明慧法会|法輪功を学んだ後の子供たちの大きな変化
■ 印刷版
 

 

文/黒竜江省の大法弟子

 【明慧日本2020年4月16日】身近にいる大法の子供弟子の面倒をよく見ることは、一朝一夕にできるものではなく、根気よく行なわなければならず、怠けることはできません。子供は私たちの家で生まれ変わり私たちと大きな縁があり、子供たちの面倒をよく見ることは私たちの責任であり、またそれは師父の要求に応えるということです。

 以下に私が近年面倒を見た法輪功の子供弟子の体験を書きたいと思います。

 (一)話せなかった軒軒がしっかり話せるようになる

 2018年9月3日、軒軒という女の子をある父兄に紹介されました。初日、軒軒と父親が来た時に軒軒は背が高くて大きく、まるまる太っており、顔色が黒くさらに横柄な雰囲気を持っていることに私は気づきました。中に入ると何も言わずに走り回り、机の上、椅子の上、ベッドの上、わずかな間に、いたるところに軒軒の痕跡が残りました。私は軒軒の手を握り名前と、苗字と、何歳かと尋ねました。軒軒は長い間、時間をかけて話しましたが、私はまったく理解できませんでした。

 軒軒は9歳で、幼いころから今までずっとこのように話すことができず、大病院の検査ではいつも脳の神経の発育不良であるといわれ、言語に障害が起こり思考が遅く長年の治療もまったく効果がないというのです。さらに個人的に訓練をしても言語に効果がなく、子供は9歳になっても学校に行くことができず家族はみなあせっている、と父親は急いで説明しました。

 私は「大法の師父だけが彼女を救うことができる」と思いました。私は軒軒の父親に「このお子さんが現在勉強できるかどうかが重要なのではなく、重要なことはまずお子さんが話せるようになることで、人とコミュニケーションが取れるようになることです。そうでなければ何年幼稚園に行っても無駄に時間を浪費するだけです、そうですよね?」と言いました。父親は沈みこんでうなずきました。私は「それなら特殊な方法で、彼女を教えなければなりません」と言いました。父親は「どのような方法ですか?」と急いで尋ねました。軒軒の家族が修煉していないので、どのような方法かを私は話しませんでした。私は「どのような方法か気にせず、まずは私が1カ月間面倒を見て、もしお子さんに進歩が見られれば引き続きお子さんを連れてきてもらいますが、そうでなければ他の有能な人に頼んでいただきます。手遅れになってはいけませんから!」と言いました。父親は「わかりました!」と言いました。そこで、この子供を私の家で長く預かることになりました。

 その後、軒軒は、食事の時におなかがすいていないとか、おなかがいっぱいではないということ以外に、その他のことは何もできないことに私は気づきました。たとえば手を洗う、顔を洗う、足を洗う、おしりを拭く、服を着るなどすべてできず、もし軒軒に自分で少しでも行なわせようとするならば、あなたは痛い目を見るでしょう! 勉強させることはさらに難しいことでした! 1週間かかって「一」を書きさらに教え方がわからず、軒軒に教えるには適当に書かせるしかなく、ノートだろうが、冷蔵庫だろうが、ベッドサイドだろうが、トイレだろうがどこでも所かまわずに書き、他の子どもの本やノートをつかめば破いてしまい、さらに人を殴り、やたらに走り回り、翌日は足首をひねり、さらに他の子どもの物も食べてしまいました。どのように軒軒とコミュニケーションをとろうとしても、何を言っているのかわからず、軒軒の到来はさらに多くの厄介を私に増やし、もともと一日中忙しい私は、忙しさにさらに忙しさが加わりました!

