師父を信じ、法を信じ続ける
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文/中国大陸の大法弟子

 【明慧日本2017年12月15日】今年1月10日、私は同修の家に真相資料を取りに行きました。彼女の家に着いてしばらくすると、突然、数人の警察官が飛び込んで来て、公安分局の者だと言いました。私はそれを聞きすぐに持っていた真相資料を洋服の中に隠しました。

 警察は部屋中をかき回して捜し、師父の写真と『洪吟1冊を押収しました。私が部屋にいると見ると、乱暴に「お前の名前は? 何をしに来たのか? 家はどこだ? 江沢民の告訴状を書いたか?」と聞かれました。私は落ち着いて名前を言い、江沢民の告訴状を書いたと伝えました。1人の警察官が乱暴に、「あいつを連行して、留置しろ」と命令しました。

 洋服の中に隠した真相資料はすぐに警察に見つけられました。警察は、真相資料は私が作ったものと思い、私に対して非常に失礼な態度でした。私は警察の凶悪さにも少しもひるみませんでした。警察は同修がリビングで座っているのを見て、中へ入ってこいと呼びました。何回か呼んでも、同修は黙って協力しませんでした。警察は同修に、「お前も江沢民の告訴状を書いたのか?」と聞きました。私は笑いながら同修に、「怖がらないで、大丈夫よ」と言いました。

 同修は部屋の中へ入って来て、自分も書いたと警察に伝えましたが、誰が書いてくれたのかと聞かれても、同修は答えませんでした。警察は私が恐れないのを見ると、わざと私に、「すべてはお前のせいだ!」と言いました。同修に脳血栓の症状が出たためです。「私のせいではなく、あなた方に家宅捜索されたためです」と言い返しました。警察は私が同修より若いと見て、真相資料は私が作ったと思い、体を調べ、家の鍵も奪い、私を連行して家へ向かいました。

 彼らは強盗のように、私の家の中をめちゃくちゃにかき回し、結果的に何も見つからず、がっかりした様子でした。壁に貼っていた福字や対聯(ついれん・門の両脇などに対句を記したもの)と師父の写真を押収しました。家から出ると私に、「資料を何処かに移しただろう。もしかしたら、資料はお前が作ったのではないかもしれんな」

 その後、私は公安分局に連行され、取調室の椅子に座らされました。「私は犯人ではありません。大法を修めて良い人になりたいだけです。あなた方はこんなことをしてはいけません。私は座りません」。警察は記録を取ろうとしましたが、私は何も言いませんでした。

 そのとき私は警察真相を伝えました。「大法は世界中の100以上の国まで広がっており、その中で中国共産党だけが法輪功を迫害しています。あなた方はもう江沢民のスケープコード(身代わり・いけにえ)になるのをやめないと、迫害が終わったら中国共産党に見捨てられますよ。自分と家族のために逃げ道を残して、素晴らしい未来を選択してください」

 警察はそれを聞くと、「法輪功が良いのなら家で修めろ。なぜ江沢民を告訴するのか。告訴しても、江沢民はいまだに健在ではないか」。「江沢民を告訴するのは犯罪者だからです。江沢民は多くの罪を犯し、必ず審判を受けさせなければなりません」。「お前は定年になってから、給料は中国共産党からもらっているではないか?」。「共産党は工場を開いていますか? 農業をやっていますか? 私が稼いだお金は自分で働いて得た所得です」。警察は私を納得させられず、頭をかきながら「法輪功にかかわると、頭が痛くなり、血圧も上がる」。「あなたは大法弟子によく接すれば、福報を得られますよ」。すべての過程で私が積極的に真相を伝えると、警察は黙ってそれを聞いていました。

 その後、警察らは私を拘留所へ連行しました。道中で私は法の「万里馳駆して妖陣を破る 黒手を斬り尽くして悪神を除く 大霧にせよ狂風舞うにせよ 一路の山雨征塵を洗う」[1]を暗唱しました。また警察の前では「善悪に報いがある天理は明らかに 満天の神佛は人間の行動を観察し 法徒を迫害し、極悪の罪であり 現世で報いに遭わせるべき」[2]を暗唱しました。

 私はここまで来ても、何も恐怖心を持っていませんでした。正念は師父のご加護や大法から離れていません。私達の言動が大法の基準にあえば、師父に何でもしていただけます。「修は己にありて、功は師父にあり」で、佛法は無辺だからです!

