明慧法会|教壇から広大な修煉の路へ(二)
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2013年7月2日】

 四、自分をしっかり修め、人を救うためのゆとりある環境を作り出す

 「法を学びて法を得る 比して学び比して修す 事々対照し 做すところ到るはこれ修なり(『洪吟』「実修」)」と、師父は説かれています。16年近い修煉を通じて、師父が要求される内容に沿って厳しく行い、家庭で、勤め先で、隣近所で、どこでも良い人になり、いつも笑みをたたえにこにこしていました。私は舅と姑と両親に孝行をし、父親に相応して子を教え諭し、伝統的な良妻賢母になりました。夫と2人の子供はしばらく修煉していませんでしたが、私が法を実証する事を支持してくれ、資料を配布しに出かける時は、夫がバイクを運転し、辺鄙な片田舎でも、どんな山奥でも、どんな遠いところでも、いつも愚痴一つ言いませんでした。資料を作る時は、夫と2人の子供は折りたたみ、製本し、包装を助けてくれました。舅は70を過ぎており、おととし、脳梗塞で入院して治療した際、私と夫はずっと世話をしました。舅は共産党の党員で、大変悪影響を受けていましたが、毎年、舅に脱退を勧め、少なくとも20回以上勧めましたが、やはり脱退しませんでした。入院中、私が心を込めて世話したおかげで、舅は本心から感謝の念が湧いたのでしょう、やっと自分から悪党のすべての違法組織を脱退した後は、邪な連中の制御がなくなり、人間らしさが戻って来て、喜んで「法輪大法は素晴らしい、真善忍は素晴らしい」と念じていました。後になって検査してみると、脳血栓は消失していました。去年、姑が転んで足をけがして20数日間入院して治療した時、私は下の世話をし、飲ませたり食べさせたりして、毎日、お湯で体の清拭をしたので、整骨科の医師や看護師や他の病人は大変うらやましく思い、姑に、「あなたのところの娘はとても親孝行ですね!」と言いました。姑が娘ではなく嫁だというと、みな感心しました。「こんな良い人間、こんないいお嫁さんは、今や珍しくなった」と、70歳をすぎた病人が言いました。病院から実家に帰り、夫は姉妹が5人いるのですが、誰も身の回りの世話をしたがらず、私は出勤しなければならなかったのですが、学校で世話をすることを受けいれてくれたので、姑の病気が治るまで学校で40数日間世話をしました。

 農繁期はいつも、家に帰ると農作業を手伝いました。「あの家の嫁はとても良くできていて、伝統的で近代的、文武両道に優れているので、今後は、法輪功を修煉したい子供を探しましょう」と、村人はみな、話しました。学校では、毎週、20数時限の授業があり、私が受け持っているクラスの成績は、全校、村全体の中で、優等でした。校長は私の信仰を尊重し、よく表彰してくれるだけでなく、「彼女は良い先生であるばかりでなく、親孝行な嫁で、結婚して20数年経っても、家族と一度も喧嘩をしたことがなく、これは法輪功のみができることだ」と村で褒め称えました。

 真に自分をしっかり修め、大法の道を歩めば、佛法には果てがないのですから、師父は何事も私をお助けくださり、私のためにすべての魔難を解消してくださいました。一昨年、私と2人の女性同修が一台の荷物運送トラックを運転して県外へ資料を配布しに行った時、日が暮れて道がわからなかったので、気を抜いた途端、排水溝に落ちてしまいました。左側に座っていた同修が投げ出され、私は車内で足が引っ掛かったために、頭が先に着地してしまい、3人とも倒れて気を失いました。そのうちに、地面に投げ出された同修の意識がはっきりして、私を助け起こそうとした時、「足が引っ掛かっていて、痛い」と、私は話しました。「物事の善し悪しは人間の一念によるもの、私たちには師父のお助けがありますから、大したことはありません」と、地面に投げ出された同修は言いました。「もう大丈夫」と、私が言い、地面に投げ出された同修が私の足を外してくれました。この時、車を運転していた女性の同修の意識もはっきりしてきたので、近くの県城の知り合いに電話をして車を運転して来てもらい、車を引き上げてから、私たち3人を郷里へ送り返してくれたのですが、この頃、夜が明けてきました。私は学校に帰って授業に出たいと思いました。「あなたの身体には大量の血がついていると言われて、チェックしてみると、なんと、後頭部の突き出した部分が転んだ時に大きく裂けてしまい、上着とズボンの後ろが完全に血に染まっている」と、同修は驚いて言いました。私がそれでも「何でもない」と言い張ると、2人の同修が「何にしても、止血のために傷口を縛らなければならない」と話しました。山村の診療所に行くと、医者が見て、「あなたたちは命を軽く扱っている。これほどたくさん血が流れているのだから、急いで縫合します」と、怒って言いました。そして、学校に帰り、2日ほど休日を取ってから授業に出ました。3日目、頭皮が少し痛かったので、夫に見てもらうと、「13針も縫ってある」と驚いて言いました。私は「何でもない」と話しました。再び、大法の素晴らしさを実証したので、家族は感心しました。

 ある日の晩、私たち3人はまた資料を配布しに行きました。その村は大きく、険しい道で、住んでいる人はたくさんいたのですが、私たちは来たことがなかったので、800部以上の資料しか持ち合わせていない事を後悔し、資料がいきわたらない事を私は本当に心配しましたが、「師父に加持をお願いして、資料が増えれば、資料がいきわたることを保証できますから、私たちはひたすら配布すれば、それでいいのです」と、同修は言いました。本当でした。というのも、村を出るとき、まだ10部ほどのゆとりがあったので、さらに、別の場所に行って配り終えて、私たちはとても喜びました。予想では、1000部以上配ったのですが、これはみな、師父の加持がお見せになった神の奇跡です。大法が私の身に現した神の奇跡はたくさんあるのですが、ページ数の関係で、ここではすべてを列挙しません。

 はじめてインターネット法会に参加しましたが、うまく書けませんでした。「よい文章は修煉してできるもので、書き上げるものではなく、つまり、自分の修煉の中間総括です」と、同修は言いました。自分の修煉が良くできていない、ということを、私は承知しており、これが根本的な問題なのです。最後の限られた時間内に、師父の話を聞き、自分の恐れる心、顕示心、怠ける心などの人心を修煉し、己の職責を全うし、史前の誓約を実行し、自分の修煉に悔いを残さないようにして、師父に満足のできる答案をお渡しすることを、私は決心しました。適当でないところは、慈悲深いご指摘をお願い申し上げます。

 ありがとうございます、師父! 同修の皆さん、感謝いたします! 合掌。

 (完)

 (明慧ネット第8回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2011/11/24/249179.html)
 
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