懺悔は生きている間だけ 意味がある
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 【明慧日本2020年5月22日】中国の5000年の歴史の中に、「天を敬い、神を信じ、善と悪の報いがある」という道理は延々脈々と語り継がれ、世間の人々を深く感化しました。古人はどうしてこれらの道理、そして、善を勧める物語を飽きることなく語り続けてきたのでしょうか? 

 その背後には、「人々に欲望や私利に沈淪(ちんりん)(※)させないよう、人間が本来持つべき道徳心と良知を汚さないよう、最終的に天罰から免れるようにさせたい」という狙いがあったのです。

 次は、「書生が幽霊に会いたい」という物語を話します。

 昔、肝っ玉の大きい書生がいて、彼はずっと幽霊に会いたいと思っていましたが、なかなか会えませんでした。

 ある夜、雨がやんで月は夜空を明るく照らしていました。書生は召使いに酒壺を持たせ、2人は墓地にやって来ました。書生は周りを見渡して大声で、「こんな綺麗な夜に、オレ1人で酒を飲むのは寂しい。あの世の諸君、一緒に酒を飲まないか?」と呼びかけました。

 しばらくすると、雑草の中に鬼火がふわふわと現れて来て、少し離れた場所でヒューヒューと音を立てながらも、なぜか、近くに寄って来ようとしません。

 書生が数えてみると、その影は十数個もありました。そこで、書生は大きなどんぶりにお酒を入れ、思い切ってばら撒きました。幽霊らは体をかがめ、地べたのお酒の匂いを嗅ぎ始めました。1人の幽霊が、「いい酒だ、もう少しくれないか」と頼みました。

 そこで、書生は酒をばら撒きながら、「お前たちは、どうして転生しないのか?」と聞くと、幽霊は「善根を失っていない者は転生できるが、悪業の限りを尽くした奴は地獄に行くのだ。我々13人はそこまで行かないが、転生を待っている者は4人だけで、業による報いで転生できない者は9人だ」と言いました。
 書生は「懺悔して、解脱できないのだろうか?」と聞くと、「懺悔は生きている間には意味があるが、死んだ後ではすべて無駄なことだ」と答えました。

 酒がなくなってから、書生は酒壺を持ち上げて幽霊らに見せると、幽霊らはふらふらと消えて行きました。1人の幽霊は振り向いて、「我々のような餓鬼は酒を頂いても、お返しは何一つできない。ただ一言だけ『懺悔は生きている間にやらなければならない』と贈りたい」とだけ言い残して、消えて行きました。

 ※ 沈淪(ちんりん・ 深く沈むこと

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2020/4/10/403589.html)
 
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