 大法だけが軒軒を変えることができました! まず軒軒の学法の面倒を見ました。しかし言うのは簡単ですが行なうのは本当に難しく、まず軒軒に『洪吟』を読んで教え、一文字ずつ軒軒に教えても言葉に出せず、さらに軒軒は言うことを聞かず、ぱっと駆け出し、私は食べ物を持って軒軒を呼び戻してあやし、食べ物を見ると軒軒は走って戻って来て、食べ物を奪うように食べ終わると再び走り回りました。どうしようもなく、昼間は私は幼稚園の子供に授業をする以外に、他の時間は軒軒を私のそばに抱き寄せ軒軒に大法書籍を読み聞かせました。ゆっくりと軒軒に教えても軒軒はわけのわからないことを言いました。軒軒の言っていることがわからなくても、私は軒軒に教え続けました。夜に「食事係」の子供が6時半に帰った後、私は子供弟子たちを連れて『轉法輪』を学びました。しかし軒軒はやってきますが、すぐに他のところに行ってしまいます。きちんと法を聞くように私は軒軒の主元神とコミュニケーションをとり、同時に軒軒に座禅を教え、1講を学び終えた後。私は軒軒に法を聞かせました。このように一日が過ぎ、軒軒は多くの時間、すべてにおいて大法の中にいました。少しずつ、軒軒はおとなしくなり、みだりに動かなくなりました。

 1週間が過ぎ、軒軒の親戚が様子を見に来たときに、軒軒は簡単な話ができたので、親せきは喜び、さらに軒軒が白くなったことを誇張しました。半月が過ぎ軒軒の祖母、祖父、父親が見に来ましたが、祖母、祖父、父親が怒ると軒軒は一言も話さなくなる可能性がありました。祖母が練習ノートを手に取り何を学んでいるのかを見て、私は「彼女の今までの状況では学習効果がよくなかったので、私は彼女に字を書かせていません」と言うと、祖母はかんかんに怒り、聞き苦しい話をいくつか言いました。その時私は悔しく感じましたが、耐えて何も言わず「このような子供は面倒を見るのがとても難しいのだ! 20人の正常な子供を教えてもこのような子供1人を教えようとは思わない! みなさんは家でやはり成功を急いでいるので、今月が終わり来月には私は彼女の面倒を見ない」と思いました。しかし「子供はすでにこんなに話せるようになり、師父はすでに彼女に関わってくださっており、師父でさえ放棄なさらないのに、私に放棄する資格があるのだろうか? 彼らは私の心性を高めるためにやって来たのではないのか? どうして私は少しくらいの言葉でさえ受け入れることができないのか? これは褒められたい心があるのではないか? 名を求める心があるのではないのか? つらさを恐れる心ではないのか? さらに嫉妬心があるのではないのか?」と考え直しました。これらの心を見つけた後、私は急いで師父に「師父! 弟子はまた間違ってしまいました! 弟子はこれらの良くない心をみな根こそぎにいたします」と申し上げました。

 そこで私はさらに注意深く一定の順序に従って『洪吟』を暗唱して軒軒に教え、学法させ、法を聞かせました。22日目、軒軒の父親が軒軒を連れ帰りました。

 父親が軒軒を連れ帰った翌日、軒軒の父親が軒軒を私に紹介した父兄に長い電話をかけ、泣きながら「田さん、私の娘が話せるようになり、さらにたくさん話し、話し方もはっきりしています! 私はすぐに娘を送り返した方がよいようです。こんなにも長年私たちは子供をだめにしており、私たちは子供の病気を治すためにいたるところ奔走し、たくさんのお金を使っても役に立たなかった。この22日間で話せるようになり、この先生は本当に素晴らしい、彼女がどのような方法で教えたのか私にはわかりません」と言いました。さらに「前回私の母が先生に向かって怒っても、先生は何も言われず、今回子供の大きな変化を見て、私の母は後悔し、先生に罪をなすりつけてしまったと後悔しています!」と言いました。

 この話を聞いて、私はただ「喜んではいけない、すべてはみななことだ! 私はただ口を動かしただけ。私が自分をしっかり修めてはじめてさらにしっかりと衆生を救い済度することができるのだ!」と自分を諭しました。

