明慧法会|救われるために来た衆生を大事にする
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 文/浙江省の大法弟子

 【明慧日本2018年6月9日】

 尊敬する師父、こんにちは!

 同修の皆さん、こんにちは!

 2003年、私は医科大学に在学しており、胃の出血が突然に起きて入院し手術を開始してから、毎日、胃腸病、頚椎椎間板ヘルニア、帯状疱疹などの各種の病により繰り返し苦痛をなめていました。その上、兄は大法を修煉していたために職場を解任され、不当に労働教養処分を科されました。これら多くの長く続きすぎた身心の苦しみと巨大な精神的ストレスに我慢できなくなりました。大学に通っていた私はだんだんと抑鬱症を患うようになり、頭の中が一日中ふらふらではっきりせず、薬の力で調節するしかなく、林黛玉(りんたいぎょく・ 訳注:18世紀中頃の中国の長編小説『紅楼夢』の中の登場人物で、病弱で悲しみを抱きながら死んでいった美しい才女のことのほうがむしろまだましでした。

 就職してからも、身心の苦しみはまったくほぐれず、逆に前よりさらにひどくなり、基本的に病院を住処(すみか)とし、薬をご飯代わりにしましたが、それとは裏腹に身体の状況はどんどん悪くなり、生活も絶望に満ちていきました。

 一、幸いにも大法の修煉を始め 浄化し向上する

 2014年の新年、大学の上級生を訪ねた時、法輪功の超常的な病気治療の効果のことを聞き、試しのつもりで、母と同修である兄嫁に助けてもらい、大法の修煉をはじめました。『轉法輪』を通読すると同時に、師父は私の身体を清めてくださいました。5日後、無病で体中が気持ちよくなり、自分が天女になったかのように体が軽やかに感じ、人生で初めて本当の健康の楽しみを実感できました。

 10年間に渡った身心の苦痛と生命に対する絶望にオサラバし、10年間の苦しみもがいてきた過程を振り返りました。また、私の苦しみによって修煉している家族に作り出してしまったいろんな魔難を、家族は全て慈悲深く包容してくれたことなどを思うと、私は深く恥じ入りました。同修である家族が長年迫害されながらも、大法を堅く修め続けている理由をついに理解しました。そして、『轉法輪』を腕にかかえると目に涙がいっぱいたまり、言葉では言い表せない師父に対する感激と敬慕が心の中で湧き上がり、同修に対する敬服の念が湧いてきました。

 修煉を始めた初期の頃、大法書籍の一式をお願いしました。出勤は忙しくなく、仕事の環境は独立しており静かだったので、仕事が暇なときは学法し、毎日、一字一句をむさぼるように学法しました。いつも涙の雨を降らせながら「師父、私は修煉者ですからゆるぎなく修煉します!」と独り言を言いました。1カ月余りで法輪功の関連書籍すべてを読み終わり、大法の無辺の内涵に深く引き付けられ、全身の細胞全てが一緒に震撼し、無数の法輪が体内と体外で回転し、毎日自分が灌頂されていることを感じました。初期に煉功している時に目を閉じると大きな目が見えました。それからしばらく経ったある日、さまざまで多彩な美しい景色が見え、この上なく殊勝でした。それから少ししてから、自分の輪廻の間のいくつかのことが見えました。大法書籍を繰り返し読んでいくうちに、生命の意義が次第にわかり、来世の目的がわかってきました。

