【明慧日本2012年11月23日】吉林省伊通満族(いつうまんぞく)自治県に在住の法輪功修煉者・陳敬儒さん(49歳女性)は、法輪功を学んでいるという理由で1999年7.20以来、中共(中国共産党)当局から残虐非道な迫害を受けてきた。陳さんは2回の労働教養と1回の実刑判決を下されたことがあり、また8年もの放浪生活を余儀なくされた。陳さんは繰り返し迫害を受けた末、今年10月24日に死亡した。
陳さんは伊通県食料局に勤め、財務科で会計の仕事をしていた。陳さんは1998年、法輪功を学び始めてから、法輪功の「真・善・忍」に基づいて自分を律し、責任を持って仕事に取り組み、正直で善良、寛容な心で、いつも他人のことを優先していた。このような陳さんは食料局関係者から高い評価を受けていた。
1999年7.20、中共当局は法輪功への迫害を開始した。陳さんは早速、法輪功の修煉で受けた恩恵などを政府に自ら伝えようと、北京の陳情局を訪れた。しかし、陳さんは北京の公安局に1カ月あまり拘禁された。同年10月25日の夜中、地元警察は陳さんの実家に押し入り、陳さんの身柄を拘束し、11月15日、省黒嘴子労働教養所に移送した。
教養所で陳さんは毎日、15~16時間の重労働を科され、罵倒、侮辱、殴打などの迫害を加えられた。数回にわたって、スタンガンで電気ショックを加えられ、髪の毛が焦げ、頭皮や顔、首にたくさんの水泡ができ、頸や顔が腫れた。電気ショックを加えられた後、さらに数人の警官に頬を殴られたり、蹴られたり、髪の毛を引っ張られて頭を壁にぶつけられたりした。
拷問の実演:スタンガンで電気ショックを加えられる修煉者
拷問の実演:髪の毛を引っ張られ、頭を壁にぶつけられる修煉者
陳さんは残酷な迫害をされても、決して屈することなく「転向」しなかったため、さらに労働教養の期間を1年延長され、2001年10月にやっと解放された。しかし、帰宅して2カ月後、再び地元警察に身柄を拘束され、労働教養所に送られた。陳さんは再び教養所で迫害を受け、2003年2月4日、出所した。
陳さんは帰宅しても、警官から常に監視されていた。2003年12月4日朝、公安局と派出所の警官数人が突然、陳さんの自宅に侵入し、陳さんをパトカーに押し込んだ。その後、警官らは公安局で陳さんを拷問した後、留置場に移送し、「お前に判決を下してやる」と脅迫した。
留置場で、陳さんは不当拘禁に対して断食をして抗議したが、かえって警官から強引に灌食の拷問を受けた。婦人科の診察時に使用する鉄製の器具を、警官は陳さんの口に無理に押し込んだため、歯が数本折れた。しかも、灌食された流動物の中に石炭の灰や髪の毛、ピーナッツなどが混ぜられており、灌食を受けた後、陳さんはいつも胸が痛み、呼吸が困難になった。
拷問の実演:灌食される修煉者
留置場で187日間灌食された陳さんは、65キロの体重が25キロに激減し、危篤状態に陥ったが、判決を下され、黒嘴子刑務所に送られた。しかし、公安病院で重い肺結核と診断されたため、刑務所側は陳さんの入所を拒否した。2004年6月10日、陳さんは病気治療のための一時出所として、家族に背負われて帰宅した。
陳さんが帰宅してから6カ月後、中共当局は健康診断を口実に再び連行しようとした。体がまだ完全に回復していなかった陳さんは、不当拘禁を避けるため、放浪生活を余儀なくされた。
8年の長期にわたる放浪生活の後、陳さんは当局に指名手配されたため、生計を維持しながらも当局の目を避けなければならなかった。13年間、当局の迫害で苦しめられた陳さんは、重い病状が現れ、10月24日、この世を去った。