 私は拘留所に拘禁され、警察に囚人服を着るように言われましたが、着ませんでした。私は犯人ではないので、なぜ囚人服を着るのですかと言い、抵抗しました。取り調べの時は何を聞かれても答えず、サインもしませんでした。警察らは仕方がなく、取り調べの記録になんと書けばいいかを相談していました。「何も答えず、サインもしない」と書けば良いと決め、それから私を監房に押し入れました。

 監房に入ると、中にもう1人の大法弟子がいるのを見て、嬉しく思いました。彼女には会ったことがありませんでした。この同修は法の暗唱がとても上手でしたが、その時は頭が真っ白になっていました。私は繰り返し、繰り返し思い出させては、彼女に法を暗唱させ続けました。私達はこのように学法し合い、正時になったら正念を発し、煉功し、励まし合い、自分の不足を探しました。私達は「強大な正念を発し、こちらのすべての邪悪な要素を解体し、大法弟子を迫害することを絶対に許さない」と話し合いました。私達は各自で内に向けて探し、執着心を見つけ、大法の基準に従い自分の認識を正しました。その数日間、私達は時間を大切にし、三つのことをしていました。人に会う度に真相を伝え、三退を勧めました。時間を少しでも無駄にしませんでした。

 真冬の拘留所の中は非常に寒く、私と同修ともに薄着だったにも関わらず、体が温かく感じました。師父に加護していただき、守っていただきました。

 弟が会いに来てくれました。弟は、「お母さんはもう80歳過ぎで、お姉さんが連行されてから心配で、何日も食べれず、飲まず、眠れず、ずっと泣いていました。お姉さんは早く修煉をやめるとサインして、家に帰ってくれないか?」と言われました。

 親に対する情の試練に直面しました! 旧勢力は親に対する情を利用し私に干渉し、修煉を放棄させるためです。私は弟を説得し、家に帰って母の面倒をよく見るように、そして、母に「私は大丈夫だから心配しないで、すぐに帰れるから」と伝えてほしいと言いました。

 10日間が瞬く間に経ちました。刑務官は朝6時に、ドアを開けて家に帰らせるためのサインを強要しました。私はサインをせず、迫害を認めませんでした。警察らは私がサインしないのを見て、再び私を監房に入れました。しかし、私は穏やかな状態を保ち動揺せず、「あなた達の言う通りには絶対ならない」と思いました。

 しばらくして、警察らは再びドアを開けて「帰りなさい、大法弟子!」と言いました。

 家に帰って、私は母の面倒を見ながら母のベッドの前で、「法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい!」を念じると、母の体は日に日に良くなりました。弟と義理の妹は「やはりお姉さんは世話上手だね」。弟達も大法の素晴らしさを実感しました。

 今回のことを通して私は「いくら魔難に遭っても、師父を信じ、法を信じる念を強く持てば、何でも乗り越えることができる」と強く思いました。

 「法の楽器は天の威力を顕し 邪と悪を取り除き、回帰を呼びかける 末世に人を救い天地を驚かす 法は乾坤を正し、光と輝きを放つ」[3]という師父のこの詩は、ずっと私の頭の中に思い浮かび、私を励ましてくれました。強い正念を発すると、邪悪は逃げ場がなくなります。

 師父のご慈悲とご加護に感謝いたします! 私にこの難関を乗り越えさせてくだいました。   合掌

 同修達の励ましにも感謝します!

 注:
 [1] 李洪志師父の詩:『洪吟(二)』「征」
 [2] 李洪志師父の詩:『洪吟(四)』「灵不灵」
 [3] 李洪志師父の詩:『洪吟(四)』「天国楽団」

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2017/11/3/356273.html)
 
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