感染症の蔓延中 資料拠点を立ち上げる
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2020年4月22日】中共ウイルスの感染症が始まったのち、このウイルスは地元の同修が衆生再度をする上で多くの障害をもたらしました。地元の資料担当者はふだん、とても安全に注意し、携帯電話を持っていません。数十キロ離れた場所から資料を持って来てくれたり、発正念の時間を通知してくれたりします。この感染症が急増する特殊な時期に、協調する上で不便なことがとても多くなりました。地元の一人の同修と隣の地区の同修夫婦は一緒に資料を作っています。週に一度は資料を持って来てくれ、その資料で人を救っています。

 今回、ロックダウン(都市の封鎖)され、私たちに資料が届かなくなりました。明慧ネットの情報も伝わらなくなり、私たちが本当にロックダウンされた状態になってしまいました。

 私は紙幣による真相を伝える資料を作るプロジェクトに参加しています。正月が過ぎたばかりで、私は少し気が緩んでいました。なぜなら、年明けの十数日間は小銭を使う人が少なくなるからです。私はこの期間を利用して手持ちの小額紙幣を使って真相紙幣を作り、この期間を過ぎて配ればいいと思っていました。しかし、今年は状況が一変しました。ロックダウンされた街に、どのように配ればいいでしょうか? これではいけない、外出できない状況下で、私はこれらの紙幣を全て配らなければなりません。そこで、私は紙幣に感染症のことを書き込むべきだと思い付きました。そして私がポスティングに行った時、同修がポスティングした紙幣にはすでに同じような内容が書き込まれていたのです。「ワッー、同修は本当に素晴らしい!」

 私は昨年貯めていたすべての紙幣と、旧暦12月に配り切れなかった紙幣を合わせて数万元に、感染症から逃れ、平安が訪れる方法を書き込みました。そして3回にわたり、数十キロ離れた知り合いの店主の手に直接渡しました。通り過ぎるいくつかの街はロックダウンの厳しい街があれば、そうでない街もありました。私は初回は電動バイクに乗り、脇道を通って麦畑に沿って行きましたが、それ以後は、自転車で往復しました。師父のご加護の下、山や川を越え、夜10時ごろ無事に帰宅することができました。家に戻り、安心して大きく深呼吸すると、戦場から戻ったかのように感じました。

 真相紙幣を渡した店主も自宅に封鎖されました。私は広範囲に活動することができないため、その店主に、衆生を救う「宝物」(紙幣を指す)を小分けして渡すようにお願いしました。私は店主をよく知っていたので、率直に言いました。「その紙幣に相当する金額はすぐにいただかなくてもいい、借用書もいりません。できるだけ早く人々の手元に届き、衆生を救うことができるようにしたいのです」。この店主は私の頼みを理解してくれました。

 この店主は朝3時ごろ市場に行き、果物や野菜を仕入れてきます。(ロックダウンされた)各街で仲買の営業ができるのは一つか二つの店だけで、その店が各村の許可された小売店に卸すので、この店主は各村の果物販売業者と接触することができます。そこで、真相紙幣を小売店主に渡すことができれば、真相を伝える範囲はなんと広くなるでしょう! 私は知り合いの店主に一緒に市場に行きたいと話すと、店主の奥さんは「あなたは入ることはできません。入る時は携帯電話でバーコードを読み取りしなければなりません」と教えてくれました。しかし店主夫婦は真相紙幣を小売店主に渡すと、約束してくれました。

 3月になってロックダウンは少し緩み始め、私はその店主を尋ねました。店主は私が渡した真相紙幣の大部分をすでに交換し、自分のところで使う分だけを残し、そして、紙幣と同じ金額を用意してくれていました。これらのことはすべて、師父が手助けしてくださってできたのだと分かっていました。それでもこの店主はとても素晴らしい人だと思いました。

 真相紙幣をこの店主に託した私は、家でのんびりしてはいられません。同修の提案を受け入れなかったことを後悔していました。同修は資料をもう少し早く印刷するために、新しいプリンターを購入するようにと勧めてくれましたが、しかし家には古いプリンターがいくつかあり、購入する必要はないと判断しました。ロックダウン中、私は師父の手助けにより、家の前の文房具店で6袋の印刷用紙を買うことができました。また子供に頼んで、資料を入れるビニール袋をネットで購入しました。

 私は『明慧週刊』、『常に法輪大法は素晴らしいを念じれば、なぜ感染症が治るのか?』と、『劉伯温碑記』に記されている感染症から逃れる真言、「どのようにすればこの『武漢肺炎』の災難から逃れることができるか?」をセットにしてビニール袋に入れました。この資料の組み合わせは良い効果が得られると思います。そして私はこの資料を毎回50~60袋を手に出かけました。

 なぜだか分かりませんが、古い3台のプリンターは十数枚印刷すると、何行かが飛び、白い縞模様状になり、さらに続けると、印刷できなくなりました。この2日間資料を作っていませんでした。これらの古いプリンターではもう間に合わないと思いました。なぜなら、これからは資料を作っている地元の同修と数十キロ離れた同修夫婦に真相資料を提供することを考えていたからです。こうすれば彼らの負担を軽減することができ、数十キロの道のりを往復しなくでもよくなります。

 先日「厳正声明」を行なった同修は、1997年に法を得て修煉を始めた古い弟子です。その同修はその後とても精進しています。その同修にも資料を提供したいと考えました。

 このゆとりある時期に、機材や消耗品を充分に準備していれば、すぐまたロックダウンが起きても、私たちは待つことなく、落ち着いて衆生を救うことができます。このように考えただけで、隣の町の同修の手助けの下、わずか4日間で真相資料作る拠点を立ち上げ、新しいプリンターや消耗品を揃えました。

 法を正す最後の最後の時期、私は接触できる地元の同修たちと協力し、多くの資料を配り、この地区の衆生を救い済度したいと思っています。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2020/4/4/403359.html)
 
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