 ある日、抱輪の動作をして入定していた時、大きな痰壺が見え、中には無数の黒い小さな命がおり、死に物狂いでもがいており、その中に私もいました。師父の金色の手が何度も私をすくいあげようとされましたが、粘った痰に滑り込んでしまい、それを何度も繰り返されました。臭く汚い大きな痰壺が本当にひどく汚れているのを見て、吐き気をもよおし、涙を浮かべながら師父に「師父、すくいあげないでください、吐き気がひどいです、難しすぎます、私は自分でもすくいあげてもらおうなどと思いません・・・」と申し上げました。師父はずいぶんお続けになってやっと私をすくいあげられました。全身が臭い痰でまみれ、黒くなってしまった私を見て、鼻を覆いながら「師父、捨ててください、すでにこのようなひどい状態なので、受け取ることはできません・・・」と申し上げました。師父はずっと何もおっしゃらず、その私を師父の大きな手の中に静かに置いてから、天水池のほとりに連れて行き、臭い痰だらけのその私を洗い落としてくださいました。管を1本差し込んで胃の洗浄をしてくださると、絶えず嘔吐し、くしゃみをし、悪臭をはなつ物が飛び散り、そうやって洗い出された物は下水溝の物より臭く、さらに汚く、さらには師父の金色の袈裟にまで飛び散りました。しかし、師父は何とも思っていらっしゃらないようで、その私の体内と体外を長いこときれいに洗ってくださいました。そして、師父はその私を金色の布の上に置かれ、私に対して大蓮花手印を結ばれると、ゆっくりと私の体に白色の部分が見えはじめ、続いて黒いまだら部分がだんだん少なくなりました。黒いまだらがなくなるまで大蓮花手印を結ばれると、私はまるで生まれたばかりの赤子のようにすべすべして可愛くなりました。意識を取り戻すと起き上がって師父を拝みました。師父は頭に玉のような汗をかいていらっしゃいましたが、笑っておられました。出定した後、自分が涙をたくさん流していたことに気づきました。その時から現在まで、煉功すると毎回、涙をたくさん流しました。

 修煉を始めたばかりの頃は、まだ三つのことをしなければならないことがわかっていませんでした。しかし、大法が良いと感じたので、いつもよく知っている同僚や患者に法を伝えると、すぐにその患者も法輪功を学び始めました。このように時が経ち、1人で煉功していようと、その患者と煉功していいようと、師父の法身がいらっしゃるのが見え、時には法身が2人いらっしゃり、1人はその同修の首を動かされ、もう1人の法身は私の腕を矯正してくださったので「師父の法身が2人いらっしゃって、私たちの動作を矯正してくださった」と同修に伝えました。しかし、その同修に法身は見えませんでした。その後、その同修の首は良くなり、それからは痛くなくなりました。

 その後、精進している年配の旧い同修と知り合い、その同修は「大法の真相がわかり、真相を伝えることを学ばなければなりません」と教えられ、すぐに三つのことを行うことに加わり、『共産党についての九つの論評』と真相定期刊行物についてのことを行いました。帰宅後、または週末に人が多いところを選んで出かけて資料を配り、いつも法を伝え、真相を伝え、三退を勧めました。夜は座って学法し、いつも一度座ったら5、6時間立ちあがらずに集中すると、自分がいつも向上していることを感じ、毎日宇宙の中を疾走していました。南方の冬の室内は初め湿っていて寒いのですが、その冬はエアコンもつけず、湯たんぽや電気毛布も使用せず、それでもとても暑く感じ、充実していて本当にうれしくなりました。

 二、劫難に遭っても 大法を堅く修め続ける

 2015年の初めの勤務時間に、カメラがちょうど、私の事務所の入り口に向けられているのを無意識に見つけて、びっくりしました。そして、私の電動バイクの上に大法の真相定期刊行物が置かれていました。よからぬ心を抱く人がわざと行ったのだと、すぐに感じました。そこで、同修と交流し、警戒を強め内に向けて探し、発正念を多く行うよう、みんなが言いました。するとすぐに、地元の国保大隊が事務所に現れ、態度が優しかったので国保大隊の人たちに大法の真相を伝え、病気治療と健康保持に対する不思議な効果についても伝えました。当時、国保大隊の人たちの詭計(きけい・人をだます計略)を見抜けなかったので、罠にかけられて地元の警察署まで連行されました。不当に拘留された後になってやっと、師父が説かれた旧勢力の按排を否定する経文を思いだし、すぐに状態を落ち着かせて正念を発し、同時に師父に加持をお願いしました。

