師父を固く信じ 5年間の刑務所生活を乗り越える(一)
■ 印刷版
 

文/中国の大法弟子

 【明惠日本2014年2月15日】(次の文へ

 私はこれまでの8年間で、2回の刑務所での苦難を経験し、刑務所でまる5年間過ごしました。この間、私は旧勢力が手配した道を歩んで、師父にご迷惑ばかりおかけして、申し訳ないとつくづく思いました。しかし、私は師父に対する感謝の念から、「私が刑務所で師父のご加護の下で1回1回邪悪の按排を否定したこと、また自分が体得した法理や大法の超常的、神秘的な現れを目にしたことを書いて、師父と大法に対する感謝の意を表したい」と思いました。

 「名札をつけない」

 2007年の夏、私は再び中共(中国共産党)によって不当に連行されました。私は邪悪に一切協力せず、全過程ではいかなる供述もせず、証拠もありませんでしたが、やはり5年の判決が不当に宣告されました。2008年7月、私はもう一人の同修と一緒に刑務所に移送されました。途中、私達はずっと「法輪大法は素晴らしい!」「私の師父の潔白を返せ! 法輪功の潔白を返せ!」と叫び、省都に到着するまで叫び続けました。車が停まると、窓を開けて外に向かって叫び、時には叫ぶのが遅れると、運転手に「どうして叫ばないの?」と聞かれ、私達はまた引き続き叫び、ずっと刑務所に到着するまで続けました。健康診断を受けると、私達は共に、心臓病と高血圧症と診断され、刑務所は私達の収監を拒否しました。拘置所の警官は賄賂を贈り、裏取り引きをして刑務所側はようやく私達を収容しました。

 刑務所では、私はいわゆる「転向」に対して正念で解体し、申し立ての権利を手に入れ、この機会を利用して真相を伝えました。私は師父の教え「大法弟子として、なぜ迫害を受けているときに、邪悪の徒を恐れるのでしょうか? 肝心なことは執着があるということですが、そうでなければ、消極的に耐えるのではなく、絶えず正念をもって悪人を正視してください。たとえどのような環境にあっても、邪悪の要求や命令、指図には従わないようにしてください。皆さんがみな、このようにすれば、環境はこのようなものではなくなります」[1]をしっかりと心に刻みました。

 最初の頃、私は名札を付けることを拒否する勇気がありませんでした。しかし、師父は私に名札を付けさせませんでした。私が付けると、名札が取れたり、時には壊れたりしました。ある時、夜仕事を終えて、刑務所の幹部3人が終了後の検査をして、私が名札を付けていないのを見て、「名前は?」と聞きました。私は「大法弟子」と答えました。彼女が「何の罪かは聞いていない。あんたの名前を聞いている」と言うと、私は「私は罪なんか犯していません」と答えました。最後、彼女は「分かった。あんたは名前だけ言いなさい」と言いました。私は正々堂々と名前を教えました。彼女は当番に当たっている課長に向って「xxは名札を付けていない。また名前は大法弟子だと言っている」とわめきました。数日後、その課長は私を呼び出し、私に何もせず、その上、高血圧を治療する民間処方まで教えてくれました。私は心から彼女に感謝しています。

  2009年9月のある日、私たちの仕事の検査をするため、刑務所の管理局から人が派遣されて来ました。私が名札を付けていないのを見て、「おまえの名札は?」と聞きました。私はその時少し興奮して、「私は付けません」と頭を上げて答えました。彼女はこのような回答を予想しなかったため、とても驚いた様子でした。私も少し後悔しました。私の態度は大法弟子の慈悲と穏やかさを表現していなかったからです。ちょうどその時、大隊長が幹部らしき人を同行して来ました。彼女も私に「どうして名札を付けないのですか?」と聞きました。私は立ち上がって、穏やかに「私は法輪功の修煉者です。私は申し立てをしています! 私は名札を付けません」と答えました。彼女は頷いて理解しました。この検査で、もう1人の名札を付けていない同修は「名札が壊れた」と答えたため、結局200点引かれました。私は正々堂々と答えて、1点も引かれませんでした。師父が私のやり方を認めてくださったのだと私は認識しました。

  邪悪な嫌がらせを解体する

 2009年の夏のある日、私はトイレに行く届けを出しました。刑務所では1日に2回しかトイレは行かせてもらえません。私は「転向」せず、刑務所側の要求に「協力しない」ため、トイレにはなかなか行かせてもらえませんでした。特に私は高血圧、心臓病を患っており、5、6時間に1回ではとてもそれを守れるはずがありません。当時、監区長は私に「あんたが名札を付ければ行かせる。しかも、あんたの要求にはすべて応じる」と言いました。これは不当な要求で、人間の生理的欲求をどうしてイデオロギーなどと同列に論じるのでしょうか? まして私は無実なのでなおさらです! 私は監区長の不当な要求に応じる訳にはいきません。そこで、私は真相を伝えました。しかし、話を聞かず、ずっと私に関係ない話ばかりをしました。私が本当にトイレに行きたいかどうかを試すために、わざとトイレに行くのを遅らせ、私を苦しめようとしました。

