文/湖北省の大法弟子
【明慧日本2018年8月29日】私は新しい学習者です。今年55歳ですが、2015年11月から法輪大法を修煉しはじめました。
一、法を得たきっかけ
修煉する前、私は全身の関節が痛み、寝返りを打つことも難しく、ベッドから体を起こす時には、誰かに引っ張り上げてもらわないといけず、その上、両手が麻痺してこわばり、伸ばしたり屈(かか)んだりすることができず、両手は無力で、コップを手に取ることも出来ませんでした。
十数日間入院しましたが、好転の兆しもなく、病院で検査できるすべての測定をしましたが、なんの病気か診断できませんでした。ただ手に対しては腱のチェックをする時、末梢神経炎という結論が出ただけです。この病気に対してアメリカの医師は「主婦の手」とただ診断を下しただけでした。退院した当初、医者は薬もくれませんでした。出せる薬がないということでした。こうして、わけのわからないまま退院しました。
ちょうどその時、兄嫁が見舞いに来ました。彼女の姉夫婦も一緒にきました。兄嫁の姉の夫(以下同修A)は大法修煉者ですが、70歳を過ぎていたにもかかわらず、髪の毛は真っ黒で非常に元気です。彼は共産党に長年迫害されましたが、揺るぎなく修煉を続けており、皆に非常に尊敬されていました。
同修Aは私に対して「あなたも法輪功をやってください!」と勧めました。当時私は何も考えずに「はい、法輪功をやります」と答えました。なぜなら、数年前に法輪功について聞いたことがあり、法輪功をやっている同僚のお姉さん(以下同修B)も、私に法輪功は非常に不思議な力があると教えてくれたからです。私は一度試してみようと思いました。翌日、私はAさんの自宅に、煉功の動作を教えるDVDを取りに行きました。Aさんはまた私に『轉法輪』もくださり、必ずこの本をしっかり読むようにと言われました。
私は頭が単純な人です。以前、法輪功に対して聞いたことがあり、法輪功に対する迫害が発生する前に、公園で座禅している人達を見かけたこともありました。それで法輪功はただ父がやっている太極拳と同じで、DVDを見ながら動作を学べばいいだけだと思い、法輪功をやるのに学法と心性の修煉があることをまったく知りませんでした。『轉法輪』を家に持ち帰ってから、ただ家に帰ってからも、少しめくってみただけで、あまり読みませんでした。
おそらく私が大法と縁があるからかも知れませんが、この時、師父は法輪功を修煉しているあのお姉さん(以下・同修B)を我が家に越させました。Bさんは忍耐強く私に煉功を教えてくださり、私と一緒に学法してくれました。また修煉の物語と大法の音楽を聞かせてくれました。私は少しずつ真面目に『轉法輪』を学びはじめ、少しずつ法輪功の修煉とはどういうことかが分かってきました。
修煉をはじめる数カ月前に、私はずっと咳が出ていましたが、検査すると胚葉に結節があると言われました。学法と煉功をするにつれて、咳は完全に出なくなり、結節も消えました。また以前、私にあった胃の痛みも消えました。最も私を喜ばせたのは、十数日間入院しても病因が分からなかった全身の関節の痛みも消えたことです。寝返りを打つ時、あきらかに背中のところで、非常に大きな法輪がピューピューと音を出しながら、回っているのを感じました。法輪が私の体を調整していました。こわばっていた両手も、自由に伸ばしたり縮めたりすることが出来るようになり、あとはただ、少し痺れる感覚があるだけでした。私は本当に無病で全身が軽い感覚を覚えました。
法輪功は本当にあまりにも不思議です! 私の家族全員が大法の不思議さを目にし、みな私が大法を修煉することを支持しました。
二、病業の大きな関を乗り越える
2016年4月、つまり私が本当に修煉の道を歩み始めた時、両脚の足首より上、膝関節より下にあちこち紅斑ができ、少しずつ腿(もも)へと広がりました。最後には腰の下全体に紅斑ができ、しかも、ますます大きく広がり、痒くてたまりませんでした。手で掴むと床にフケがたくさん落ちました。血が出るほど掴んでも、やはり痒くて、痒くてたまりませんでした。私はもう心性を守れなくなり、本当に病院に行き治療を受けたくなりました。
その時、Bさんは私と一緒に学法し、励ましてくれました。私に「これは師父が、猛烈にあなたの体を浄化しておられます。大変良いことです」と教えてくれました。しかし、私も自分の悟性があまりにも優れておらず、いつも良くない考えが浮かんできました。その後、Bさんは私に毎日必ず『轉法輪』を一講学び、毎日煉功を続けるように要求しました。当時、夜になると痒くて眠ることができず、昼間は幼い孫娘(娘の子)の面倒をみないといけず、本当にその苦しみは言葉にすることが出来ませんでした。
毎度イライラして怒りたくなる時、師父は夫の口を借りて「修煉者は心を静めて修煉するべきだ」と言われました。私に病院に行きたいという念が生じると、娘が「ママ、これは師父がママの体の毒を外に排出しています。この皮膚の症状がどこかの内臓に現れたら、なになに癌になり、病院で治療できますか? ママはやはり我慢してみてください」と言われました。師父はまた2歳の孫娘の口を借りて「お婆さんの身体に虫がいっぱいいます」と言いました。私が再び聞いたら、孫娘は何も言いませんでした。
家族の励ましは私を少し慰めてくれました。当時、私は怖くて学法と煉功を少しも緩めなかったのですが、皮膚の症状は引き続き酷くなる一方で、最後には、下半身にまるで大きな赤い革のパンツを穿(は)いているようで、正常な状態の皮膚は少しも見当たりませんでした。また両腕の下の部分にも紅斑がたくさんでき、隣にいる人は別として、私自身さえもこんな自分の姿を見る勇気がありませんでした。シャワーを浴びると、孫娘が素早く私に服を渡してくれながら、「速く服を着てちょうだい。でないと怖くて、お婆さんを見られないわ」と言いました。