 不当に拘留された次の日、同修である家族は弁護士に頼んで、弁護士と一緒に地方から私に会いに駆けつけ、多くの正念を加え、前日に海外の同修が警察署に電話をかけたという通知があった、ということを家族が教えてくれました。そこですぐに2枚の紙を要求し、行政不服審査申請を書くことを要求しなければなりませんでした。3日目、地元の「610弁公室」の主任が私に不当尋問を始め、さらに普段仲良くしている同僚を連れて来たり、私の同郷人を連れて来たり、職場の中間の指導者と同郷人の先輩を連れて来たりしました。2人の先輩は地元で入隊し、中国国営通信と裁判所の仕事を何年かやって退職した人たちでした。その時、恨む心が起き、真相を伝え救い済度した衆生を「610弁公室」側に引きずり込んだ「610弁公室」の人間を恨み、悲しみのあまり長い間涙を流しました。

 「610弁公室」の主任は脅迫するような口調で「三書」を書くことを要求してきました。しかし、当時、「三書」が何であるかを私は知りませんでした。悔過書・決裂書・保証書を書けば仕事に戻れるが、書かなければ今回の事は終わらず、私を地元から追い出すと「610弁公室」の主任は言いました。私に会いに来た数人の同郷人の先輩も必死に「三書」を書くよう私に勧めましたが、私は断固として拒絶しました。

 「610弁公室」の人間たちは私を監視室へ連れて行き、同じ監房にいた人は、どうしたのか、出て行くことはできないのか、と聞いてきました。すると、10年前に兄が私の目の前で十数人の国保の警官らに連行されたことを急に思い出しました。その後、再び兄と会ったのは労働教養所の出口で、顔がはれあがり顔がはっきり見えず・・・、それらのことを思い出し座禅を組みながら泣き出しました。心の中で大いに悲しみながら「師父、彼らは師父からこの私を決裂させようとしています。これは断じてできません。たとえ今日死んでも、あの三書を書くことはできません。修煉者の身であり死ぬことはかなわず、生きなければなりませんが、三書を書くなどできませんので、すべてを師父にお任せします」と申し上げました。

 不当に拘留されて6日目、「610弁公室」の人員がまた尋問に来て、今度は会ったことのない中高年の女性を一緒に連れて来ました。私が入って行くと、師父の巨大な法身が見え、金色の袈裟を身にまとわれており、中高年の女性の後ろに立っておられました。私は楽しくなって笑い、心の中で「師父、私は必ずしっかりやります」と誓いました。大法を修め法を伝え何度も拘禁された後、中国共産党によって「転向」し、佛教を修煉し始めたことをその中高年の女性は話し出し、さらに師父に対して不敬な話をしました。そこで、私はその中高年の女性を慈悲深く見つめながら「あなたも修煉していたのなら、師父がどんなに素晴らしい方か知っているはずなのに、このような態度では地獄に落ちますよ」と伝えました。すると、その中高年の女性はなんと「もし本当に地獄があるのなら、私は真っ先に落ちるでしょう・・・」と言いました。後ろに師父がお立ちになっていることを彼女に伝えると、彼女は邪悪に笑いながら「でも、私は地獄なんか信じてないから怖くない!」。そして、師父の経文に対して勝手きままに論ずるなんて、邪悟者がどれだけ恐ろしいのか、私は初めて目にしました。何日も師父の法を読んでいなかったので「あなたが言ってることは私にはわかりませんが、あなたの話に関係する経文を持って来て私に見せることはできますよね」