 そこで、私は「もし、あなたがこれ以上トイレに行かせてくれなければ、私はあなたの事務室で用を足します」と言いました。監区長はなんと同意しました。私が同じ言葉を2回繰り返しても、依然として私に行かせませんでした。私は「もうこれしかない、そうしなければ、監区長はこれで問題を起こす」と思い、本当に事務室で排尿しました。私は「とても恥ずかしいのですが、これ以上我慢できませんでしたから。もうトイレに行かなくてもよいので帰ります」と言いました。監区長は顔が赤くなったり白くなったりして、最後に門衛をしている受刑者を呼んで来て、事務室を掃除させました。

 それ以後、私はもう届け出をしないで、トイレに行きたければ行くようにしました。監区長は諦めず、小隊の実行員(受刑者のボス)を使って私をいじめました。ある日、私がトイレから出てくると、彼女は私に「無断でトイレに行ったな」と怒りました。私は彼女に真相を伝えましたが、話を聞いてくれませんでした。仕事が終わって、私が買い物をしようとすると、彼女は私には売らず、その上私のことを、厚かましい、ものを奪い取ると罵倒しました。

 彼女が大法弟子のことを厚かましいと言っているのを聞いて、私は爆発しました。私は小隊の広場を3周しながら、大声で「今はどんな世の中でしょうか? 1人の詐欺師が大法弟子を厚かましいと罵るとは、とんでもありません。あなたはそれだけのお金をだまし取っているのに厚かましいと思わずに、真善忍を修める修煉者を厚かましいとよく言えますね」と叫びました。このことは当番に当たった隊長を驚かせ、彼女は私に「実行員が間違っている。明日彼女を処分する」と言いました。私は「駄目です。彼女はまだ私に買い物をさせてくれていません」と言いました。彼女は「今日は誰も買い物できません」と言いました。

 翌日、大隊長は小隊長と一緒に来て、私に「実行員はあなたに買い物をさせないで、その上、あなたを罵りました。あなたは怒ったでしょう」と言いました。私は「その通りです、私が怒るのは当然です。彼女は実行員になる資格がありません」と言いました。彼女たちは実行員のボスは臨時雇いだと言い、1週間後、邪悪に協力して大法弟子を迫害したそのボスは下ろされました。

 監区長は私をさらに迫害しようとしました。ある日、監区長は私を事務室まで呼び出して、私が名札を付けないので「独房」に監禁すると言いました。また隊長に手錠を取りに行かせて、1枚の紙に私の名前を書いて「独房」に移送しようとしました。その時、私は大法弟子が独房に入れられるものかと思い、隊長の後について、ドアから飛び出しました。この時に監区長も突き進んできて私に追いついて、手を伸ばして私を掴みました。彼女の手が私の背中に触れた時、私は全身の力を込めて「法輪大法は素晴らしい!」と叫びました。それから気を失いました。彼らの話によると、私はその時血圧が高くなり、心臓発作を起こし、倒れた際に、体が監区長を倒したそうです。意識が戻った時は、5、6人の警官により監区長の事務室に引っぱり込まれており、先ほどのことは一切覚えていませんでした。私は再び「法輪大法は素晴らしい」と叫びましたが、警官に口をしっかりと覆われました。私はまた気を失いました。彼らは私を事務室に引き込んで、薬を飲ませようと相談しているようでした。私は意識朦朧の中で、彼らに「誰かが私に薬を飲ませ、もし私が死んだら、その人が責任を取らなければなりません」と言いました。そこで、彼らは薬を飲ませることをしませんでした。数時間後、私の手足はようやく感覚が戻ってきました。

  このようにして、私は心の底から呼び掛けて、また独房に監禁する迫害も解体しました。しかし、このすべては師父が私のために引き受けてくださったからです。私は本当に師父がおっしゃった「もし困難の前で、念が非常に正しければ、邪悪の迫害や妨害を前にするとき、あなたが言った、正念の強い一言は邪悪を直ちに解体することができ、(拍手)邪悪に利用された人がすぐに逃げてしまい、邪悪のあなたに対する迫害はすぐ消え、邪悪のあなたに対する妨害を即刻になくすことができます。正しい信念というこの一念だけですが、この正念を守りきることができる人は、最後まで歩むことができ、大法によって造られた偉大な神になるのです」[2]のお言葉を体得いたしました。

 邪悪の不当な要求に協力しない

 法を正す進展に従い、邪悪もますます凶暴で残酷になりました。彼らは労役の強度を強め、多くの人が果たせないように仕事量を設定し、完成出来ない人に食事をさせないようにしました。また「連座制」を取り入れ、団体責任として最後に小隊全員に食事をさせなくなりました。私は「このような迫害に甘んじるわけにはいかない」と思い、私は命令を聞き入れず、食事に行きました。隊長は私を止め、食事に行かせないで、「あんたが食べるなら監区長の所に行きなさい。もう帰ってこなくてもよい」と言いました。つまりそこで私をやっつけるという意味でした。私は「結構です」と言って、階段を降りて行きました。彼女はとても驚いて、刑務所の中では単独行動は最大の規律違反で、法輪功に対しては特にそうです。彼女は急いで門衛をしている受刑者を呼び、私と一緒に食事をしに行かせました。その後も、彼らはよく受刑者に食事をさせないようにしましたが、私はずっと同じ方法で食事をしました。ここの受刑者はみんな私のことを「最も幸せな人、少なくとも飢える苦しみがない」と言いました。私がやり続けてきたため、食事を採らせないという規則は解体されました。その後、食事の時間には、作業場の全員が食事に行き、作業場に人を残してはいけないこととなりました。

