文/米国ベイエリアの大法弟子
【明慧日本2016年2月24日】私は中国出身の大法弟子です。2014年、イギリスでの仕事を辞めて、米国ベイエリアの大紀元支社に来て、フルタイムの広告営業の仕事を始めました。その仕事のおかげで、私は自分の修煉の根本問題が見つかり、長期にわたり固守していた良い習慣は実は一種の観念だったということも分かりました。
「大法弟子が設立した新聞社やテレビ局で営業の仕事は容易い仕事ではない」と前々から耳にしていましたが、私は自信満々でベイエリアの大紀元支社にやって来ました。イギリスにいた時、私はある有名な海運会社で事業拡大営業部のマネージャーを務め、その会社では唯一の華人マネージャーであり、大法プロジェクトをする中でも、市場開発、販売、取引先との面談など、ずっと突き進んでいました。私は仕事においても大法の活動においても、良い経験を積んできました。しかし、さすがにメディア業界での経験がないので、米国に行く前に、私は完璧な学習プランを作って、営業に関する20冊ものの本を買いました。ベイエリアに行く前、私はすでに4冊の本の勉強を終えていました。計画性があること、真面目、勉強好きは私の良い習慣だと思っていました。
ベイエリアの大紀元支社に来た後、私は絶対勝つという自信を抱いて、全身全霊に営業の仕事に打ち込みました。平日、私は毎日早朝の2時45分に起きて、発正念をしてからオフィスに行き、そこで学法と煉功をしてから、1日の仕事を始めます。決めた事ならば必ずやり遂げなければならないと私は自分に要求しています。この文章を書くまでの11ヶ月間、私は一度もだらけたことがありません。
しかしはじめてみると現実は全くの予想外で、私はどんなに努力しても一件の契約も取れませんでした。私のように朝から晩まで苦労していないのに、他の営業マンは次から次へと簡単に契約を取っていました。それを見ると私は心の底から猛烈に嫉妬心が湧きました。しかし幸いにも、心の状態が悪かったら、どんな時でも、すぐ学法をして自分の心を正すということは忘れていませんでした。
毎日、私は修煉と営業の仕事に励み、執着に気付いたら放下するように励んで、歯を喰いしばって続けていました。1カ月、2カ月、3カ月、6カ月目になった時、私の心はとても苦しく、限界が来たと感じました。毎日怠らずに発正念し妨害を除去して、毎日怠らずに学法と煉功も続けて、毎日営業の仕事にも励んでいる。やるべきことをすべてやっているのに、これ以上どのように向上するというのでしょうか? 私は修煉のやり方が分からなくなったと感じました。ある日、眠る前に、私は師父に「師父よ、私のどこが駄目だったかを、夢でお教えください。私は必ず直します」と誠心誠意に話しました。しかし結局、何の夢も見ませんでした。
あの頃、私は感情的にとても脆くなりました。営業を始めたばかりのある同修が数本の電話を掛けただけで、得意先から広告契約を取ることになったと聞いた時は、人のいない場所に車を泊めて号泣しました。自分は世界中で最も愚かな人で、他の人は広告を取れるのに、私だけは永遠に売り出せないと感じました。私は絶望の涙を流しながら師父に「師父! 私はまだ修煉途中にあり、まだ神になっていません。師父の要求は高すぎて、私にはできません!」と話しました。しかし泣いた後すぐに修煉者としての自覚が頭に戻りました。そしてどうして新人まで嫉妬するのか、すぐに広告契約を結べることは彼らにとってどれほどの激励だろう、もしもいずれ誰かがあの最も難しい道を歩まないといけないなら、自分に歩ませて欲しいと私は思いました。
しかし7カ月目になっても、私の業績といえば1カ月の広告契約を取れただけでした。これっぽっちの業績では、少しも私の心の苦痛を緩和できませんでした。ちょうどその時から、四肢の関節が腫れて痛み始めました。歩くことも階段を下りることも困難になって、朝、服を着るだけで30分かかり、その頃は容器のふたさえ開けられないほど手首が痛かったのです。発正念すること、内に向けて探すことに一層力を入れたのですが、効果がありません。自分に一体どんな問題が出たか知りませんが、どんな妨害であっても私に大法の仕事を止めさせることができませんでした。私は依然として早起きして、こわばる足を引っ張って家を出て、心の中で「万般の苦を歴尽くし 両脚は千魔を踏む[1]を暗唱しながら痛みを堪え、1段1段階段を下りました。
その頃はちょうど神韻宣伝をする時期で、私はよくモールに設置している販売拠点で当番しました。心は神韻でいっぱいになった時、体の痛みを忘れました。当時、チームの同修たちは毎日私のために発正念して、私と交流して、生活の面倒を見てくれていました。彼らの無私の助けのおかげで、私は最も苦難に満ちた日々の中で正念を保つことができ、修煉の足どりを停止しませんでした。長年の修煉において自分の最も根本的な問題点が見つかったのも、その頃でした。私の苦難はなぜこんなに大きいのかと聞くと、「ベイエリア大紀元オフィスで主流階層に向けて営業をやる唯一の人だから」と言ってくれる同修がいますが、しかし、営業業績がこんなに悪いのは、修煉がちゃんと出来ていないからだと私は最終的に悟りました。