 2日過ぎてから、その中高年の女性が国保大隊の人と師父の経文を持ってやって来ました。さらに「転向」させられて、すでに佛教の修業をしているおばあさんを連れて来ました。そのおばあさんがそばで話している中で師父の経文を読みましたが、おばあさんは何を言っているのかまったく理解できませんでした。するとすぐに私から師父の経文を取り上げ、今度は佛教の本を1冊持って私に見させようとしました。その本を開けてみると、字の上に蛇が貼りついているのが見え、私の体に向かって飛び跳ねてこようとする姿を目にしたので、急いで本を閉じて押さえつけました。私は「このように本を読んでいたのでは遅くなるので、師父の経文を持って行き、ゆっくり細心の注意を払って読んでみます」と言うと、国保大隊の人間たちは同意せず、佛教の本を読むことだけを許したので「私は法輪功を修めているので、佛教の本は読みません」。するとそばにいた国保大隊の警官が「法輪功は政治を行っているが、あなたは全くわかっていない」。そこで私は「法輪功が政治に関わっていないことははっきりとわかっています。共産党は独断専行で善良な修煉者に対して残忍な迫害を行っていますが、あなた達こそ騙されています」。すると、国保大隊の警官たちは「『共産党についての九つの論評』の中で多くの反党の言論があるが、これこそ政治を行っていることではないか」。そこで私は「あなたが言っているのは『共産党についての九つの論評』であって、『九つの反対』ではないのです。言論の自由があるのに、どうして共産党が論評されてはいけないのですか? 文化大革命の後、あなた達は毛沢東を論評しているのに、私たちが今なぜ共産党を論評してはいけないのですか? 『共産党についての九つの論評』の評論は公正で、少しも言い過ぎではありません。私の所から持って行った『共産党についての九つの論評』を本当にしっかりと読むべきで、共産党に対する評価は少しも過言ではありません」

 すると、そばにいたおばあさんが私をギュッと抱きしめて「こんなにいい子供なら、本当に佛教の修業をするべきで、修行するならどの佛教でもいいと思うよ」。私は心が痛くなって涙を落とし「中国共産党は本当にばち当たりで、こんなにも多くの衆生を大法という渡し船から引きずり下ろしてしまい、多くの衆生から救い済度される機会を失わせ、さらに大法に対して不敬にさせてしまった」と思いました。そこで私は「師父は私を救い済度してくださったばかりでなく、私に何も制限を設けられなかったので、私は大法を堅く修めなければいけません。師父は全ての人の期待に背かれないのです! ですから、あなたのこのような話は師父に大変申し訳がないことです。共産党は法輪功を攻撃し、師父を攻撃しています。ですから、私は佛教の修業をしませんので、このような話をしないでください」

 三、救われるために来た衆生

 私が拘置場に着いた初日にトイレに行った時、所長がやって来て大声で「例の女はどこだ? 法輪功の修煉をしている女は」。私が出て来たのを見ると所長は「若いのに、医者という職業をまじめにせずに放り出し、ペテンにひっかかって法輪功なんかを修煉して・・・」と言うので、私は大声で「そうですよ、私は若いのに何年も病気になり、医者なのに自分の病気が治せず、他の医者もみな『これは治らない』と言われました。しかし、お金をかけずに法輪功で私の病気が治り、さらに、『真・善・忍』に基づいて良い人になるよう私に教えてくださいました」

 横で数人の警官が取り囲んで来て、その中の1人が大声で法輪功を誹謗中傷しました。そこで、私は声を荒げて「何を言うのですか! 何条の法律を言っているのですか? 持ってきて私に見せてください、他人の言ったことを受け売りしてはいけません。江沢民は法輪功に嫉妬し、偽りの天安門焼身自殺事件をでっち上げて、法輪功にぬれぎぬを着せ、真・善・忍を修煉する良い人間を専門に捕まえました。そして、江沢民は人を騙し、国を売り、周永康と一緒に汚職やみだらなことを行い・・・」と質問すると、所長は恐ろしくなって向きを変えて早足にここを立ち去ってしまいました。まるで怯えているかのように、他の数人の警官もそれを見て足早に逃げて行きました。そこで私は「何をしているのですか、行ってしまわないで早く戻って来なさい、話はまだ終わっていません!」と叫び、法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい!」と何度も叫びました。