 しかし、その後にしたのは洗顔と歯磨きをさせないことでした。暑い日に12時間以上も仕事をして、帰ってから、顔を洗ったり歯を磨いたりすることをさせてもらえず、囚人服のままで、就寝するまで整理箱の上に座らされていました。私は協力しませんでした。執行員が洗顔、歯磨き禁止と知らせた時、当番の警官のボスが入って来ました。私は真っ直ぐ彼女の前に行きました。私はとても怒っており、とても猛スピードで彼女の目の前に現れたため、彼女は驚いて後ろに下がりながら、「あんたは何をするつもり? あんたは何をするつもり?」と叫びました。私は彼女に「誰が洗顔、歯磨きの禁止令を出したのですか?」と聞くと、彼女はきっぱり否認しました。彼女が出て行ってから、雑務係りが「洗顔、歯磨きをしなさい」と呼びかけました。そのため、洗顔、歯磨き禁止令も解体されました。

 ある時、他の小隊に同修がちょうど入所して、強制的な「転向」の迫害を受け、残酷な拷問を受けました。邪悪たちはドアのガラス窓に紙を張りつけ、思いのままに同修を迫害しました。私はそのことを知った後に、翌日作業場に座って真相を伝えようと考えていました。警官はその様子を見て、受刑者の「大物」に頼んで私と話をさせました。「勝手にやるのもいいが、気をつけろ」とか、「自分も守れないのに他人に構っていられないだろう」とか言われました。私は恐れず、彼らに「誰があなた達にこの権力を与えたのですか?」と聞きました。1時間の真相伝えによって、彼女は三退しました。彼女は私に他の要求があるかと聞きました。私は「窓になぜ紙を貼り付けるのですか? 何か不都合なことでもありますか?」と聞きました。彼女は貼り付けた紙を外すことを約束してくれました。あの2人の「受刑者」もだいぶおとなしくなりました。

 毎日の仕事が終わると、必ず列に並んで帰るのですが、私はその列の中で歩きたくないため、よく列から離れて最後尾を歩いていました。彼らは私を1列目に立たせました。その結果、私が先頭にいる列はまるで自由市場をぶらぶらしているような形となりました。他の監区の警官は「この隊列はどこの監区の者か? こんな形になっていいのか?」と聞いてきました。私は邪悪に協力しませんでした。私は「もう刑務所に入った以上、放下できないものはない。私はここで邪悪を一掃し、大法を実証しよう」と思いました。

  またある日、私が日曜日の残業に行かなかったため、区長が見周り、心臓発作が起きているのを見て、私を刑務所の病院に送りました。12月28日から翌年の2月まで、私を戻らせませんでした。聞くところによると、監区は私を独房に入れて、その後、厳管大隊に移送して迫害しようと考えていたそうです。その時、同修はいろんな方法を考え、私に伝えてきました。同修たちは私の家族に頼んで助けを求めようとしました。その時、私に恐れる心が出てきて、家族にコネを探してほしいと思い、また家族と共に迫害に反対すると、格好の良い口実にしようとしました。しかし、内心では「これは自分を騙しているのだ」と自身に言い聞かせました。

 私は一晩考えた結果、家族の助けは要らない、師父だけにお願いすればよいと思いました。私は気持ちが楽になりました。私は「私には何も必要ありません。ありがとうございました」(つまり人に頼む必要がないということ)と伝言しました。3日後、奇跡が現れました。家族が私に会いにきました。爪切りがなく、2カ月間爪を切っていない私は、爪切りを許されました。しかも、すぐ家に帰って、新年を過ごすようにと言われました。師父を信頼することは本当に素晴らしいことです。師父は何から何まですべて考えてくださるからです。このように、私は「師父に委ねる」の一念で独房に収容される迫害と厳管大隊に移送される迫害を解体しました。

 私はつくづく思いました。私が師父の話を聞いて、邪悪の不当な要求に応じないため、師父は私を助けてくださり、また、私が師父を信じ、師父のすべての言葉を信じた結果、大法は私の体に奇跡を起こしてくださったのです。もし師父が私を守ってくださらなければ、この小さな私はどうしてこの国家権力に対抗できたのでしょうか? しかも、ここは大法弟子を迫害する黒巣です。私の正念が法に合致していたので、邪悪は法を破壊する勇気がありません。

  (続く)

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『精進要旨(二)』「大法弟子の正念は威力あるものである」
 [2] 李洪志師父の経文:『各地での説法七』 「米国首都法会での説法」

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2014/1/9/285442.html)
 
関連文章