 しかし新しい厄介がまたやって来ました。月曜日に軒軒の父親が軒軒を連れて戻ってきた時、子供の赤味を帯びていた小さなほっぺたが再び暗くなっていることに私は気づき、さらに目の下に黒いくまができており、私が尋ねると家では誰も世話をせず2日間テレビを見ていたということで、さらに尋ねると、なんと軒軒の両親は離婚して4カ月以上経っているということでした。私は「子供は家に帰って法を学ばずさらにテレビを見ている、これは子供に対する影響が大きい」と思い、私は軒軒の父親に「しばらくは子供を迎えに来てはいけません、子供は私が預かりますので、安心してください!」と言いました。軒軒の父親は喜んで「わかりました、わかりました!」と言いました。

 2カ月以上が過ぎ、軒軒の父親が再び軒軒を迎えに来たときに、軒軒の変化がさらに大きいことを見て、軒軒は話せるだけでなくさらに考える力があり、他の人とおしゃべりすることができ、さらにできることは何でも積極的に手伝い、さらに人に関心を持つようになりました。家族は嬉しくてたまらなくなりました! 私は機会を利用して軒軒の両親の離婚のことを了解し、状況を理解し終えた後に軒軒の両親に会って復縁の話をしました。最初、軒軒の両親はまだ見解の違いがあり、最後に私は「軒軒のような特殊な子供が現在こんなに多くの変化があり、あなたたちは子供のために自分のことを一歩引いて、しっかりと子供の面倒を見ることができないのですか。もしあなたたちが本当に復縁できないのなら、それならばあなたたちは軒軒を孤児として手続きし私が引き取って育てます!」と言いました。「私たち夫婦は軒軒の世話をしっかり見ることができます」

 私の話を聞いて軒軒の父親はその時泣き出し、母親は涙で目の周りが真っ赤になりました。軒軒の父親は「私は先生のことを先生と呼ばずに、姉さんと呼びます! あなたは私の実の姉で、気づくのが遅すぎました、私たちは復縁します!」と言いました。母親は「姉さんは本当に良い人で、あなたは軒軒の面倒をこんなにしっかりと見て、私たちは本当に感謝しています! 軒軒をあなたのところに送ったのは私たち一家の幸せです! 私たちは復縁します! 姉さん、ありがとうございました!」と言いました。

 私は機会を見つけて真相を伝えました。私は「あなたたちは私に感謝するのではなく、大法の師父に感謝しなければなりません! 私は法輪功を修煉しており、どこにいても私たちがよい人になるように大法の師父は教えてくださいます。すべてのこのすべてはみな大法の師父がなさったことです! 考えてみてください、『轉法輪』というこの本を軒軒に読むように私を導き、子供は短期間にこんなにも大きく変わることができました! なぜなら佛法は無辺であり、師父が軒軒の体を浄化してくださり、知恵を開いてくださったからです」と言いました。軒軒の両親はずっとうなずいていました。

 続いて真相を伝え、その後私は軒軒の両親に「私が法輪功を修煉していることをあなたたちは怖く感じますか?」と聞きました。父親は大声で「私が何を恐れるのでしょうか? 私の娘にはこんなに大きな変化があり私はまだ何を恐れるのでしょうか? 法輪大法こそ素晴らしい!」と言いました。最終的に軒軒の両親は実名で三退しました! 私は「仮にも大法があなたの娘さんを変え、それならあなたたちは家でお子さんに法を学ばせなければなりません! あなたたちはいつでも私に頼っていてはいけませんよ! これまでの努力をむだにしてはいけませんよ!」と言いました。軒軒の両親も同意しました!

 このようにして支離滅裂だった家が師父の慈悲なる助けの下で一家団らんを取り戻しました!

 (二)補習授業を受けずに試験で優秀な成績を収める

 水霊は好奇心の強い子供で、幼稚園は私の家で、私と法を学び『洪吟』の中の詩をたくさん暗唱し、子供の学習もとてもよかったのです。1年生になった後、私の家から遠く離れた常人の家の「食事係」になりましたが、学法もだんだんと放棄し、あの社会の染めもの甕の中に埋没し、悪い癖も多くなり、お金を使うことも覚え、さらに母親のお金を盗んで無駄遣いをしました。2年生の期末テストで、水霊の学習成績は100点近かった成績から80数点に落ちました。