 私はずっと大きな声で話したので、中庭にいた数百人の拘禁された人々にみな聞こえ、この1幕を目にして、すぐに拍手の音が響いてきました。さらに多くの人が私と一緒に「法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい!」と叫びました。その声が空中でずっと響き渡っていたのを実感しました。それから毎日、何度も監視室で「法輪大法は素晴らしい」と叫ぶと、皆も私と一緒に叫び、そのたびに、雪が舞っているかのようにおびただしい法輪が「法輪大法は素晴らしい」と叫んだ人たちの体に舞い落ちるのが見えました。

 2人の班長

 監房に戻って来ると、皆はまだ「法輪大法は素晴らしい」と叫んでおり、私を取り囲んだので、自分が理解している法輪功の真相を皆にまじめに伝えると、よくわかってくれ一人人を三退させ、2人の班長を除いて全員が三退しました。2人の班長は企業のトップで、夫が巻き添えになって経済問題を引き起こして拘留されたもので、2人の班長は私が単純にかわいそうだと思い、私に同情しました。しかし、法輪功の問題は私が話すほど簡単なものではないと考えていました。医者が班長の1人に薬と軟膏を渡したのを見て、その班長が腰椎症だとわかったので、班長のためにすすんで軟膏を貼ると、医者が貼る位置と同じだと班長は感じて、私の話に同意してくれました。

 私がその班長に「私の専門が腰椎なのです」と伝えると、その班長は嬉しそうに私の検診を受けました。検診しながら忍耐強くその班長の腰痛を分析すると同時に、穏やかな手法で腰椎を治すと、その班長はすぐによくなりベッドからはね起きて、床の上に立って体をくねくねさせながら「本当に辛くなくなった! あなたの技術はなんて特別なの、錠剤と軟膏なんかよりずっとよくなった。ほら、私の皮膚を見て、軟膏を貼りすぎてぼろぼろだし、薬も飲みすぎで胃の調子が悪い。でも、法輪功を学ぶ技術は本当に素晴らしい!」。2人の班長は驚きながら私を見て「こんなに若くて美しい医者が、医術もまた優れているのに、洋々たる前途を放棄して、どうして法輪功を学ばなければならないのですか? それに修煉できる功法が他にもたくさんあるのに、どうして中国共産党が禁止している功法を選んだのですか?」と言いました。

 真相はまだ完璧に伝えられていないと気が付き、あるいは2人の班長が真面目に聞いていなかったのかもしれませんが、私の10年間の病気や痛み、治療と薬を求めた道のり、そして、大法に帰した後の無病で全身が軽くなった不思議な出来事をもう一度詳しく伝えました。さらに「私の兄は10年来修煉を堅持し、不当な労働教養を体験し、私を含む家族が耐えた精神的なストレスと強い反対と、兄の私に対する慈悲深い理解を体験しました」と伝えました。また、法輪大法の素晴らしさと法輪大法の師父が法を伝え、人を済度されていること、法輪功が濡れ衣を着せられた真相、江沢民がいかに恥知らずであるか等などを伝えました。私の話を聞いていた人はみな一緒に涙を流し、崇敬のまなざしで私を見ていました。

 話をしていない時は煉功し、毎日数回煉功し、いつも『論語』と『洪吟』を暗唱し、暗誦することができる『轉法輪』の内容を暗唱し、いつも正念を発し、少しも怠けませんでした。私が煉功を開始したばかりの時、班長の1人が「どうして煉功しているのですか? 煉功は許されていないはずですが、所長はあなたが煉功することに同意しているのですか?」と聞かれ、私は「所長は私が煉功することに反対しませんでしたから、もちろん同意しています」。すると、その班長は「そうですか、所長が同意しているのなら、煉功してください」。私が煉功しているのを警官も見ましたが、何も言いませんでした。その夜、その班長はトイレのそばで不注意で転んでしまい、再び腰を打ち、皆がその班長を助け起こし、再び腰を治してあげた後、班長に「仰向けになって数日休めばよくなります」と伝えました。班長は私が煉功しているのを見ていてやってみたくなり、立ち上がって私のそばに立って一緒に抱輪すると、その瞬間、班長は腰が熱く感じ、何かが腰で急速に回転するのを感じました。そして次の瞬間、全身が回転しているかのように感じ、班長は興奮した様子で「腰が良くなった、法輪功は本当に素晴らしい! 法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい!」と言いました。

