの人にはっきりと分かった。

 共通性

 現在「武漢肺炎」の疫病は武漢に大きな打撃を与え、全世界の数十カ国にまで相次いで感染が広まった。感染の状況はまだ持続的に蔓延している。感染を確認された患者数と死傷した人数はまだ増加している。この痛ましい教訓の中で、武漢へ渡航歴があったり、中国から帰国して集まったり、また、免疫力などの個別事情を除いて、共通性があるのではないか? すべての主要な共通性が見つかれば、感染の蔓延を制止する良い方法を見つけ出すことができる。

 詳しく観察し、情報を収集して分析する人士たちが、ある共通性を発見した。この疫病の中で不幸にも命を落とした人達の中には、共産党員あるいは共産党に親しい者がほとんどであるということだ。現在のところ、感染の状況がひどい国は、すべて過去に親中派であったことが明らかである。

 例えば、イタリアはヨーロッパで中国共産党の「一帯一路」プロジェクトに協力する主要な国である。「一帯一路」(TheBelt and Road Initiative、 orB&R)は、中国共産党が2013年に打ち出した全世界の経済を主導する計画のものであり、また、歴史上のシルクロードと海上シルクロードの経由するすべての国をカバーしようとするものでもある。2013年9月、中国共産党の総書記・習近平は、カザフスタンで「シルクロード経済ベルト」を宣伝し、同年10月にインドネシア国会で「海上シルクロード」を宣伝し、同年11月には中国共産党の第18期3中全会で「一帯一路」を国家戦略にまで引き上げた。そして、2015年3月、中国共産党はアジアとヨーロッパで「一帯一路」を推し進め、政府の活動報告に書き込んだ。中国共産党にとって「一帯一路」の重要性は、ここからも窺える。

 一人の人間として中国共産党に追随すれば、たとえば中国共産党員は、自分の命を害するだけではなく、自分の身内を巻き添えにする可能性がある。一つの国家として親共(中国共産党と親密な関係にある)すれば、しまいには当国の経済と国民の生活に危害を及ぼしてしまう。しかし、この人達は本当に中国共産党の本質がはっきりと見えていなかったのか、それとも道徳のアンダーラインが低すぎて、利益のために親共を選んだのか、これが肝心な問題である。

 希望

 科学はウィルスに抵抗することが出来ず、変異するコロナウィルスに抵抗するのはなおさらである。もし、科学がすべてに打ち勝つことが出来れば、どうして多くの不治の病があるのだろうか? どうして生・老・病・死があるのだろうか? どうして中国共産党が存在するのだろうか?

 金銭もウィルスに抵抗することができない。アップルの創始者スティーブ・ジョブスの遺族は、疫病撲滅のために250億ドル寄付したが、死去したスティーブ・ジョブスにとってただの数字であり、中国共産党にとっては権力を握りしめる資本である。

 財産は当てにならず、科学は当てにならず、共産党はさらに当てにならない。どこに希望を見いだせるのか?

 筆者は、武漢肺炎の中で、明慧ネットでいくつか科学で解明できない危機から、無事に乗り越えた実例を掲載していることに気づいた。

 たとえば、仮名「求生」の紹介によると、「私は武漢でアルバイトをしています。今、咳が出て発熱し、下痢の症状も出て2日目になりました。病院に行きましたが医者が見つからないので、薬局で薬を買いました。多くの患者が苦痛の中で治療できない状況を見て、自分はこのまま死にたくないと思い、ある同級生に電話しました。同級生は『党団隊』から脱退すれば無事になると教えてくれました。自分の所はすでにインターネットに接続できなくなり、同級生に頼んで退団の声明を発表しました」

 もう一つの実例は、武漢で封鎖された大学生の経歴である。この大学生は武漢のある大学に通っており、疫病の情報を知らないため、早目に離れることが出来なかった。1月23日に武漢市は封鎖されたため、新年の帰省も出来なくなった。この状況を知った親戚は、学生の両親に「真・善・忍は素晴らしい! 法輪大法は素晴らしい!」を心から念じるようにと教えてくれたという。

 この大学生は武漢で住んでいる寮に独りぼっちになり、仲間はいないが携帯電話はあった。毎日死者が担がれる音がし、恐怖に陥った。出かける勇気がなく、数日置きにしか、野菜と麺類を買いに行くことしか出来なかった。出かける時に数枚のマスクを重ねて防護し、寮に帰って直ちに服を消毒してすぐに入浴した。1カ月が経過した2月29日の夜、この大学生は「熱がある」と両親に電話した。彼の両親は直ちに「真・善・忍は素晴らしい! 法輪大法は素晴らしい!」を思い出して念じるように言うと、学生は教えた通りに念じた。3月1日の朝、目が覚めた彼は「熱が下がって体温が正常になり、無事に乗り越えた」と家に電話をかけたという。

 偶然の一致であろうか、運がいいのであろうか、自分の身になって考えてみれば、誰でもが難に遭った時は、転機を望むはずである。

 このような事例は以上の2例だけに留まらず、智者たちに十分に参考になると思う。同時に、筆者は「劉伯温碑記」(※3)を思い出した。この予言の始めは、「天は目があり、地は目があり、人々はすべて目がある」と書かれていた。

 同族の台湾の国民は中国共産党に反対したために、中国に近くてもほとんど感染していない。また、香港の市民も中国共産党に反対したために、香港の市民には感染がなく、感染者はすべて内陸から来た人達である。

 今日の末世の最後の時期には、悪物が共存しているかもしれない。しかし、親共することによって、最悪を招く結果となる。中国共産党から離れることだけが、本当の善良な人の証であり、疫病・武漢肺炎から遠ざかることが出来る。

 中国はすでに5千年の歴史が存在し、中国共産党は中国を代表する事ができず、自分の命と国の運命を中国共産党の手に任せさえしなければ、全てにはまだ望みがある。

 (※1)ソルジェニーツィン(アレクサンドル・ソルジェニーツィンはソビエト連邦の作家、劇作家、歴史家で、1990年代ロシア再生の国外からの提言者でもある。彼は1969年10月に反ソ的イデオロギー活動を理由として作家同盟から追放されたものの、1970年にはノーベル文学賞を受賞する)

 (※2)包青天(ほうせいてん中華圏で誰もが知る名裁判官・包拯(ほうじょう)のことを言い、中国・北宋の政治家。廬州合肥(安徽省)の出身。字は希仁、諡は孝粛である。包公、包待制、包青天とも呼ばれた)

 (※3)「劉伯温碑記」(りゅう・はくおんひき: 明の時代に活躍した劉伯温は、清廉潔白な軍師として皇帝から絶大な信頼を得ていた。彼は、伝染病に見舞われた今日の中国を暗示するような予言を残している。 「陝西省太白山にある劉伯温の碑文」)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2020/3/11/402307.html)
 
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