神韻チケット販売とメディアの仕事に携わったことでの体得(一)
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文/ニューヨークの大法弟子

 【明慧日本2012年10月16日】師父、こんにちは! 同修の皆さん、こんにちは!

 私は過去一年、神韻のチケット販売とニューヨーク大紀元の仕事の中での最も重要な3つの体得を皆さんと分かち合いたいと思います。

 神韻を広める中の体得

 今年の神韻チケット販売は、私に深い体得を与えてくれました。2011年の神韻公演中に、私個人は少なくない数のチケットを販売しました。そのため、私は自分に対して大きな期待と高い目標を持って今年のチケット販売に身を投じました。メディアを探して神韻の広告を作ったり、神韻の特別報道をすることを除いて、私の主な神韻宣伝の仕事は、週末にそれぞれの小売り店でチケットを売ることでした。今年のニューヨークの神韻公演は4月に開催される予定であり、2月からチケット販売が始まりました。協調人はすべてのチケット販売員をチームごとに分けた結果、毎週同じメンバーで一緒にチケットを販売することになりました。

 私達のチームは最初の2週間、チケットが売れませんでした。その時、私は多く考えていませんでした。なぜなら、今年のチケットは販売し始めたばっかりだし、私たちはきちんと周りの場を整理しなければならないし、私もやっと新たな状態に入ったばかりだと思ったからです。しかし、更に幾つかの週末が過ぎましたが、私達は依然として1枚のチケットも売り出せませんでした。この時、私は何かを間違えたのだろうかと意識して、真に内に向って漏れを探し始めました。

 私が第一に思ったのは協調の問題です。私は一つの認識を持っていました、それはチケット販売の当番にあたる時、私達はチケットを売ることと発正念に集中すべきだということです。私は午前に法を学び終えるように努力し、それは十分な正念をもって全体を維持するためだと思っていました。しかし、私と一緒にチケットを売るある同修は、よく私達が当番にあたる時間帯に時間を作って法を学ぶのです。私は少しうっとうしいと思いました。しかし私は他人を見くびるべきではなく、善を持つべきだとすぐに認識しました。もしかしたら彼らは難の真っ只中にいるかもしれないし、ベストな修煉状態ではないかもしれないのだから、いつも以上に学法を強化して正念を強くする必要があると思いました。そこで責任を持つ立場から、私は同じチームの同修たちと私の認識を分かち合い、それによって私達はもっと良くチケットを売る効果が得られることに期待しました。私達はまた、もっと協力するためにその他の方法も討論しました。

 これらのことを通して、私達はついに、何枚かのチケットを売ることができましたが、この時点で時間もうほとんど半分を過ぎていました。私達は何枚かのチケットを売り出しましたが、満場まではまだまだ遠かったのです。私が去年売ったチケットほど多くありませんでした。より多くのチケット売場が設置されるにつれて、最後に協調人は私達のチームをばらばらにして、私は独りでチケットを売ることになりました。そこで私はやっと、自分のどこか不足があるかを発見することができました。

 去年、私は良く行ったため、自覚せずに2011年のチケット販売量まで達しようという強烈な一念を持って今年の販売活動に参加しました。私は人に神韻を紹介する時、彼らが私のチケット販売数にプラスされる一つの数字としか見なしておらず、救われるのを待つ衆生とみなしていませんでした。私はあまりにチケット販売自体に注目しすぎて、チケットを売る真の目的をわかっていませんでした。私はまた、あまりに常人の販売テクニックを強調しすぎていました。振り返って見ると、あれらの私からチケットを買った人にとって、私は恐らくただのセールスマンにすぎず、心から彼らを助けてこの上なくすばらしい体験を得させる人ではありませんでした。事実上、私は自分を実証し、自分の販売テクニックを実証しているだけでした。

 新たに認識するにつれて、より多く人が私のところでチケットを買うようになりました。しかし、4月の公演を満員にするには、まだ沢山のチケットを売らなければならないようでした、目標達成まで、とても遠かったのです。この時、公演まであと3、4週間しかありませんでした。

 ある週末、私は突然ある深い悟りを得ました。このことで私は大いに助けられました。ある当番の時、何人かの人が私の方に歩いてきて、私はそれほど説明していなかったのに彼らはチケットを買いました。この人たちの共通点は、皆すでにこの公演を知っていたことです。彼らはもうすでに公演を見に行くつもりだったかもしれないから、ちょうどその日に私はそこにいて、彼らにちょっと助力してあげて、見に行くことを決めさせたのだと思います。その日は私のチケット販売の中で最も順調な一日でした。

 私はその日の経験を考え始め、重要なことを認識しました。神韻のチケット販売の中で、私はずっと執着心がありました。常に、もし私が誰かととても良い感じで話していたのに、もしその人がその場でチケットを買わなければ、私はすぐにがっかりさせられたように感じていました。毎回このような情況が発生した時、私の心も少し揺れ動くことがあり、このような情況はよく現れました。私はこれが利己的な考えだと思いました、これはやはり自分を実証し、販売テクニックを実証することと関係があります。もしある人がすぐにチケットを買わなくても、これは決して私がよくやらなかったという意味ではないと認識できました。その人は本当はとても興味を持っていたかもしれませんが、チケットを買う準備が出来ていなかったか、友達あるいは家族とまだ相談する必要があるか、あるいは予定を調べる必要があるのかもしれません。ところが私が神韻の価値を伝えたことがきっかけで、次回彼らが再び広告を見れば、あるいは他のチケット売り場に訪れたときに、彼らに購入を促す作用を果たしたかもしれません。

 その日、私はどうして私達が一体を形成してこそ、神韻を通じてようやく人を救うことができるのが真にわかりました。人が神韻を初めて聞いてチケットを買うことはめったにありません。ある市場の統計によると、平均して7回接触してようやく買うことができるそうです。同修達はこのように努力して、各種のルートを通じて神韻を広めています。ある人はある日、テレビで神韻の紹介を見て、またある日、あるチケット売り場である同修がさらに彼に神韻を説明して、それから彼は新聞で神韻の広告を見て、電車である人が彼に一枚の宣伝ビラを渡して、最後、何週間か経った後に、彼はもう別のチケット売り場を訪れ、見に行くことを決心するというプロセスが必要なのだと思いました。

 私はこの点を理解した時、私はさらに自分を放下することができて、清浄心をもって、できるだけ多くの人に神韻の素晴らしさを話すことができました。唯一重要なのは全体を助け、共により多くのチケットを売り出すことです。

 これもできるだけ多くの人と連絡を取ることの重要性を強調しています。たとえ彼らに一枚の宣伝チラシを渡すだけでも重要です。以前は、もし時間が限られて人に深く神韻を紹介できなければ、私は人と接触したくなくなりました。なぜなら、自分の思う通りにやらなければ効果がないと思っていたからです。今、私は認識したのですが、私達がした小さな事でも、全ては人にチケットを買わせることに役立ちます。すべての小さな事を積み重ねて、また同修全体の努力によって、ようやく完売の目標に達することができます。

 (続く)

 (2012年米国ワシントンD.C.法会での発言原稿)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2012/7/15/260264.html)
 
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