文/広東省の大法弟子 賢秀
【明慧日本2012年10月27日】
三、伝統の美徳に回帰して、家庭が円満になった
法を得る前、私は俗世間の濁流に流されて、欲望と名利を追求して、気ままに生きてきました。私はかなり美しい容貌を持っているため、早くから男性と交際して、男性に囲まれて虚栄を張りながらも、内心ではとても卑屈でした。私の恋愛遍歴は「紆余曲折」でした。人を傷つけながら、自分も傷ついて、心が疲れ果て傷だらけになり、一人の時によく抑えきれずに泣きました。人生の意味が分からず、本当の幸せと楽しみとは何であるかもわかりませんでした。
結婚して4年後、家庭に危機が訪れ、離婚寸前になりました。夫と結婚した一番の理由は、彼が優しくて私を傷つけないからでした。実際、夫は私に比較的優しいほうですが、私はかえって夫に男らしさが足りない、能力が低く出世できない、私の気持ちを理解してくれない、夫婦の間に「共通の話題」が少ないなどの理由で夫を嫌っていました。子供を生んだ後に、私は自分の幸せを求めたいという理由で、彼に離婚を言い出したこともあります。彼は傷ついて、働き盛りの年齢なのに白髪が増えました。
幸い、その時に私は大法に出会って、幸運にも修煉に入りました。大法の博大で奥深い法理は私の心の垢を洗浄し、私の変異した思想を正しました。人間になるための基準、中華の神伝文化、伝統や道徳などを大法は私に教えてくれました。女性として美しい徳行はとても大切なもので、現代の女性の強がる性格、夫を圧倒する強さとけんかで問題を解決しようとする姿勢は間違っていたのだと、はじめて分かり、はじめて納得しました。今生、夫婦になれるのは大きな縁のおかげで、今どきの人のように好きな時に一緒にいて、嫌になったら軽く離婚を選んで、家族と子供にダメージをもたらすようなことをしてはいけない、と私は納得しました。
それから、私は大法の法理で自分を律して、以前の自分とはまるで別人になりました。夫婦喧嘩が起きたら、たとえ自分が間違っていないようにみえても、自分の不足を探して、もう夫を恨んだりしませんでした。私の心は明るくなり、苦痛と妬みに代わって心の中は温和と喜びでいっぱいです。私は夫に少しずつ優しい思いやりを持つようになり、夫と家庭のために尽くして家事を切り盛りし、何の不足も言わなくなりました。時には、大法の法理と伝統文化を夫に話します。私は夫から感謝、尊敬、思いやりと愛情を得ました。以前、彼がずっとしかめていた眉も穏やかになり、夫婦仲は睦まじくなって尊敬し合い、どんな事でも相談して解決しています。
以前、私と姑の仲は悪く、よく対立しました。私も姑も気が強く、互いに相手に不満を持っていました。今、姑は「あなたは以前、私に挨拶もしてくれなかったが、今はすっかり親孝行な嫁になった」と嬉しそうに言ってくれます。大法が私を正して、年長者を尊敬し親孝行をするのは良い人の美徳だと教えてくれたのです。今の私は、家庭内のすべての年長者を尊敬して、おいしいものがあれば、まず年長者に捧げて、彼らの要求を心に留め、できる限り満足させて、大半の家事を私が引き受けています。時には少々誤解されたり怒られたりしても、私は気にせず笑顔で対応して、大法の法理で彼らをなだめます。家族全員はもちろん、隣近所の人まで私のことを「今どき、姑とこんなに仲良くできる嫁はほかにいない」と認めてくれています。家族関係が睦まじくなり、毎日気分が爽快で、舅と姑の体も更に健康になりました。80歳の舅の体は10年前よりも丈夫になって、ずっと痩せていた姑の体重は10キロも増えました。
以前、私は子供の教育があまり分からず、ひたすら溺愛するか、ひたすら厳しく叩きました。修煉をしてから、私は熱心に子供に道理を言い聞かせて、本心から自分の誤りを理解して認めるように誘導しています。また、大法の法理を用いて、子供の分かる範囲で身を処する道理を教えています。我が子は比較的おとなしく、物事の良し悪しの区別を知り、わがままや腕白もなく、「良い子だ」と褒められ、勉強もちゃんとできています。
崩壊寸前の家庭を幸せで円満な家庭にしたのは、大法の力です。私は修煉してから、自分と家族がともに、この上ない福を得て、隣人に羨ましがられています。私が共産党に不法に迫害された時に、家族は私を理解して支え、ずっと私の味方をしてくれました。
(続く)