真・善・忍にもとづいて良い人になる
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文/段灵芝

 【明慧日本2017年5月10日】私は1998年に法輪大法を修煉し始めました。法を得る前、多くの病、気管支炎、足腰の痛み、心臓病などを患っていました。法を学んでから1カ月も経たないうちに、これらの病が全て良くなりました。どんな仕事でも出来るようになり、さらに疲れを感じる事もなく、いくつも若返ったようになりました。私たち家族は皆、大法の不思議さを目の当たりにしました。私はどんな言葉を使えば、師父に感謝の気持ちと、救って下さった恩を、言い表わせられるのか分かりません。

 以下に、自分の修煉の中でのわずかな事を述べて、師父に報告しようと思います。

 大法を学んでから、ある仕事が見つかりました。老人ホームで食事を作る仕事でした。ホームの中には、5人の老人がいて、従業員と院長、合わせて8人の食事を作るだけで、疲れません。仕事を良くこなして、余った時間があれば、学法煉功して、いつでもどこでも法の基準をもって自分に要求し、良い人になるようにつとめました。

 5人の老人の1人に、石炭ガスによる毒で後遺症が残った人がいました。生活は自立できず、大小便を失禁していました。従業員がホームに来ない日もあり、また泊まらない日もあって、その時には私がやむおえず泊まります。冬の夜間はとても冷たく、老人は頻繁にベッドから落ちるので、私は毎夜起きて何度も見に行きました。ある時、彼女が地べたに座っていて、私は彼女を抱えてベッドに上げました。尿を漏らしたときは、綺麗に拭いてあげました。時に、あの匂いのきつさに耐えられないこともありました。私は師父の法を思い出しました。「今後、何かをするときには、まず他の人のことを配慮して無私無我で、なおかつ他人を先に、自分をあとにするという正覚にまで修め遂げなければならないのです」[1]。すぐに臭うのは私の方だと気づき、自分を抑制してやり通しました。

 それから私が彼女の身体を拭いている時、なんとあのきつい匂いがしなくなったのです。私は知っていました。師父が私を手伝って下さったのです。それで私はとても自然に行うことが出来、老人がこの世を去るまでずっと続けました。老人の娘が来て用事をしている時に、この事を聞いて、とても感動して私に「あなたがとても優しいから、100歳まで生きることが出来ました。ありがとう」といいました。私は「私たちの師父に感謝しましょう。私が大法を学んでいなければ、このように行うことは出来なかったでしょう」と言いました。私は彼女に大法の素晴らしさを教え、また三退の手続きもしてあげました。

 現在の社会の腐敗で、人々は皆金銭を求めています。私たちの所も同じでしたが、毎月の小麦粉、食費をプライベートで私にくれても、私は全く受け取らないので、従業員は「あなたは要らないのですね、あなたは良い人で、どうせ私たちは悪いわよ」と言いました。私は「あなたたちがどうであろうと、私は構いません。私は修煉者で、基準があるのです。少しでも間違ったらいけないのです」と言いました。それから彼女らは何かを分ける時、私の分を数に入れなくなりなりました。

 冬が来ても、老人たちは綿入れの衣服がなく、着ているのは薄い衣服でした。私は給料を使って、老人たち全員人にズボンを買ってあげました。(私の毎月の給料は200元)年越しの時、私は自分の給料を使って、老人の皆さんに綿入りの靴を買ってあげました。彼らがそれを履いて温かくなれば、私の心も気持ちが良いのです。なぜなら私が修しているのは真・善・忍の大法だからです。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『精進要旨』「佛性に漏れなし」

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2017/4/15/345654.html)
 
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