 水霊の母親はいくぶん焦り、水霊を私のところに送ることについて相談し、私は承知し、水霊が来た後は毎日私は水霊と法を覚える競争をし、夜は宿題を終えて『轉法輪』を読みました。夏休みと冬休みは勉強以外は学法し、法を覚え、煉功し、現在(訳注:2019年)水霊は4年生になり、他の子どもは宿題をするのに9時か10時までかかますが、それに対して水霊は時間がもったいないことを知っており、授業が終わっても遊びに行かず、まず宿題の一部を終え、毎日夜の6時前には宿題は必ず終わっており、6時半ピッタリに私たちとグループ学法をします。さらに今まで補習授業を受けたことがなく、時間さえあれば学法し、法を覚え、現在(訳注:2019年)水霊はすでに『洪吟』4冊を暗記し終わり『轉法輪』を暗記し始めています。

 学法し法を暗記し、子供(訳注:水霊)は内に向けて探すことを覚え、事に当たって他の人のことを考えることができ、どのようにすればよい子供になるのかを知っており、学習成績はめざましい勢いで向上し、先生と同級生もみな水霊のことがとても好きでした。

 現在(訳注:2019年)水霊はすでに学年の試験で優秀な成績を収めています。

 (三)小同修が病業の関を乗り越えるのを助ける

 佳潤は9歳で、3年生になり、2018年11月に同修の紹介で私の家にやって来て、この子供(訳注:佳潤)は母親と同様に4年間修煉していました。7月になる前に突然高熱が3カ月間引かなくなり、病院の診断によると「白血病」でした。病気が重いために休学し、私の家に来た時は顔と唇が真っ青で、血色がまったくなく、手の爪がみな黒く、ご飯ものどを通らず、1回の食事で一口か二口しか食べず、痩せて骨と皮ばかりになっていました。全身がこの上なく痛く、昼間は痛くて毎日泣いており、夜は泣き叫び、全身に力がなく、話すのさえ力がなく、何もできず、服を着たりズボンをはいたりするのでさえ母親がはかせてやらなければならず、髪の毛も抜けてほとんどなくなってしまい、小さな手に触るととても熱く、体にはいつも腫物ができていました。子供(訳注:佳潤)のつらさを見ると涙さえ出ませんでした!

 子供と母親は確固としていましたが、子供と母親の誤りがどこにあるのかはまったくわかりませんでした。私は佳潤の母親に「まず私たちはこの虚像を承認せず、私たちは李洪志師父の弟子であり、その他のすべての按排を承認する必要はなく、ただ師父が按排してくださった道を歩むだけです」と言いました。私たちは多く法を学び、多く煉功し、多く食事をしました。その後、子供に大量に学法をさせ、早朝3時過ぎに起きて3時間煉功をさせ、午前中は師父の『各地での説法』を学び、夜は『轉法輪』を学ばせました。

 最初佳潤は煉功を始めると泣き出し、怒りだし、佳潤は自分が煉功しないだけでなく、私たちもかき乱されて煉功できませんでした。それは佳潤の本意ではなく、妨害されていることを私は知っており、正念を発し、障害を突破し煉功できるように佳潤を助け、1週間という時間で佳潤は基本的にはついてこられるようになりました。もし途中でいずれかの功法でうまく煉功できなければ最初から煉功しました。

 10日以上経った時、佳潤の顔色が変わって来て、唇の血色が良くなり、体に力が戻り、食事もできるようになり、6カ月経った時、佳潤のほっぺたはふっくらとし、自分で服を着られるようになり、自分で髪をすいたり、掃除したりすることができるようになりました。

 1カ月経った時、佳潤は自分で大きなカバンを背負ってバスに乗って家に帰ることができ、家に帰った後母親はやはり続けて子供に学法させ、煉功させ、冬休みに、師父の45冊の著作をもうすぐ学び終えるところでした。その後、子供は学校に戻りました! 状況を理解した人で大法の超常さに敬服しない人がいるでしょうか!

 (明慧ネット第16回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

 

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2019/11/8/395309.html)
 
関連文章