明慧ネットの文章で真相を伝える
■ 印刷版
 

文/中国の大法弟子

明慧ネット2013年11月7日】私の夫は修煉しない常人です。彼は私の修煉を支持し、三つのことも反対しません。時には手伝いまでしてくれます。しかし、彼の心には未だに納得しないいくつかの問題がありました。例えば、彼はまた中国共産党に幻想を抱いています。しかも、共産党の邪悪な本質に対し、しっかりと認識していません。共産党が大法弟子を迫害する動機が見分けられず、時には無感覚で、神の存在も信じていません。彼は動態ネットにあまりアクセスしないし、明慧ネットをなおさら見もしません(これは私がしっかり修煉していないからです。私はこの状態を突破しなければなりません)。以前私は彼の「真相」に対する無関心に、恨み、怒りを覚えていました。私はいつも闘争心を持って彼と論争し、私の考え方を認めて欲しいと思いました。しかし、往々にして希望通りに事が運びませんでした。

 その後、私は明慧ネットの『時事評論』の文章を集中的に整理して、彼の心の問題点に焦点を絞って印刷して、数日おきに、茶卓の上に少しずつ置くようにしました。すると、彼はざっと見るのではなく、本当にまじめに読みました。次第に、彼の共産党に対する認識は変わりました。朝晩散歩する時、他の人と話す内容の多くは「時事評論」のものとなり、更に進んで壁を破る(訳者注:ネット封鎖を突破する)ソフトウェアが欲しいと言いました。彼はまた真相カレンダーを友達に送ったり、捨てられた真相小冊子を拾って来たりしました。彼は口では言わないですが(私が強気になるのを心配している)、彼は大法弟子が書いた評論を賞賛して認めていることが分かります。

 私は真相を伝え三退を勧める時、靴の修理屋の劉さんと知り合いました。劉さんは自ら三退をしただけではなく、知り合いの人にも真相を伝え、三退を勧めてくれます。そのため、彼の商売はとても繁盛して、お店が開店するとすぐお客さんが入ります。時には彼の部屋に人がいっぱい座って雑談し、外では将棋をやる人もいます。この人たちは真相小冊子にあまり興味を示していないと見て、私は明慧ネット『時事評論』の中の「智者たちの先見」、「時間は人を待たない 中国人は早く目覚めよう」、「母親を窮地に追い込む親不孝の息子」、「高官の失脚で天意が明らかに 悪の報い、天罰の実例」、「仏に拝むことと三退」、「中共司法官の集団買春について」、「あなたの給料は本当に共産党が支給したのか」、「中国共産党の邪悪は永遠に変わらない」、「天がそれを滅亡させるなら、必ず先に理性を失わせる」、「天象の警示に耳を傾ける」、「善悪に報いあり」、「彼女たちはなぜ悪魔になったのか」、「中国共産党は司法官をどのような人に変えようとしているのか」、「因果と転換」、「再び中国共産党の迫害で失明させることができない」、「神は私達の周りにいる」、「中共の法廷審理という名の政治ショー」、「修行者を妨害した人の末路」、「中国共産党の罪悪」などを数回に分けて印刷して彼らに持って行きました。彼らはとても興味を示してくれました。その後、劉さんは私を見ると必ず「また(資料)ありますか?」と聞きます。私が数ページから20数ページの評論文章を印刷して、劉さんに持っていく時、彼はいつも嬉しそうに大声で「よかった! よかった!」と言います。私が「みんなに見せましたか?」と聞くと、彼は「みんなに見せています。必ず見せます。みんな読んでいます」と言いました。

 私が前に勤めていた学校の教員のほとんどは三退をしました。しかし、残り2人だけは未だに説得できていません。私はとても焦っています。彼らは元校長と教務主任で、どちらも大卒で、共産党員です。70代になった彼らは、神を信じませんし、しかも「共産党が給料を支給してくれていたから、裏切ることが出来ません」と未だに考えています。彼らは時事にとても関心を持ち、それを議論することが好きです。先月私は上記の文章を印刷して、それぞれの家に持って行きました。私は「賢い人は賢い人が書いた文章を読んでください。私はあなたの事を気にかけていますから、また来ますね(三退を勧める)」と言いました。彼らはとても嬉しそうに、二つ返事で受け取りました。私はもう一部をもう1人の元の教務主任に送りました、彼は遼寧大学の国語専攻の出身です。3日目、街でこの方(彼はすでに三退した)に会った時、彼は「くれたものを読みました。とても良く書けていますね」。私は「全部読みましたか」と聞いたら、「すべて見ました……。実は上の人たちは最も向きを変えやすい」と言いました。彼が言う「向きを変える」には二つの意味があると思いました。1つは失脚すること、もう1つは脱党すること。彼は軽々しく人に従ったり、褒めたりしない人です。しかし、彼はこれらの文章を大いに賞賛して、「これは普通の人が書けるものではない。しかも書く勇気が誰にでもあるわけではない」と言いました。彼は一緒に散歩する人を待っていたため、私は彼と別れを告げました。彼は読んだものを彼の友人に話してあげるでしょう。彼らは生きたマスコミですよ。これらの年配の知識人はいつも一緒に盛んに議論し、多くの人は彼らの話を聞きたがっていますから。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2013/10/27/281606.html)
 
関連文章