師父と大法を信じること
ある日、管理層のAさんが私に仕事を依頼してきました。私は承諾しましたが、しかし能力から見ても英語のレベルから見ても、自分は適任ではないと感じました。心の中はとてもわだかまりがあったため、私は学法して同修と交流しました。そしてやっと自分の修煉の根本的な問題点が見つかりました、それはつまり師父と大法をどれほど信じるかどうかということでした。
私は小さい時から勉強好きでとても自信家でした。大法を実証するために必要ならば、何でも勉強していました。勉強と実践を通じて、それを自分の知識、経験、能力にして、それによって更に自信を強めます。では、Aさんに依頼された仕事はどうして私の心をこれほど苦しめたのでしょうか、あれは私の能力範囲を超えたからです。長年、私が信じていたのは実は自分の能力で、師父ではありませんでした。その時、同修のBさんが「自分に何かの技能が足りないと感じた時、私はいつも師父に助けを求める」と話した言葉が脳裏に浮かびました。当時、彼女の言葉を聞いて私はしばらく何も考えられず返事ができませんでした。なぜなら、もしも自分に何か技能が足りないような時には、私は第一に「関連の本を探して勉強する」という反応をするからです。
私が常人社会で身に付けた、いわゆる良い習慣は事業を成功させ、またその反応を強化して、自分の中でだんだんと「そのようにしてこそ、はじめて成功できる」という観念を形成しました。形成してから私は観念に主導され、仕事をすると自動的にいわゆる自らが作った「成功モデル」に入ります。もしも私が持っている常人の能力をすべて取ってしまったら、私はまた「自分にできる」と信じるでしょうか? それを悟った瞬間、修煉の偉大さを実感しました。いわゆる「良好な習慣」でも、実は一種の観念だとはじめて看破することができました。
普段、私の営業対象は主流社会の企業であり、中国系の企業に電話したりはしませんが、ある日、偶然なきっかけで私はある中国系の小さい会社に広告勧誘の電話をしました。相手はとても頑なに広告の契約はしないと言い張るのですが、なぜか私に資料を1部送付するようにと依頼しました。その会社は大きくなかったため、私はメールで資料を送っただけでその後のフォローをしませんでした。2週間後、新人のCさんはその会社から広告契約を勝ち取って、しかも3カ月の料金を一括で前払いしてもらいました。夜、成約したコツを尋ねたくて、私はCさんに電話をかけました。彼女は、「あの日は渋滞で遅刻していて、私はずっと発正念して師父に助けを求めていました。そのあと得意先と20分ほど立ち話をしたら契約を結べました。私は車の中に戻って涙が止まらなかったです」、と私に言ってくれました。「契約も取ったではないですか、どうして泣くのですか」と尋ねると。彼女は「すべては師父がやってくださったから」と答えました。これは彼女が一人でとったはじめての成約です。なんと純粋な心だろうと、私の目にも涙が流れました。長年ずっと私は多くの知識を学んで自分の能力も証明したけど、困難に遭った時にいつも「私ならできる」と自分を励ましていました。しかしその「できる」の背後にあったのは自己の能力に対する自信であり、師父と大法に対する信頼、修煉に対する信念ではありませんでした。
求めずに自ずから得る
私は何をやっても計画を立て、いったん計画を立てたらなんとかやり遂げるように頑張ります。だから私は毎日とても忙しいです。皮肉なことに、どんなに努力しも契約を一向に取れません。私はそのように一筋に努力し続けていました。
ある日、同修Dさんが私にこのようなことを話しました。「どうして私とあなたの机は隣どうしになったと思いますか、性格が違う私たち2人が互いに補完できるように、師父はそのように按排されたのではないでしょうか? あなたには私が少し電話をかけたらアポを取れて、会ったら契約を取れ、とても楽に広告契約を取れているように見えるかもしれません。しかしあなたは知っているでしょうか? 私は他の同修に『司会者をやれ』と頼まれれば司会者をやり、『営業をやれ』と頼まれれば私は営業をやります。大法を実証するための仕事なら、何をやれと言われても私は従います。『求めずに自ずから得る』、だから師父は成果を私に下さったのです」。
私はDさんの言葉を聞いて厳粛に自身を見直し、彼との間の差を発見しました。自分の営業の仕事を妨げること、計画を遅らせることを私はすべて妨害と思います。例えば、私は自炊をあまりしなくて、同修たちとあまり会話もしません。私はとても孤高な人のようで、会話をしようとしてもすると私の時間を無駄にしてしまうのではないかと恐れて、私に話しかける勇気もないと同修たちが言っています。表面から見ると私はとても仕事に集中しているようですが、実は自我に固執して、自分の都合を何より大切に思っているだけです。師父は「自分を強調し、自分のための考えがあればあるほど、威徳はありません。そのために行ったことも成功しにくく、良く行うこともできないのです。大法のことは他でもなく最も神聖なことであるべきなので、自分の観念、自分の要素を持たなければ持たないほど、良くなり成功する可能性が高いのです。」[2]とおっしゃいました。