私が苦しみながら、この病業の大きな関を乗り越えている時、慈悲な師父はずっと私を見守ってくださいました。毎度、私が抱輪(二式の煉功動作)を続けられない時、両脚に軽く痺れる感覚を覚え、法輪が両脚で旋回している感覚を覚えました。そして私はずいぶん緊張が解かれました。また背中ではコインの大きさのリングが二つ均等に回っていました。同修は私に「それは師父があなたを加持されています。法輪があなたの体をきれいにしていますよ」と教えてくれました。毎度、私の思想によくない念が生じると、師父はいろんな方法で私を励まし、悟らせてくださいました。例えば、一度、朝座禅をしていると、私がまたあれこれくだらないことを考えていると、煉功音楽が突然「変掌」から一気に「師父を信じ、法を信じる」という修煉交流プログラムに変わりました。当時、私はプレイヤーが壊れたのかと思いましたが、翌日には同じ現象が現れませんでした。これは師父が常に私を見守っておられることではないでしょうか。関を乗り越えることは辛かったのですが、自ら師父の慈悲なるご加護を体験でき、いつも師父のご恩に対する感謝の涙を流していました。
私はこうして2017年7月初まで苦しみ、そして症状はピークに達し、紅斑は絶えず外へ向かって出てきました。この赤い革のパンツも厚くなったように感じ、痒みで触れたくありませんでした。その間、Bさんは私にグループ学法に参加するように要求しました。みなが私のために発正念してくださり、私と法理に基づいて交流し、励ましてくれました。師父は「苦しければ苦しいほど、物事が極まれば必ず逆の方向へ転化するので、身体全体が浄化されようとしており、浄化されなければならないことを苦しさそのものが物語っています。病根はすでに取り除かれており、残りはほんの少しの黒い気で、それを外に発散させるので、あなたにほんの少しだけ難を与え、ちょっとした苦しみを嘗めさせることになります。あなたが全然苦しみを嘗めないわけにはいかないのです」[1] と説かれました。その時、師父は孫娘の口を借りてこの法理を私に悟らせてくださいました。「お婆さんはもう良くなりました。バイキンがもうありません」。私も常に師父の説かれた「忍び難きは忍びうる、行ない難きも行ないうる」[2] をしっかり覚えていました。私は引き続き、歯を食い縛って我慢し続けました。
しばらくして、一つの夢を見ました。夢の中で誰かが私に一つの部屋のドアを開かせました。夢の中でそれは私の馴染(なじ)んでいない部屋でした。ドアを開けると、家族がみな中に座っていましたが、床は様々な虫でいっぱいで、2寸ほどの長さのサソリもいて、すべて生きて動き回っていました。しかし、家族は誰も私が見えていないようでした。目が覚めてから、私はこの夢は師父からの悟らせであると思いました。師父は「現在、旧勢力は直接、大法弟子を迫害する勇気がなく、形のある大きな生命もこのようにする勇気はありません。今、どういうものが大法弟子を迫害しているのですか? 虫の類のものや細菌などめちゃくちゃなものばかりです」[3]と説かれました。なるほど、だから、孫娘は最初に、私の紅斑の現れた症状を見て「お婆さんの身体に虫がいっぱいいます」と言ったのね。私は自分の悟性があまりにも優れておらず、夢の中のこれらの虫を取り除いていなかったことを後悔しました。
師父はまた「正念を発することは非常に有効なのです! 正念を発すると、一面また一面と滅されてしまいます。しかし、たくさんおり、宇宙はとてつもなく広いので、しかも宇宙に多くの次元があり、滅されても、そうは経たないうちにまた滲み出てきます。来たら、また滅すれば良いのです。このように絶えず正念を発し、しばらく続けると、はっきりした効果が現れてきます。正念を発してしばらく良くなったのですが、また悪化したら、自信を失ってしまう人がいます。あなたに教えますが、旧勢力はこのやり方であなたの意志を消耗させており、あなたの確固たる信念を消耗させています。皆さんはこれらのことに気をつけてください」[3] と説かれました。
それに私は新しい学習者で、個人修煉と法を正す修煉が一緒に重なったため、絶えず学法し、煉功し、発正念する以外にも、この業を滅する中で忍ばなければなりません。さもないと煉功者とは言えないでしょう。最後の忍耐の過程は、相変わらず非常に苦しく、孫娘は私の苦しんで我慢できない様子を見ると、3歳になったばかりなのに、すぐに「座禅、座禅」と私に言って聞かせました。そして、私の両脚に向けて、法を正す口訣を言いました。またしばらくすると、師父は孫娘の口を借りて「20日後には良くなります」と言いました。その後、また2本の小さな指を差し出して、振ってくれました。そのため、私の自信は大変強くなりました。
本当でした。20日後、私の下半身の板みたいだった皮膚は少しずつ変色しはじめ、その板が崩れていき、紅斑が薄い褐色に変わり、さらに硬い皮膚にカサブタができ、痒くなくなりました。全身のあの醜い紅斑が物の見事に、正常なキレイな皮膚の状態に戻りました!!
注:
[1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』
[2] 李洪志師父の著作:『轉法輪法解』
[3] 李洪志師父の経文:『二〇一五年米国西部法会での説法』