 午後、2人の班長の会話の中で、自分たちの辛いことや以前の家族の体験を話し、世の中の腐敗が2人の班長を害し中国共産党が2人の班長の家族を害した、と話していました。すると、2人の班長は突然私に「張先生、法輪功は本当に素晴らしい、ちゃんと聞いてくださいね。共産党は私たちをこんなにも酷く害したので、私たち2人は今、共産党という政治集団から決裂、決裂、決裂することを発表します! 法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい!」と言いました。そして、周りにいたすべての人が2人の班長と一緒に「法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい!」と叫びました。この時、硬貨と同じくらいの大きさの明るい法輪が雪のように2人の班長の手の上や頭の上、体の上に舞い落ち、ベッドの上、布団の上、食器の上に舞い落ちるのを見て、私は師父が2人の班長を励ましてくださっているのだとわかりました。ありがとうございます、師父! こうして、この部屋の全ての生命が救われました。

 次の日、班長は警官に「所長は私が煉功するのに同意しました」と報告しました。さらに班長は、あの医者が腰の治療をしても役に立ちませんでしたが、法輪功を修煉して腰痛症が治ったので自分も修煉する、と言い出すと、警官は気付かれないように班長に煉功させ、誰にも言わないようにと言いました。すると班長は「この功法はこんなに素晴らしいのに、言わせないなんて、私はこれらのことを言わないわけにはいきません!」

 おばさん

 監視室には毎日、さまざまな理由で人が入って来るので、その度に親切に出迎えて温かく迎え、まず真相を伝えてから三退させていました。ある日、おばさんが入って来て恥ずかしそうに「私はもうすぐ70歳にもなるのに、汚点を残してしまいました。公園に行って賭博をしている人を見ていたら、楽しそうに思え、20元を出した途端にここに連れて来られ、情けないです。本当に、私は今まで賭博のようなことはやったことがなかったのです」。私は「おばさん、もう悲しまないでください! ここに来たのは私に会うためです。私にあなたをきちんと救わせるためにここにやって来たんですよ」と言って、すぐにおばさんに真相を伝えました。

 1949年以後、おばさんは自分達の代の人が受けた苦しみを、3日もかけて私達に断続的に話しくれ、そのような話を私は聞いた事がなく、想像できないものでした。そして、おばさんは「黒い雲が天を遮る中で生きて行くために『法輪大法が良い』とは誰も言えません、腕は太ももにはかなわず、子供のあなたはやはり自ら適切に事を運んでください。ですから早くここを出て、もう二度とこのような場所に来ないで」。私は「大法は素晴らしいのですが、法輪大法の師父は濡れ衣を着せられているのです。私は大法の受益者ですから、濡れ衣を着せられた師父の為に正義の声を上げ、自分の身心のために大法を修め、人を救うために法を広めていますが、これは間違っていません!」。すると、おばさんは敬服して私を見てすぐに三退し、おばさんの神の一面が現れて、私に向かって笑いかけているのを見ました。