目標の実現をあまりにも大切に思うがゆえに、すべての努力の裏に、負けず嫌いな自分が、歯を食いしばり意地を張っていました。その結果、自然な状態とはどんな状態か、修煉者の持つべき落ち着きと和やかさはどんなものかを私は忘れていました。同修たちは、私がとても緊張しているので、リラックスできないとよく言います。実は修煉は師父がおっしゃったことに従って「気機に導かれるがままに」[3]するべきなのです。あの日の会話のおかげで、私はやっと得心がいきました。
本質から変える
私は何でもきちんとする性格なため、早起きして煉功を続けることは、私にとって大きい難題ではありません。オフィスにみんなが毎日自分の学法と煉功の状況を書き込む台帳があります。ある日、台帳の前に立って自分が入れた「チェック」マークを見て、心の中が突然辛くなってきました。「チェック」を入れることは、修煉もちゃんとやり遂げたと思うか、学法する時に法を心に刻んだか、煉功と発正念をする時に心を静めた状態になったか、と私は自分に問うてみました。多くの事に関して私は表面の形を重視して、つまりよく修煉している印象を周囲に残すことを重視しすぎて、着実に修煉し得ていないかもしれない、と私は悟りました。私たちはよく表面の現象を見て「◯◯同修の修煉が良くできているね」と感慨したりしますが、その同修の本当の修煉状態を私たちは知っているのでしょうか。
ある日の朝、放送の仕事があり、早朝の煉功を途中までしかできませんでした。そして夜、また緊急な事があって遅くまで処理しました。そんな時、ふだん私は寝る前にきっと残った煉功をどうにかしてやっています。それは台帳に「☓」を書きたくないからです。「優等生」の体裁を維持することを煉功することより大切に思ってしまいました。しかしあの日、煉功をせずにより重要な事をすると私は決めました。翌日、台帳に大きい「☓」を書いた時、心の中はとても楽になりました。修煉は自分のために修煉する、他人に見せるものではありません。学法と煉功だけでなく、私たちがやったすべての大法関連の事にも「真心を込めているかどうか」のチェックが必要と思います。
山ほど多い自分の執着を見て、弟子のために無数の苦難に耐えている師父を思うと、私の心はとても苦痛でした。ある日神韻宣伝のために出かけようとした時、私は悲しい情緒を抱えへこんでいました。出る前に友人から頂いたりんごを1個食べようと思いました。見てみるとそのりんごは大きくて赤いですが、ほとんどのりんごは芯の部分から腐っているようでした。私は気持ちが重くなって、「師父、このことを通じて、私は表裏が一致しない修煉者だと責めているのでしょうか。もし本当に師父が私の事を怒っているならば、今手に取っているりんごを切ったら、きっと芯から腐っているはずですね」と師父に話しました。しかし切ってみたら、思いも寄らず、芯は腐っておらず、腐っているのは一部だけで大半の部分はまだ新鮮でした。突然、私は分かりました。師父は私に「自分を責めないで、よく修めていないのはあの一部だけで、一部のために自分の修煉を全面的に否定しないように」と教えてくださっているのです! その日、運転する時も販売拠点で当番をする時も、私の思惟が空の状態に入りました。
それからの3カ月で、私は依然として小さい契約しか取れませんでしたが、しかし私の心理状態がすっかり変わって、成績が悪いという極度な苦痛から解脱しました。表から見ても、私は昔のような「命がけで頑張る」状態ではなくなって、同修たちにも「自然になった、もう怖くない」と言われるようになりました。11カ月目、連続して4つの契約を取った時、私は「信じられない」と喜びました。「すべては師父がやって下さった」とはどんなことか、私ははじめてリアルに感じ取れました。この職場にきてから私は人間レベルのすべての知識、能力、努力を尽くして自分を実証したかったのですが、何も達成できませんでした。しかし今日、ただ心性を少し高めただけで、師父は私にこれほど多くのご褒美を下さいました!
ある日、得意先と商談をして、とても順調に進みました。商談が終わってビルを出た時、明るい日差しを見て、私の心の中は師父に対する感謝でいっぱいでした。何でも師父がやってくださった、いつの間にか、私もどんな時でも師父を思い付けるようになりました! 修煉者として誰でも分かる最も根本的な道理を、なんと私は10数年かけてやっと分かるようになったのです。
師父は「自らを修めていなければ、どのように私が法を正すことを手伝うのでしょうか? 私はどのようにあなたを使うのでしょうか」[4]とおっしゃいました。この部分を読むたびに、私の唯一師父に恩返しできるのは修煉の固い意志、および自我を無くして師父に使って頂けるような大法の粒子になることしかないと私は思っています。
注:
[1] 李洪志師父の詩:『洪吟』「大覚」
[2] 李洪志師父の経文:『各地での説法六』「アジア太平洋地区学習者会議での説法」
[3] 李洪志師父の著作:『轉法輪』
[4] 李洪志師父の経文:『各地での説法十一』「大法弟子は必ず法を勉強しなければならない」