 さまざまな人

 監房に、夫を裏切り外で売春をして拘置場に入って来た女性がいて、その女性はに通報されました。また、離婚したくても思惑どおりにはいかず、賭博に落ち負けて家の財産を使い果たした女性がおり、拘留されましたが、はやはり離婚に同意しませんでした。そこで、私は2人の女性に「夫婦の縁は運命で、生命の輪廻と因果応報の苦しみです」と伝え、女性が従うべき三つの道と守るべき四つの徳目の教訓を伝え、誠実に正しさえすれば、法輪大法の師父はすべてを救い済度され、万能であると伝えました。すると、2人の女性は感激し、その内の1人が「私は自分が地獄に落ちると思っていたのに、あなたは誠実でとても慈悲深く、本当にありがとう!」。私は「これはみな師父が与えてくださったもので、師父が私にさせたものですから、私の師父に感謝してください。あなた達はもう三退したので地獄に落ちませんが、これからは必ず良い人になり、二度と賭博や売春はしてはいけません」と言うと、2人の女性はうなずきました。私がいつも『論語』や『精進要旨・道法』などの経文を繰り返し暗唱していたので、2人の女性の内の1人が「あなたがとても快適そうなのを見て、暗唱している具体的な内容はわかりませんが、その内容は私の心の中に入って来て、全身が震えました」

 麻薬を吸った数人の人は薬物の禁断症状が出て、1日中耐えがたくて力が出ませんが、しかし特に食べることだけはできるので、すぐにかっぷくがよくなり、全身が腫れ上がっています。その内の1人が「煉功すれば薬物依存が回復してやせますか?」と聞かれ、私は「心を込めて『法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい』と念じなさい、法輪大法は万能です」と言うと、その人は「ここを出たらあなたに会って法輪功を学びます」。「今、学べばいいのです、どうして待つ必要があるのですか?」。すると、その人は私と一緒に功法の煉功を開始すると、だんだん皆も一緒に煉功し始め、小さな監房でなんと集団煉功が始まりました。すると、警官が急いで駆けつけて来て「集団煉功するな!」と怒鳴りました。そこで班長は「それなら私たちは分散して煉功しましょう」と言うと、みんな笑いました。

 次の日の朝起きたとき、その人が起きると私の所に来てうれしそうに「張先生、夢の中で、広いところに座って法輪功を学んでいる人達を見ました。人が多すぎて数えきれませんでした。皆一つの同じ姿勢をとり、すごく壮観でした! 私も煉功します!」と言い、その人が立掌の姿勢を取ったので「これは師父が私に悟らせてくださっているのであり、多くの同修が私のために正念を発しているのだ」とわかり、たちまち全体の力を実感しました。

 ミャンマーの女の子

 中国語が話せるミャンマーの女の子が中国で不法滞在して遊んでいた時、身分証明書をなくし、警察に通報された後、中国政府はその女の子をミャンマーへ送還しようとしたのですが、ミャンマーはちょうど戦争に臨んでいたので、とりあえずその女の子を拘置場に拘禁しました。私と会った時、その女の子はすでに4カ月間拘禁されていました。私は「なんと、この女の子は救い済度されるためにここへ来て苦しんでいるのだと思い、命とは本当に容易ではない」と感嘆しました。その女の子はとてもかわいらしく、私は何度もその女の子に「法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい!」と念じるように教えました。すると、その女の子はいつもなまった広東語で念じる時、「師父こんにちは!」とひと言付け加えて念じ、すべての人の笑みを誘いました。

 その女の子に大法の真相を伝え、法輪大法の師父が全世界に大法を伝播されていることを伝えました。ミャンマーにも大法修煉者がいるので、帰国してからは大法修煉者に会って一緒に学法しなさい、と伝えました。そして、ミャンマーに帰ってから大法を知らない衆生に大法を伝えるように伝えると、その女の子は、「法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい」を紙に書いてほしい、ミャンマーに持って帰ってミャンマーの国の人に読んで教えたい、と言いました。そして「生活費がなく、ここいる仲間の救済に頼っている」と言ったので、私は「ここを出た後に200元の生活費を上げます」と言うと、その女の子は、数人のお姉さんとおばさんが生活費について承知してくれたが誰も実行せず、私のことなどすっかり忘れてしまっている、と言いました。そこで私は「大法弟子は皆『真・善・忍』に基づいてよい人間なので、承知したことは必ず実行します」と約束しました。

 法輪の雨

 拘置場に人が入って来る度に、班長は「まず張先生の所に行って法輪功の正規の教育を受けなさい。法輪功が教育すればみな入所前とは異なり、きまりを守るよう自覚するようになります。私にとっても好都合で、手っ取り早い」と言いました。私は拘置場に入ってくる一人一人に法を伝え三退を勧めました。時間がある時は煉功し、正念を発し、法を暗唱し、少しも怠けるわけにはいきませんでした。不当に拘禁されていた半月の期間中、毎日、何度も「法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい!」と大きな声で叫び、邪悪を滅しました。そして、ここにいる人も習慣的にいつも叫ぶようになり「叫んだ後は、とても気分良く感じる」と言いました。

 師父のご加持の下、いずれの衆生も残さないように、できうる限り最大の努力を払いました。この十数日間、すでに釈放されて出て行った人も計算に入れると、すでに二十数人が三退しました。散歩する機会を利用して、他の監房にいる人にも真相を伝え、三退をしてもらいました。禁固刑の処分となった時は、皆の「法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい」が大きな声で扉まで伝わってきました。これらの救われた生命の神の一面が、私に向かって感謝しながら微笑んでいるのを自分の目で見ました。その瞬間、時間が停止し、同時に師父の大きな手が現れ、法輪が師父の手の平から飛び出して零(こぼ)れ落ちるのを見、みんなの体や壁や床板、そして布団などの物品の上にも落ちてきました。

 最後の夜、私が夜勤にあたっていると、制服を着た若者が探るように私に「法輪功ですが、あなたは今日、煉功していなかったようですが、私はあなたから功を学びたいのですが、あなたはいつ出て行きますか、私に教えていただけますか?」と聞いてきました。そこで、私は笑いながら「あなたが毎日『法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい』を暗唱すれば、師父はあなたを保護してくださいます、功を学ぶのも、あなた達のような制服を着ている人達も入ってこれますので、教えましょう」と言うと、その若者は「ここでは出来ません、あなたがここを出て行ってからにしましょう」

 この時、監房内はすでにいびきが聞こえており、静かに監房内の人たちを見ると、この時また法輪の雨が降りだしたのが見え、そのすべてが布団の上に落ちていました。私は本当に飛んで行ってベッドに横たわり、法輪をこの身全身に受けたい衝動に駆られました。心の中で師父のご慈悲に感謝し、どのような環境であっても、弟子が三つのことを行いさえすれば、師父は加持してくださり、弟子が信じさえすれば、師父は手伝ってくださいます。師父は弟子の事を心配され、何度も様々な神の奇跡を現され、励ましてくださいました。

 四、正々堂々と拘置場を出る

 師父の保護の下で、また、国の内外の多くの同修の正念の加持の下で、大法に出会ってただの1年余りの私のような新しい修煉者が、15日間の不当な拘留所の中であっても、正念を持って正しく行い、煉功を続け、法を伝え、真相を伝え、人を救い、法を正す時期の大法弟子として行うべきことを行い、最後に正々堂々と拘置場の扉を出て、法輪大法のこの上ない偉大さを実証しました。それは偉大なる師父の慈悲深い済度であり、この私を新宇宙の中で輝く偉大な生命にしてくださったのです。師父のご恩には言葉に表せないほど感謝いたします! 弟子はただ師父と大法を確固として信じ、三つのことを継続してしっかりと行い、法を正す進展にもしっかりとついて行き、師父について円満成就して必ず帰っていきます!!

 最後に、この上もない敬虔な心を抱きながら合掌して、ここでもう一度、師父に心より深く感謝申し上げます!! 全世界の全ての大法弟子の皆さんに感謝します!

 修煉を始める時間が遅かったので、法に沿っていないところがありましたら、同修の皆さんの慈悲なるご指摘をお願いします。

 (明慧ネット第13回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2016/11/8/337376.html)
 
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